嗚呼、インドネシア
52話 マルバグン・ハルジョウィロゴ著作「ジャワ人の思考様式」を読んで
第十五章 ジャワ人と『幸福学』
[125]  まだ王族に支配されていた封建時代のジャワ人が理想の幸福を考えるとき、その地位に見合った裕福な生活を送っていた貴族たちに注意を向けたとしても、それは理解できる。しかし、自分は社会の最底辺にいる身分であり、そのような生活は不可能であることがわかると、幸福になれるような生活と目標について人それぞれ色々と考えを巡らしたのであった。もっとも、さらに考えを進めるための出発点になるような教理がきちんと用意されていなかったし、体系化されたわけでもなかったから、頼りになる人生の手引きが生み出されることにはならなかった。

 今のジャワ人を見ている限り、金銭的には日本人より貧しいが、生活を楽しむことは日本人よりはるかに長けている。「体系化」これがジャワ人にはなかなかできないのである。体系化の前にはパターン分析をして、色々なことを分類した後に統合して体系化するのであるが、このような思考方法はジャワ人にとっては最も苦手な部類に属する。多分、冬がないからじっくり考える時間もなかったからかもしれない。
[125]  ジャワ人は『スラット・ウラン・レー』や『スラット。ウェドトモ』の教えの中に自分たちを導いてくれる手引きを求めたが、それとは別に、比較的新しい教えにも出会った。その教えの創始者キ・アグン・スリョムンタラムが「幸福学要項」を講演したのが1931年だった。この講演は簡明で筋道立っていたので聴衆にすんなりと理解され感銘を与えたのだった。そして、ゆっくりとではあるが、確実にジャワ社会に影響を与えていった。キ・アグン・スリョムンタラムは辻褄の合わない瞑想ではなく筋道を立てて考えるように訴えた。

 しかし、未だ「筋道を立てて考える」ことはジャワ人のみならずインドネシア人全般にとって難題のように見える。ある程度、筋道に沿って進んだかと思うと、枝葉末節にこだわるためかすぐに脱線してしまい、結局は迷路に自分を追い込んでしまい、にっちもさっちも行かなくなり、「どうにかしてくりぇ〜」となってしまうパターンが筆者の経験では多かった。迷路に入りかけたところで本道に引き戻してやる必要があるが、仕事上で迷路に入り込んでしまうようなことをする人が日本ではまずいないから、日本人にとって、インドネシア人の「ヘルプゥ」の声は青天の霹靂に感じるのである。自分では迷路に入り込み始めたことがインドネシア人たちには気がつきにくいから、彼らと無駄話でもしながら、直面している問題点を探っていくしかない。それにはやはり、日本人がインドネシア語に堪能になり、彼らの言葉の端々から問題点を見つけることが必要であるが、駐在していても5年くらいで日本に引き揚げてしまうので、それもできない現状にある。日本に留学したインドネシア人を職場に引き込んでも彼らはエリートで、マネージメントのために時間を費やさざるを得ないため現場を知らないから、現場の技術的なことなど分からないのである。彼らを一概に責めるわけにもいかない。
[126]  この講演はジャワ語でなされたが、オト・スアティコによってインドネシア語に翻訳され、『幸福学要講』というタイトルで1976年にイダユ財団から出版されている。
 喜びと悲しみ
 この世には必死になって求めたり、隠したり、拒絶に値するものは何もない。ところが、人間というものは、あるものを必死になって求めたり、隠したり、拒絶するものだ。その、求めたり、隠したり、拒絶するものこそが、人を幸福にも喜ばせもするし、あるいは、不幸にも悲しませたりするものだ。だが、人はあるものを望んだとき、かならずこう思う。「もし私の望みが叶えられたら、私はきっと幸せになり、うれしくなる。もし叶えられなかったら、きっと私は不幸になり、悲しくなる」と。

 確かに、普通はこう考えてしまう。ということはジャワ人たちは「高望みするな」という封建時代の教えには満足しなくなったということだ。
[127]  「伸びる」望み
喜びをもたらすのは望みが叶えられたからだ。叶えられた望みは、喜び、快感、安堵、満足、平和、幸福感をもたらす。この望みが叶えられたにもかかわらず、それが叶えられると、必ず、さらに望みは「伸びる」。つまり、より高い望みへと高められる。これは望みの対象がいっそう高められるということだ。その量であるか、質であるかのいずれにせよ、叶えられることがないところまで高められ、これが悲しみを引き起こすのだ。だから、喜びがずっと続くことはありえない。

 日本人や先進国の人たちは1980年代には物質的にはほぼなんでも手に入れられる状況になってようやく気づいたことは、物質では満足感を達成できないということであった。ここから、新たな精神的な動きが始まってきたと感じる。
[128] 「縮む」
 悲しみの気持ちもまた、定かではない。悲しみは望みが叶えられず、不快、後悔、失望、気持ちを傷つけられたときの感情、憤り、痛み、困惑したときの感情などで起きる。望んだところで、それが叶えられなければ、必ず望んだ物事が叶えられるところまで、量においても、質においても、小さくするという意味で望みを「縮ませる」。そこで喜びを感じる。だから、悲しみの気持ちは定かではない。小さくした望みがまだ満たされなければ、必ずまた、それを小さくするものだ。

 現実との妥協である。これはこれでよい。しかし、「伸ばせる」分野があれば、そちらに望みを換えればよいのであるが、このようなブレークスルーはジャワ人にとっては苦手な分野のように見える。
[129]  いつもバティックの肩帯をしただけで、胸ははだけたままの質素な服装の元貴族が教えを伝える上でとった方法は、実に簡素で、それでいて筋道立っていた。説得力が絶大だったために、信奉者や賞賛者はただそれに心服するほかはなかった。とりわけ、平民となって平民の生活に溶け込もうとし、平民生活の何たるかを?むことができた一人の貴族に自分たちと共通した運命を感じ取った平民はそうだった。だから、キ・アグン・スリョムンタラムが教えるところは、彼が話しかける人々には真理と思われたのである。

 筆者がこうなりたいと望む人物像である。筆者はもちろん貴族ではないが。
[130]  イダユ協会、特にキ・アグン・スリョムンタラムの信奉者や賞賛者は、貴族の地位をなげうって平民となり、農夫として生きた貴族の教えを書物にすることによって、師の教えを広めるのに貢献してきた。それらの書物は以下の通りである。
第一巻 人生を感得する哲学
第二巻 第四の物差し
第三巻 幸福学要講
第四巻 クロモドンソ心理学
第五巻 自由感
第六巻 内省
第七巻 思考
第八巻 戦争の護符と人間の感情
第九巻 心理学の完成と形成
第十巻 一致の精神と労働の精神
第十一巻 教育学と音声芸術
第十二巻 結婚学
第十三巻 人生の免状と優越感
第十四巻 恐れの感情、心理学、精神の育成
 これらの書物のタイトルから、キ・アグン・スリョムンタラムのスペクトラムがどれほど広いかが分かるが、問題への接近方法は心理学的であった。心理学は接近方法を平易に筋道を立てて活用したために、直接間接、人生哲学にかかわる問題について考え、検討するよう指導を受けてきた人々によい影響を与えた実践心理学であった。

 うーん、すばらしい書物である。機会があれば一度は目を通しておきたい。
[132]  『スラット・ウラン・レー』や『スラット。ウェドトモ』の教えは忘れ去られそうになっていると言ってよい。それは、それらの教えが古いだけでなく、書物の形で保存されなかったからである。反対に、キ・アグン・スリョムンタラムの教えはとにかくこういう教えがあることに注意を呼びかける出版によって保存され、広められた。

 書物の形で固定されたという理由で教えが広まったのではないと思う。キ・アグン・スリョムンタラムの教えが現代社会に合っていたからこそ広まったのである。とかく、書類、紙に書かれた情報、というものをインドネシア人は大事にしているようだ。そこから、本末転倒して「本が大事だ」という考えに至る。しかし、大事なのは本ではなくてそこに載っている内容なのである。著者がこの本を書いた当時、まだインターネットがなかったから、情報の伝達媒体は紙によるものしかなかったからそう考えたのだろう。現在の価値観からするとこの理由は陳腐化しているのは明らかである。ところで、歴史的に見ると、日本のほうがインドネシアのみならず西洋諸国より早く紙が社会に普及していた。材料が日本全国どこでも手に入り、誰でも作れるから生産コストが安かったのだろう。それゆえ、日本は折り紙や色紙など、紙を多用した文化が深いのだろう。
キ・アグン・スリョムンタラムの向こうを張って、「世界で最も幸せな人」と友人が定義した人たちがいる。彼らとは「精神異常者」である。彼らはまず悩むことはないからだ、というのだ。
 「世界で最も幸せな人」のタイプにはさらに二種類あるとのことだ。
 最初のタイプは世界の富を全て独占して自由に使える人。
 もう一つのタイプは、生きるには何もいらない、と考える人である。このような逆説的な発想をする人はジャワ人に多い。
 それだけ深くヒンドゥー・仏教の教えがジャワ人の意識の内に潜在しており、さらには一神教の論理がその表面を覆っているのだろう。もう一つは「面白いことを言ってその場を盛り上げよう」というノリの面も否定できない。ジャワの喜劇を見ていると大阪の吉本のギャグのノリに似ているという大阪出身の同僚の指摘があった。
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2008-07-22 作成
2015-03-16 修正
2016/09/10 修正
 

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