嗚呼、インドネシア
52話 マルバグン・ハルジョウィロゴ著作「ジャワ人の思考様式」を読んで
第十二章 ジャワ人と親族
[98]  ジャワ人は一般に親族が好きだ。どこであれ、親族に会うと喜ぶ。うれしい気持ちを隠そうともせず、会ったばかりの親族と自分の間柄について話そうとするだろう。(中略) 時には親族関係があまりはっきりしていないこともあり、現実的な意味もなく、もう他人ともいってよいことがある。しかし、ジャワ人にとって正確な親族関係は二の次の問題で、それほど重要なことだとは思っていない。大事なことは、はっきりしていなくてもいいから親族関係があることである。

 インドネシア人一般に言えることだが、親族の間柄が遠くても偉い人、有名な人、金持ちは、自分のすぐ近くの親族のように話す。その親族が話している当人とは会ったことがなくてもだ。だから、高級官僚に親戚がいるから話を通してやるというような「ありがたい」申し出には、その人の生活を見てから応じなくてはならない。高級官僚の近い親戚で彼らから信用があるのだったら、この官僚からはかならず恩恵があるはずであり、裕福な生活をしているはずである。そうでなければ、彼の申し出はほとんど可能性のないただの夢想にしかすぎない。ご注意を。
[99]  親族であることがわかれば二人の間は親しさを増す。しかし、わずらわしさも増す。というのは、たとえば親族の誰かが就職のことで助力を求めてきたとか、金を借りに来たような場合、そうした要求を断るのはたやすいことではないからである。なぜかというと、親族のことをまだ強く気に掛けているジャワ社会では、断るということは奇妙なこと、あるいは理不尽なことだとみなされているからである。

 その通りである。金持ちの親族は援助を必要としている親族の面倒を見なければならないからである。1970年代の筆者の知り合いには、妻の弟と妹と4人、自分の子供4人それに夫婦の10人で一つの官舎に住んでいた人がいる。この知り合いはどんどん出世して総局長(事務次官)まで上りつめた人だから、収入も少なくはなかったろうが、3LDKの家に家族が10人、女中さんが4人の14人で暮らしていた。子沢山の家系だったので、末弟と自分の長女の歳が近かった。日曜日ともなると、別所帯に住んでいる弟妹夫婦が子連れで遊びに来るから狭い社宅の中と狭い庭はすれ違いも困難なほどの混みようだったのである。いまから思えばみんな若くて楽しい思い出である。
 インドネシア人と結婚した日本人はみな金持ちと思われている。だから、親戚が寄ってたかって金をせびりに来る。それが嫌で、ジャワ人女性と結婚した日本人の同僚はついに親戚付き合いを切ってしまったほどである。またスンダ人男性と結婚した日本人女性は同じように親戚に金をむしりとられてしまった。金がなくなれば親戚はもう来る理由がないから、ほおって置かれるだけなのである。恋愛はすぐにできるが、結婚生活の継続はそれに必要なお金と親戚関係にもよるから、なかなか難しいものである。国際結婚をしようと考えている方にはこの点重々考えていただきたい。
 日本人同士の縁組だと結婚相手が資産を狙っているのではないかと家族が疑うが、国際結婚の場合にはそんなことは考えないというのは理不尽な話である。日本人にとってはまだまだ対応がしきれないのだろう。
 2007年に東部ジャワのトゥルンアグンという田舎町に出張した時に投宿したホテルで、日本からの二人の中年婦人と出会った。その一人の娘さんがバリで知り合ったこの町出身の男性と結婚することになって相手の親族と今後の相談をしに来たとのことであった。もちろんこの婦人たちはインドネシア語がまったくできない。ちょっと見かけた娘さんのインドネシア語も覚束ない程度であった。これでちゃんとした話ができるのだろうかと心配したが、すでに事が進みすぎているので、今さら結婚をやめたほうが良いとも言い出せず、「好きにすればあ」とクレヨンしんちゃんになってしまった。しかし、当時、筆者の子供たちが結婚適齢期に入っていたので、他人事とは思えなかった。
お互いの言葉がよく分からない同士で国際結婚したばかりの友人に尋ねた。
「夫婦間では何語で話しているの?」と。答えは一言
「ボディーランゲージ」
ああ、ごちそうさま。
[100]  しかし、このような考え方はジャワ特有というわけではなく、インドネシアの全ての民族に見られるものである。

 この一つの表れは、企業を親族でかためてしまうことである。このような考え方を堺屋太一はアジア的資本主義と呼んでいたと記憶する。この主義は西洋や日本の資本主義と少し異なるが、仕事相手が信用できないような国の場合には、信頼性が厚いという利点がある。一方、我々のような外国人の企業で従業員を雇う場合、マネージャーの親類ばかりが集まってきてしまうという問題がある。彼の親類が全員優秀ならばともかく、優秀な親類を雇い入れる場合に能なしの親類を抱き合わせで雇わされることも往々にしてある。
[100]  このことは特にジャワ、スンダ、ミナン、バタック、その他の全ての民族で「大家族」が増えていることにもうかがわれる。「大家族」というのはある祖先をめぐってできた組織で、普通この祖先は名が知られており、その「大家族」が毎年集まりを持つ組織であるとすれば、その子孫だと思っている何百人と言う人たちが会うことになる。

 「大家族」というのは血縁による集団であると著者は述べているが、どうもそれだけではないようだ。軍や警察などにはKeluarga Besar(大家族)と呼ぶ団体が存在し、勤務している人たちだけではなく、たとえ軍や警察で働いていなくともその子供たちが恩恵を受けられるような組織になっていると聞く。もちろん他の官庁でもあるのだろうが、あまり耳はしない。
「大家族」の長はそこのボスであり、著者がたびたび述べているようにインドネシアは封建的な思想が残っている社会だから、ボスには服従しているようだ。早い話、口では民主化とはいいながらも封建制度がないとこの国はやっていけないのかもしれない。大衆の意識改革が行われない限り、このままずるずると封建的「民主主義」が続くだろう。したがって、既存の賄賂システムも温存されるに違いない。
 バタック人の友人にこの大家族の長なる男がいた。大家族の長ともなると、数百人以上の「組員」の世話をしなくてはならないので面倒な上に、「組員総会」ともなると仕事をほっぽらかしたくなるほど忙しいとのことであった。家族長の仕事は大変だとこぼしていた。
[100]  ジャワ社会の民主主義はまだ封建的な性格を強く残した民主主義であるというのが実情である。インドネシア共和国が独立を宣言してからまだ37年しかたっていないというのに、どうしてこの封建主義を全面的に払拭できようか。社会の民主化はそれを実現するためには多くの忍耐と時間を要する長い過程なのである。

 ジャワ社会は民主主義というよりまだ封建的であると言わざるを得ない。社会の下層民たちは経済発展に恩恵を受ける度合いも少ないし、社会に出てもその実力ではなく氏素性で評価されている。インドネシアの会社や組織ではこの封建制を破ることはできない。なぜなら、組織の上層部の利益を永遠に損ねることになるからである。それができるのは今までのしがらみにこだわらなくて済む外資系の新興企業だけなのである。これをお読みの読者諸兄はインドネシアの現地法人で働いていて「日本人はインドネシアの富を持ち出している」と批判されて嫌な思いをしたことがあるだろう。しかし、彼らにはわからないところで、諸兄も自覚しないまま、インドネシアの民主化に貢献しているのは事実なのである。自信をもつことだ。

 この原稿が書かれてから約25年の時間が経過した。この25年間でインドネシアの民主化は、スハルト体制の崩壊と共に言論の自由という点では進歩したと言えよう。しかしながら、社会的にはどうだろうか。上中流層は少子化、下層階級の貧乏人はあいかわらず子沢山である。これからは社会全体の富の総量が増えない時代である。すなわち、子供一人当たりが受け取れる遺産は、上流層と下層階級では大きな差ができてくる。「金持ちはもっと金持ちに、貧乏人はもっと貧乏に」という富の偏在化がますます顕著になるだろう。
スハルト体制が崩壊したのは社会の下層民の決起ではなく、上中流層の子弟の働きによるものだった。今のままの封建的な思想でゆけばインドネシアの社会が安定するという利点はあるが、いつまで経っても下層階級は上に伸びられないのである。徹底的な民主化で今の社会構造を破壊したとしても、インドネシア人の性格を考えると、毛沢東の政策に見らたように「金持ちはいなくなったが、貧乏人はやはり変わらず貧乏」という状況が続くとおもわれるのである。

第52話のトップへ戻る 次の章に進む
目次に戻る

2008-07-17 作成
2015-03-16 修正
2016/09/10 修正
 

inserted by FC2 system