友人たちの論文集

庵浪人作品集
第7話 ブアの反乱

第四章 小宮山マネージャー
 小宮山マネージャーの最初の形ある実行は、事務所に自分の個室を作る事だった。チィーフレプレセンタティーブマネージャーだからその位の権利はあろうが、こんな職場に必要かどうか。眼を蔽えば何も見ることも出来なくなるのに。
 なかなか礼儀正しいお人で、厳しいノックの励行、部屋の中ではいつも裸で蚤でもとっているのか。現場からの報告書に誤字が多いと赤ペケ付きで返されたメーカー派遣の倉田君は気にして、僕は学校の国語授業を受けにきたわけじゃあないと憤慨していた。
 「小宮山さん、言葉って不思議なもんで、日本語の訂正より、あんたのネシア人というのは訂正の必要ありだな。それはジャップより悪く、チャンコロより少しましだが蔑視語にはいる。チョウセンは立派な国名だと思うが、日本人が韓国に対して使うと最悪になる。まだある。あんたは現地人とよく言うが、私が聞くといい気持ちがしない。現地の人といえばローカルスタッフと同じになるのだが。
 それ程微妙なニュアンスがある。日本人同士ならエクスキュースもあるから、そっちの方に神経を使ったら」
 「秋山さんのインドネシア贔屓はもう知っています。そんなに誇り高い民族ならなんで中学生もやらないミスをしたり、言い訳ばっかりで逃げる事だけで、奴らの言動は全く信じられない。嘘ばっかりですから」
 「それじゃあ長くなるけど、後学の為ひとつ解説しておこう。紙と鉛筆を用意したまえ。君にとっても会社にとっても大切な心構えだから。
 先ず始めに断っておくけれど、私はここの人が好きでも嫌いでもない。向こうもそうなのを期待している。インドネシア人だから大好きなんていうセンチメンタリズムはない。あるがままに接しているだけだ。その中には反りの合わない男もいるし、いつかきっと親友も出来るだろう。日本が故国だからといって特別な感情もない。だがその日本と日本人は世界でも例のない変わった環境で、孤立した生活を続けてきた民族というのが前提にある。極東=ファーイーストって言うのは、それより先がない端っこっていう意味だ。世界地図には左の端に小さくへばりついている。
 地図の真ん中に描いてあるのは日本で印刷されたのだけだ。
 まず自分が貰った正しかるべき物差しを捨ててかかるべきだ。我々の常識は日本でしか通用しないと思う事、尺貫法が我々だけのものと同じ論拠だ。
 日本での選択の幅は非常に狭い範囲に限られている。例えば仕事でも殆どが高卒か駅弁大学出、中流と思っている両親に育てられ、お互いに日本語は完全に理解出来る。そんな狭いコミュニケーションだから、当然知っていなければならない事は知っているから省略出来るのだ。常識と言うものだ。それに基本的には組織化されるのを好む農民型だ。長い安定した封建制によるのか、血液型Aが多いからか知らないが上意下達が容易だ。よしんば搾取とか暴行があっても同じ種族同士の仲間内の問題だ。
 振り返って此処はどうだ。三百以上の種族、四百以上の言語、豊かな土地だから常に異民族の干渉に曝されるクロスロードの地域だ。異民族の征服は我々が知らない最悪な状態だ。基本的教育も移動も禁止され、牛馬の如く働かせられだ。昨日佐藤氏が天下をとり、今日鈴木氏になり、明日斉藤氏が殿様になるのとはわけが違う。
 そんな時代から一挙に近代に突入していま我々がいる此処に、痺れる電気が来て10年もしない。捻って水が出るのを見たのはP3でが初めてだ。それじゃあアフリカピグミーかというととんでもない、日本よりインド文明に近く稲作文化も先だった。そういう土台があって君がコンタクトする相手は、文盲の隣に君が憧れても入学できないプリンストン大学とかオランダ・ライデン大卒業がいる。給料だってあんたの十倍から百分の一の人が同じ机に座って会議をする。
 選択肢も百倍ある。モノカラーの日本と根本的に違う。
 彼らは言い訳上手の嘘つきというが、むしろゴメンで済む我々の方が異常だ。
 自分の非を認めたら征服者に殺されても当然。皿は私が割ったのではありません、皿は今日割れる運命にあったのですの言い訳は、あんたじゃあとても出来ない聡明さだ。あんたは一日5回のお祈りなんて、と言った事があるが、無知と言うおうか傲慢と言おうか、宗教を選択出来る日本人の言葉だ。君の家、両親が浄土宗であんたがミッションスクール、彼女と四谷の教会で結婚式をしたら日本以外の国ならさしずめ殺されるか、二度と親には会えないだろう。宗教はいいも悪いもない生まれた時に決まっていて、それに忠実に契約を果たすのが人間の資格だから、なんで豚を喰わないのかとか、断食が健康にいいのかどうかなど論外だ。そう宗教が決めているから従うだけだ。生活規範は明瞭に決まっている。神を持たないのは犬猫だ。
 身近な悪、賄賂と汚職か。これもこの国専売でもなく日本でも日常茶飯事なことはお嬢様でないかぎり知らないとは言わせない。巧妙なだけだ。
 インドネシアもリビアやコスタリカよりましだ。公然と行なわれるから、私だってショックだし大嫌いだが、敢えて言えば貧困と宗教と家族主義かな。
 働いても月給が5千円なら小宮山君はどうするかね。その中から私に奢ってくれるかね。日本の警官は喰えるだけの給料と年金が保障されているから、ワイロが発覚して馘になるリスクが大きすぎるからやらないだけだ。昔は大分ひどかったぜ。

 イスラムにはセデカ(喜捨)という美徳があって、富者は貧者に恵みを施さねばならない。これは義務であり自分より貧乏な人は必ずいる。日本はほとんど見殺しにする。
 家族が助け合い、親族が一緒に暮らして行く。成功者はいかにそれらの面倒をみたかで男の価値が決まり、そうなりたい。君は給料から親に仕送りをし、甥や姪の学費を援助しているかね。彼らは百パーセントそうしているよ、それが賄賂の金でも。最後に会社だ。君は会社が課長にしてくれて将来は役員の道がひらけている。
 日本以外の会社はその人の能力を買うだけだ。君は立教大卒の経歴を会社に売ったのだ。新しい能力を身につければ君はそれをまた会社に売る。会社がもっと高級な商品が欲しければ君を飛び越して買う。乾燥した関係だ。日本は石取りで、藩と殿様の所有物、終身雇用制で禄を食み、殿も全部の責任を追う。この習慣は今のところ産業社会で成功している世界にひとつの変わり種だ。此処はもっとひどい。
 オランダ時代から、どんなに優秀な男でもそれ以上出世出来ない線がある。だから地位のあるうちに自分の能力や影響力を他にも買ってもらいたいと思うだろう。
 そして君のいう馬鹿でもチョンでも、南部は彼等と協調して進まなければならない。日本の談合入札より外国事業のほうが儲かり市場も圧倒的に大きい。なには措いても海外受注を拡大しなければならない。その馬鹿どもと仕事をせねばならない。それも機械や設計技術と同じ技術なのだ。言葉も含め彼らを使う技術の蓄積が南部の力になる。馬鹿どもを軽蔑し拒否したら、南部がいくら優秀な建設技術者を持っていようとそのソフトがなければ将来はない」

 これだけ噛んで含めるように話したが、理想の新知識が汗といっしょに流れ落ちたのがその眼でわかった。「このネシアぼけ、身びいきばかり喋って」と書いてあった。

 嬉しいタクデイールの連絡をタイプしてリタは胸を揺すって運んできた。女性は奇妙な動物で、そこを見られているのが嬉しいのに率直には喜ばないから、私はその分だけ率直に喜ぶことにしるが、正直たいしたご馳走も食べないのに、このゆれ方はどうだ。モンゴリアはでかくならないのか、銀座を歩くOLとかに聞きたい。

 連絡は三日目に現実となり、マカッサル税関をクリアした不足部品のクレート梱包がトンカン(曳き船)でボニ湾にあらわれた。満潮を待って明日の午前中には荷揚げになる。
 久しぶりで気分が落ち着き、私は突堤の先まで歩き沖の船を見やった。
 汐は引き始め蟹で埋め尽くされた干潟が動いているように見えた。

 日本インドネシア通商経済協力協定が締結されると、この資源国に資本と技術と欲望が堰を切って押し寄せた。
 日本は何時でも何処でも、誰でも何でも一緒にやりたい。左右を見てそれが良くても悪くても、必要不必要の別なく一緒にやりたい。流れに逆らう事はそれ自体悪なのだ。
 それをシニックに眺めるようになったのは、私の歳のせいか本流に外れたからかは知らないが、当時は錫の兵隊さんみたいな横一列の戦士だった。ファイト溢れる切れ者といっても誇張じゃあないだろう。
 開発輸入の言葉に酔って、不足を補うふたつの国の尖兵になろうと、進んで外地勤務を希望した。インドネシア勤務が実現し、カリマンタンに自生する際限のないようなラワン材の切り出しは男らしく、それを生甲斐にしようと誓った。
 ジャカルタのオフィスで、右上がりのグラフを作る為にはあらゆる事をした。
 コンセッション(権益地獲得)の為、他社を出し抜く為には茶封筒に入れた実弾を使うのも仕事のうち、なんのためらいも感じなかった。伐っては運び、切っては運ぶのに何の躊躇もなく自信満々の日々だった。

 その役員は珍しくゴルフより現場を見たいと出張してきて、私もご無沙汰している伐採現場に飛ぶ事になった。船積み立合いはたまにはやるが、奥地の伐採地は視察の時だけで専門家まかせだったので、いい機会だ位の軽い気持ちだった。なにしろほぼ完璧な勝ち戦が続いていたから。
 サマリンダから、ヘリコプターは巨大な河口で材を待つ貨物船団のマストを掠めて河に沿って上流に向かった。
 やがて一本の支流から茶色の濁流が、本流に明瞭な縞目を作り帯となって流れ込むのが目指す現場への格好の目印になっていた。
 支流の両側は赤土が露出してそれは奥へ奥へと切り進んでいた。一銭にもならない雑木や枝を焼く煙がヘリを包む時もあった。コストを考えれば搬出の容易な川岸を切るのがいい。我々は国から権利の委譲を受けているのだ。
 必要ならまたゴム輪で止めた実弾で他のコンセッションを手に入れればいい事だ。

 「だいぶ伐採が進んでいますなあ」
 ロッギングブルドーザが爬虫類のように蠢いていた。
 その周囲だけがぼっかり穴があいたように空に抜け大地の膿のように荒れて、動物の死体のように木肌を曝した丸太が河に落とされ飛沫をあげていた。
 実際なにかの動物の死骸が、ガスで丸く膨れて両足を上にして流れていった。
 熱帯雨林は想像以上にデリケートな植生バランスがあって、表土層は僅か数センチ、それが流出すると再生はきかず砂漠化するとは後で知った知識だったが。
 「ゴーダウン低く!」
 ヘリは砂塵を巻き上げて神か悪魔のように空から斜めに侵入した。
 その時、ヘリとブルの巻き上げる土埃に足をとられるようにして、ダヤク族の親子が額から吊った背中の竹篭も重そうに、何処へともなく移動する姿が眼に入った。
 轟音と巻き上げる埃に顔を覆い、草臥れた衣服が風にあおられ、子供は必死に母親の手を握っていた。
 突然の闖入者が来なければ彼らは放浪することもなかったはずだ。お国の権利とはとりもなおさずこの人達の権利ではないのか。いったい国とはなんなのだ?
 弱者は強者に駆逐される。良い悪いではない動物界の定めだから理屈を並べてみても人間にもあてはまる。多数の幸福の為、少数は犠牲になる。国と呼ばれる絶対で、サマリンダの富はそこを知らない役人どもが国の名前で分配するのだ。
 街に帰ってからもあの親子の姿が亡霊のように焼き付いて離れなかった。あの濁流と禿げた赤土を肴にして飲まずにはいられなかった。
 オゾン層が破壊されようと炭酸ガスが増えようが、地球が寒くなろうが暑くなろうが、ダヤクの一家が死のうが生きようが、それらは私の賞与を保障してはくれないし、商事の株価にも影響しない。影響するのは物産よりたくさんの木を伐って運ぶ事だ。
 日本往復の機上でもボルネオ上空では寝たふりをしていた。
 弱気の虫かどうか迷っていた段階が過ぎ、哀しげなダヤク親子の姿から逃れられなくなった自分を知り、「一身上の都合で」と書いて、私は失業した。

 酒飲みと11dトラックの運チャンとは両立しない。
 すさんだ生活、ハイウエイのネオン灯がスンダクラパの漁り火に見えたり、飲み屋のねえちゃんをウイルザに見間違ったことは人には言わなかったが。
 南部建設から人を介して話があったのはそんな頃だった。
 勿体ないと言ってくれた。人にはそれぞれ与えられた場所があって、それに納まらないうちは不幸だとも。そして最後は顔を立てろときた。
 今度のその仕事は生産に繋がると言い訳を作った。プライウッドなら同じ木でも、加工生産により資源の有効利用と技術と地域活性化にもなろうと。
 ほんとうの理由はたぶん、ダウンパーカを着て、かじかんだ手で伝票を書く寒い冬が決断させたのだろう。
 「わたしのラバさん酋長の娘、色は黒いが南洋じゃあ美人、、」
 飲み屋でしたたか酔っ払いヤーさんに絡まれて大立ち回りのあげく、のされた事もあったっけなあ、苦笑が湧いた。

 干潟の無数の蟹がせっせと泥団子を作っていた。無風のボニ湾に曳船が浮いていた。なぜか汗を拭くのを忘れていた。
 「ボス、何を考えているのです?やけにしんみりしちゃって」
 「俺はこの頃思う事があるんだ。自分の影響力を極力小さくして、西行法師のように旅から旅に流れて行く。お経は読めないし説教も出来ないから、所詮は旅芸人、遊吟詩人か、蜜柑箱を前に市場の隅で唄って日銭を稼ぐ。生まれて一畳、死んで一畳とね。欲と見栄を捨てればそれが究極の悦楽だとね。
 俺たちが此処に来なければ、パロポの人はたとえトラホームでも、一年一回山羊肉を喰ってそれなりに幸せだった。アルミニュームやプラスチックが来て町の予算が数百倍に膨れあがると、無くてもいいものが欲しくなる。もう見てしまったから。
 ナイロン・テグスは無いから魚は欲しいだけ入れ食いだった。テトロンネットがくれば十年で終わりで海は死ぬ。そして養殖となれば原因不明の疾患が表れる。
近代工業社会は豊かな暮らしの押し売り、開発進歩の強制、何か大きな間違いと気づく時が来るのじゃあないのか。
 此処の平均寿命は四十才位だが奇妙に減りも増えもしない。早く死んでも不幸とは限らない。比較するものがなけりゃあイリアンの土人も不幸せではない。
日本じゃあ死にたくても医療が死なせないなんて、不幸を通り越して不気味だよ」
 「悟ったように言わんで下さいよ、ボスはまだ生臭い。托鉢坊主にゃなれませんてば」

 ふたりの佐藤と倉田、押谷、関口、内藤など普通の男たちが部屋に入ってきた。
 普通というのは普通の反応があることで、置かれた状況で最善を尽くそうと考えている向上心を言う。外界への興味が薄れ、つねっても痛がらないようでは不定愁訴という。まともな男を特別扱いで呼ぶ事自体、既に正常とは申せないか。
 サトウの両手にはバンロ酒の丸い器が計四個ぶら下げられていた。
 「乾期にこれだけ採るには二日以上かかるんです。ボス、今夜は荷揚げの前祝いとボス激励の夕べ、いいですね?」
 バンロ椰子の幹に竹筒を差しておくと、樹液が発酵してどぶろくみたいな酒になる。雨期は水分が多く薄いがいまは濃い。
 「よし、そんじゃあいくか。人食い人種も呼んで来い、あいつの喉は確かだから」引き出しから宝物のスケットルをサトウに投げる。部下に隠れてひとりでチビチビやるような上司に人は付いては来ない。
 ステイムラン中尉は北スマトラバタック族でプレマレイ人種というが、それよりも文字、文学芸術社会と高度な文化を持ちながら百年前まで、あるいはその後までカルニバル(食人)の風習を捨てなかった希有の部族だ。ゼスイット宣教師も何人も命を落としている。独立戦争では幾多の英雄将軍を輩出したが、彼らのお爺さんはまだ人を喰っていた事になる。粗野で直情的性格は、柔和温厚で上品らしいジャワ・スンダ人からは下に見られるようだが、私は嫌いではない。何を考えているのかわからないようなジャワ人よりすっきりしている。
 ラジャデインに言わせれば本当の度胸は、「バタックは勝ち負けを考えてから、マカッサルは死ぬ為にやる」と何処でもお国自慢はあるものだ。
 バタックは歌が上手で例外がない。喉が太く顎が張っているから歌はうまいが美人がいないとか、聖歌隊での経験からとも噂されるが、この国のステージをアンボン人と二分している。
 関口のギターをとってSGのバックを適当に合わせていると中尉がやってきた。
 ふたりでハモっている時だけは気があう。
 ♪ Mengapa beta mau buang diri bagini
 Jauh dari pangku mama sungguh,asing lawae,
 Sio apa tempo beta pulang ke Ambon e,
 Lautan lebar gunung tapere,,,   ♪
 なんで自分を捨てたのかしら、母さんの膝から遠いよその地に、シオ、いつ帰れるかアンボンへ、海は広く、山高し、、

 乗ってきた。バンロをあおる。俺もホテルのロビーで流し歌唄って、コインを帽子に投げて貰える腕だ。
 いや、隣でステイムランに競られたら餓死しちゃう。
 関口に歌詞を教えてやったり、みんな丸くなって聞いていた。こんな時間は東京での暮らしには一度だってなかったと思った。

 クレート梱包四個がシートパイル前の広場に降ろされ、周りを部落の人たち大人も子供も総出で囲む。村人にとって梱包材の板、釘、シート、スチロールは文明国からの貴重な生活資財だ。禿げ鷹のように襲いかかる瞬間を待っている。
 吉田がそばにいた。いい笑顔だ。慰問袋を待つ兵士の顔だ。
 「箱を見れば中身がわかるんです、僕が日本で詰めたんですから」
 ローカルの手でクレート板が剥がされ、白いビニールに包まれた待望の部品の入った段ボールが顔を出す。
 「吉田君あわてるなよ、開梱は彼らに任せろ」
 虫が知らせたわけでもない、偉い人は雑用はしないこの国の仕来りが染み付いていたからそう言ったが、彼はもう梱包に取りついていた。無理もない、待ち草臥れたこの日だから止めるわけにも行かない。
 「バール!」
 吉田は労務者から奪うように受け取り木箱の蓋をとり、これこれと言いながらケースを取り出そうとしている。
 突然、弾かれたように、「痛! 刺された!」
 サトウと顔を見合わせる迄もなく、腕を押さえてしゃがみ込んだ吉田、手甲から腕に赤い筋が走り、もう腫れはじめていた。
 咄嗟に落ちていた紐で上腕を止血し、咬点と思われる箇所に口をつけて吸った。
 唾をはいて、「車!マセ!ソンダ先生!」
 群衆の輪が悲鳴とともに割れ、バールに絡まるように一匹のむかで百足が地面に落ちた。それは百本の足があるからその名前だが、吉田の腕位もある大きさでのたうつ時ざわざわと音がするような不気味さだった。うすい桃色が余計に気味悪い。
 ショックか毒か吉田は蒼白の顔で身体が震えていた。

 驚いたことにソンダ先生がワクチンを持っていて、注射しながら、厳かに、
 「心臓ショックがなければ命に別状はない。咄嗟の処置と私のワクチンが無ければ半身不随だ」
 と医者になった言葉で言った。少しソンダ先生を尊敬した。
 個室にいた小宮山に報告すると、心配そうに、
 「秋山さん、貴方まさか虫歯はないでしょうね、あって不用意にそんな事をすれば彼と同じか、もっと悪い状況をご自分で招く結果になりますよ」
 残念ながら、私の奥歯には大きな穴があいている。だから今更どうするっていうのだ。一難去ったからいいようなものの、サトウテインギは、
 「彼の腕を咬みながら青い顔で怒鳴った時のボスはまさに人食い人種だったですよ」
 ふたりとも何とでも言え、だからいま笑えるじゃあないか。

 奇妙な事は続くもので、いつになくスダルソ社長がマリリニッケルのヘリを借りてくれた。
 「日本人に万一の事があっては恥ずかしい、大事をとってマカッサルに担送するのがいい」
 親切は喜んで受けた。社長を通してのマリリへの礼金には、しっかり妾のお手当てが上乗せされた金額だったが。
 べこべこするドアから吉田に肩を貸し、INCOと書かれた小さいプラモデルのようなドラゴンフライ型の乗客になる。パイロットはガムを噛みながら無造作にスロットルを絞るとパロポサイトも鹿山も夢の箱庭となって後に消え、我々は石灰質で裸の山が多い南スラウエシの山を縫いながら街に向かった。
 テンペ湖も干上がって雨期の四分の一程の水面がきらりと光った。

第四章 終


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2018-09-10作成

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