嗚呼、インドネシア
第97話 チャンディ・ポルティビ

 スマトラにはヒンドゥー時代の三大遺跡が残っています。南からMuaro Jambi、Muaro TakusとPadang Lawas (Candi Portibi)です。最初の二つは町から割と近いので観光地になっていますが、最後のPadang Lawasは空港のある町から遠いので観光客はあまり訪問しません。
今回、北スマトラのToba湖の近くに出張してきたので、2024/4/7&8のルバラン休みを利用してこのPadang Lawasを訪問してきました。折からルバラン休みのための帰省ラッシュを避けて以下のように時計回りのルートを選びました。走行距離は約600kmでした。
4/7 7:30 Base camp (Aek Paung) - Pulu Raja - Sigambal - Ranto Jior - Gunung Tua - Padan Lawas, Hotel Sapadia Gunung Tua泊 走行距離約250km 所要約8時間
4/8 7:30 Gunung Tua - Pargarutan - Padang Sidempuan (Shopping) - Pargarutan - Tarutung - Siborongborong - Balige - Porsea - Base camp 走行距離約300km 所要約10時間
通称Candi Portibi (Pertiwi)やPadang Lawas
正式名称はCandi Bahal (三カ所)
 
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P4072218s.JPG 遠景

P4072219s.JPG 主祠堂手前のテラスの階段

P4072220s.JPG 主祠堂近景

P4072221s.JPG 入口の彫像
 
P4072222s.JPG 入口の彫像
 
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P4072223s.JPG 祠堂の内部

P4072224s.JPG 北側の祠堂跡
 
P4072227s.JPG 祠堂側面の彫刻
Candi Bahal II 

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P4072228s.JPG 主祠堂へのアクセス
 
P4072229s.JPG 主祠堂近景
 
P4072230s.JPG 周辺は水田
 Candi Bohal III

DSC_1290s.JPG 門が閉まっていて境内に入れなかった。
 以前訪問したMuaro JambiとMuaro Takusと同様、この遺跡の近くには中規模の川が流れていた。Muaro Jambiは川岸から少し高いところにあったが、Muaro TakusとこのPadang Lawasは川面から十数メートル高いところに位置している。

 以下はインドネシア語のWikipediaの和訳。https://id.wikipedia.org/wiki/Candi_Bahal
 1. 概要
 この遺跡はCandi Bahal, Biaro Bahal, あるいは Candi Portibiと呼ばれていて、北スマトラ州北パダンラワス(Padang Lawas Utara)県パダンボラク(Padang Bolak)郡バハル(Bahal)村に位置している大乗仏教の密教の寺院群である。ここはPadang Sidempuan町から自動車で東に三時間、州都のメダンからは約400km離れている。この祠堂は低温焼結赤レンガ(bata merah)で11世紀ころに建設され、マラッカ海峡側に位置してスリヴィジャヤに征服されたパンナイ(Pannai)王国と関係があると考えられている。
 この祠堂群はそれほど離れていない三つの構造物から構成されていて、それぞれにCand Bahal I, II & IIIと名付けられていて真東から約15度南側の方角に一直線上に配置されている。
 Gunung Tuaの町から最も近いCandi Bahal Iがこれらの中で最大規模であり、基台の表面にはチベットの祭祀の際に用いられるような動物のお面をかぶって踊っている姿が浮き彫りにされている。また座ったライオン(仏陀の守護)の像が刻まれている。
 Cand Bahal IIにおいてはHeruka(日本では「明王」に相当)の像が一体発見されたことがあった。この像は右手に杖を持ち死体の上で踊っている形で浮き彫りにされている。
Candi Bahal IIIの基台側面は葉の浮彫で装飾されている。
「大地」を意味するバタック語のPortibi (インドネシア語ではPertiwi=地母神。仏教用語では地天とよばれ地蔵菩薩の起源と言われている)から、この遺跡群はCandi Portibiとも呼ばれている。

2. 寺院群
2.1 概要
 この遺跡は現地語でbiaro(おそらくは仏教寺院を意味するviharaの訛り)と呼ばれる寺院群であり、固い石でできている神像以外の建物は全て低音焼結煉瓦でできている。各々の祠堂は厚さと高さが約1mの低音焼結煉瓦の壁で囲まれている。東側には祠堂に通じる出入り口があり、祠堂の左右は約60cmの壁に挟まれている。各々の祠堂は敷地の中心に位置しその入口は門に面した方向にある。

2.2 Candi Bahal I
 Candi Bahal I は周辺部より高い場所に位置し、その境内の面積は約3000m2であり低音焼結煉瓦でできた60cmの高さの塀で囲まれている。この塀は1mにも及ぶ厚い壁である。主祠堂は敷地の中央に位置し門に向いて建てられている。主祠堂と入口の門の間には7m x 7mの台あるいは基礎が置かれている。この主祠堂はこの遺跡群の他の祠堂の中で最大である。この主祠堂は基礎と基台部分、祠堂本体と屋根から構成されている。基台部分は約7mの正方形でその高さは1.8mである。この基台部分の上に厚さ75cmの祠堂本体の床の部分があり平面的に見て6m2の面積を有する。基台の上に祠堂を一周する回廊が設けられている。(上の写真参照)
 Candi Bahal Iは1基の主祠堂と4基の副祠堂から構成されている。これらの祠堂の間は通路でつながっている。これらの祠堂は主祠堂と門を結ぶ線に対して左右の位置に配置されている。Candi Bahal Iの配置は異なる機能を持ついくつかの祠堂で構成されている。主祠堂の裏側に位置する部分と主祠堂の左右に対面配置されている副祠堂から構成されている。主祠堂への階段はその構造物の機能を確定するものである。入口は境内の塀の外側の左右に存在する。他方境内の内部の通路はその中央部に位置する。
 Candi Bahal Iは東を向いており(Garmin GPSのコンパスによると東から南に約15度)、祠堂のちょうど中央部に向かう階段が付いている。この基台は長さが4mで2mの幅で突き出している。主祠堂への階段の下の両脇には一対のマカラの頭部が設置されている。祠堂に向かう境内の通路にはいろいろなポーズをとった人の形の彫刻が見られる。これらの彫刻の大部分は損壊しているものの踊っている人間の彫刻も散見される。主祠堂の東側には巨人の座像が彫刻されているのが見られる。
 主祠堂の胴体部分は正方形で一辺が5mの面積を有する。胴体部分は基台部上で約1Mの回廊が全周をめぐらされている。祠堂に入るには基台から約60cmの高さの階段を用いる。祠堂内部は一辺が約3mの正方形で、約1mの厚さの壁で囲まれてる。祠堂の開口部は120 x 250cmである。この入口には装飾彫刻が見られない。Candi Bahal Iの屋根部分は約2.5mの円筒形のストゥーパの形状であり、円筒外面には花束の彫刻が施されている。

2.3 Candi Bahal II
 Candi Bahal IIは道路から約100m入った場所にあり、Candi Bahal Iから約300mの距離にある。Candi Bahal IIの境内はCandi Bahal Iと同じ面積を有し、低温焼結煉瓦の塀で囲まれているが祠堂本体は後者よりも小型である。この塀の東側の中央部に約4m外側に突き出したテラスがあり。塀の高さは約70cmでありテラスと東側に面している階段まで延長されている。
 Candi Bahal IIの主祠堂は基礎と基台部分、胴体、屋根から構成されている。祠堂の基礎部分は約6mの正方形をなしその高さは約1mである。階段の最下部には一対の口を開けたマラカの頭部が見られる。祠堂の基台部分の高さは75cmであり、一辺が5mの正方形をなしている。胴体部分は基台部上で回廊が全周にめぐらされている。
 Candi Bahal IIの胴体部分の内部は約3mの正方形の空間となっていて約1mの厚さの壁で囲まれている。入口の開口部は120 x250cmであり東を向いており、この部分には何らの彫刻も見られない。この祠堂の屋根の部分は四角で頂点を持つピラミッド型をしている。

2.4 Candi Bahal III
 Candi Bahal IIIは道路から約100m入った場所に位置するが、この祠堂に到達するには水田のあぜ道と住宅の間を抜けていかなくてはならない。(2024/4/07の訪問時には祠堂の入り口まで自動車ではいれた) 低音焼結煉瓦で囲まれた境内は他の祠堂とほぼ同じ面積を有する。境内の入り口は東側に面している。この主祠堂は他の主祠堂と同様に境内の中央部に位置している。Candi Bahal IIIはCandi Bahal Iに似ていて門の階段は南北に位置している。一方Candi Bahal IIの階段は東に面している。
 Candi Bahal IIIの主祠堂はCandi Bahal Iの主祠堂に酷似している。祠堂胴体部の空間にはいる門は東に位置している。入り口部分には彫刻が見られないが、基台部分には花のような彫刻が見られる。屋根の部分はCandi Bahal IIと同様に底面が正方形のピラミッド状をなしている。

3. その他
 複数の調査員はPadanglawasの寺院群のある1,500km2の地域には26カ所の祠堂の廃墟があると言っており、そのいくつかは以下のとおりである。
Candi Pulo
Candi Barumun
Candi Singkilon
Candi Sipamutung
Candi Aloban
Candi Rondaman Dolok
Candi Bara
Candi Magaledang
Candi Sitopayan
Candi Nagasaribu

 この寺院群周辺の水田耕作地と住宅地域は以前広大な広場であった可能性がある。
 Padanglawasの多数の寺院のうち修復がなされているのはCandi Bahalのみであり、Candi SipamutungとCandi Puloは修復中ではあるが、他の祠堂はいまだ廃墟のままである。
(終)
  帰国途上の車中で現地出身のドライバーから聞いた話では、ベースキャンプの近くにも寺院の廃墟があるようで、次回渡航時には参詣することを計画している。

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2024-04-11 作成
2024-05-14訂正

 

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