嗚呼、インドネシア
56話 1998年5月のジャカルタ暴動 


約20年前の古い話になるが1998年5月のジャカルタ暴動の時に日本側の安全管理担当と交信したもののアーカイブと帰国した際の記録をここに示す。もう二度とこのような記録を取ることがないようにしたいものだ。


暴動発生までの経緯

 ご存知のように、1997年にソロス兄弟がマネーゲームをしかけタイバーツを弄んだことからアジア通貨危機が始まり、東南アジアの通貨は軒並みに下落した。特に経済成長が著しかったインドネシアでは通貨の価値が日本円で五分の一にまで下がり、それにともなう猛烈なインフレで庶民の生活を圧迫した。さらには通貨危機により経済活動が低迷したので失業者が街にあふれた。この問題に関してスハルト大統領は何の手も打てず、権威が失墜した。筆者の元友人宛ての発信メールアーカイブを元に暴動発生までの歴史をひも解いてみたい。

1998/2/15
  1. インターネット上では色々とかまびすしいが、特に目立った緊迫感はジャカルタ南部では見当たりません。ただ、物価が二ヶ月前の二倍になっているものもあり、庶民はつらく感じていることは確かだ。ジャカルタの工場をクビになって田舎に戻っても乾期が続いたため農作物のできも悪く、田舎でもメシが食えないというのはあちこちから聞いている。
  2. 2/12の週末か、それが乗り切れたら大統領選挙後に何か大きい事件が起こるかもしれません。その時は空港も閉鎖されるでしょうから、国外脱出はできません。女中さんや運転手の田舎に逃げ込んで、自体が沈静化するのを待つのが最適だと思います。ここで、インドネシア人との日頃の付き合いの努力が評価されるようになるでしょう。(こんな評価はしてほしくないとおもっていますが)
  3. いったん事が起きたら電話も使えなくなるでしょうから、国外とは音信不通になるでしょう。ですから電話線経由のインターネットも繋がらなくなることは自明の理です。この点を会社側でしっかり認識しておいてください。
  4. 最悪の場合、ジャカルタ出張中の所属部員だけは小生が引き取るよう努力し、町から離れた田舎の「あばら屋」で数日過ごしてもらうことになるかもしれない。他の部の方々は自分の所属部にて適宜処理願いたし。
以上

1998/2/16

狂乱物価の波及
(a) 中部ジャワからの旅行者からの又聞きですが、地方ではバスのスペアパーツが買えなくなって止まっているバスが増えたとのことです。

(b) 本日の夕方、御近所の電力会社の総務部勤務の人からの伝聞ですが、近いうちに時間給電になるかもしれないとのことです。

(c) 帰路に華人の店に支払いしに行ったところ、今週末2/21,22が特に危ないからどこにも行かないようにと忠告されました。この情報は彼の友人ネットワークからだそうです。

1998/2/17

(1) 計画停電の話
【ジャカルタ通信2/16】でお知らせした部分停電の話を当人に尋ねたところ、勤務先の電力会社で小耳に挟んだとのこと。まだこれは決定の段階を経ていない噂とのこと。また、停電しても住宅地の昼間に限り、事務所街や工場にはいつもの通り給電するとのこと。日本工営のジャカルタにある事務所は住宅街にある物が多いので、注意が必要。オフィスアワーに停電されると仕事にならなくなる。エアコンはなくても、コピーマシンなどの起動の瞬間に大電力を使用するものがあるので、需要電力量ぎりぎりの容量の発電機では間に合わない。数倍の容量の発電機が必要である。
計画停電は、輸送にコストがかかる燃料の消費を抑えようとするものであろう。

(2) 治安状態
昼過ぎにBlokMに買い物に行った時には、特に治安が悪い「殺気」は感じなかった。まだ、平穏無事である。

(3) 2/21&22に発生するかもしれない暴動
これも噂の域を出ないが、事務所のインドネシア人技師に意見を求めた所、当人もヨルドニッチはどこへも行かないようにするということであった。

(4) 暴動に巻き込まれたら
客先で暴動にどうやって対処するかを話していた所、ペチを被って黙っていればまず大丈夫だとのこと。このアドバイスをくれた人はバンドンでしょっちゅう暴動に出会うので、「危機管理」の準備ができている。

僕も明日からコピア(インドネシアの黒い帽子)をもっていこうっと。

1998/2/18

本社の安全担当である業務部からの問い合わせに関する回答

(1) 電話が通じなくなった時の連絡方法
先日エス部長からいただいたfaxの中に、国際電話が通じなくなった時、ジャカルタから国外に連絡する方法についてお尋ねがありました。この件について、通信回線の状態を状況を分けて報告しようと思います。
状況−1:国内の電話回線が生きていてIndosatなどの国際回線が使えなくなった場合
各種のインターネットの国際回線のインターネットのアクセスポイントがインドネシア国内にあります。詳しくはわからないのですが、Indosatのみならずいくつかの通信会社がありますから、多分いくつかのアクセスポイントは海外に繋がっているのではないかと思われます。仮に、全ての国際電話回線が使えなくなっていたとしても次の方法で海外にアクセスできます。

状況−2:国内の電話回線も使えなくなった場合
船舶は通信衛星(マリンサット?)を使って世界中にアクセスしています。ですから、インドネシアの国内電話回線が普通になったとしても、この端末を持っている限り世界中どこからどこへでも連絡できます。このシステムは信頼性が高い上に送受信機がポータブルです。一ヶ月の契約料は十万円くらいじゃないですか?詳しくはプラント技術部の谷口課長にお尋ね下さい。会社で必要でしたら、ジャカルタ事務所に一台リースして置いておくのも一つの方法です。
また、インドネシアのアマチュア無線家に頼んで無線機を貸してもらうのも一つの手です。しかし、軍が四六時中無線の傍受をしていてスパイと間違えられる恐れがあり、我々のみならず、好意で無線機を貸してもらったその人にも危険が伴います。ですから、この方法は使わない方が良いと思います。

(2) その他
金曜日にマラン市から上京してきたIKAのNasir氏によると、マランの市長から「3/1から3/11まではなるべくジャカルタにいかないように」というお願いが出ているそうです。このお願いはマランのみならず、全ての地方都市の首長から市民に向けて出されています。大統領選挙の前後には騒乱状態が懸念されるため首都圏に入る際の警備が厳しく、市民に無用な混乱を起こさせないような配慮と思われます。

本日2/28午後20:30+0700現在、情勢不安の情報はラジオテレビとも放送していません。

1998/3/17

学生の政治活動が活発化し始めた
共同通信ニュース速報
【スラバヤ(インドネシア東ジャワ州)17日共同】インドネシア第二の都市スラバヤ(東ジャワ州)にあるスラバヤ教育大で十七日、学生デモ隊約二百人が武装警官隊と衝突し、男子学生三人が頭などに負傷した。頻発、体制改革を求める学生運動は第七次スハルト体制発足後も衰える気配を見せていない。
 スラバヤのデモに参加した学生らの話によると、デモ隊は午前九時ごろから「スハルト大統領は退陣せよ」「スハルト一族の資産を公開しろ」などと叫びながら大学構内を行進。約二時間後に構外に出ようとした際、正門近くに待機していた武装警官約二百人が行進を阻止して押し合いとなった。
 警官の一部が警棒で学生を殴り始め、一部学生は投石で応酬したが、リーダーの中止命令で約十五分後、解散した。逮捕者はなかった。 
 AP電によると、ジャカルタではパンチャシラ大の学生数百人がデモを解散させようとした警官隊に抗議し、大学近くの高速道路の一部車線を一時占拠したが、事故や逮捕者はなかった。
 またコンパス紙などによると、十六日にはジャワ島中部のソロやスマトラ島のメダンなどでも数百―千人規模の学生デモが頻発した。  
 一方、同国第二のイスラム教徒組織ムハマディアのアミン・ライス議長は十六日、ジャカルタのムハマディア大で演説し、現在の民主化運動を「ピープル・パワー」と呼び「運動が平和的なものである限り(リーダーとなる)用意がある」と語った。

1998/3/19

共同通信ニュース速報
【スラバヤ(インドネシア東ジャワ州)19日共同】インドネシア第二の都市スラバヤ(東ジャワ州)にあるアイルランガ大で十九日、学生約五百人による集会が開かれ、付近に集まった市民千人以上を巻き込む形で、事実上の「学生・市民集会」に発展、警察隊が大学構内を封じ込める事態となった。
 インドネシアでは政治、経済改革を求める学生運動が二月下旬から活発化しているが、市民参加型の集会は初めてとみられる。学生グループは同日朝から「スハルト大統領は辞任せよ」などと叫びながら大学構内をデモ行進。外へ出ようとしたが、校門で武装警官隊約二百人に阻止された。約三十分のにらみ合いの後、学生側は強行突破を試みたが、警官隊に押し戻されたため、その場をスハルト政権糾弾集会に切り替えた。この間、警察側も機動隊を増派、放水車などで校門前を封鎖した。 校門周辺には騒ぎを聞きつけた市民千人以上が集合。機動隊を取り囲む形で、学生の演説に拍手を送ったり、呼び掛けに応じて一緒に「改革」のスローガンを叫んだり愛国の歌などを唱和した。集会では、スハルト大統領を模し「汚職の王」などと胴体に書いた人形を燃やすなどして、気勢を上げた後、昼すぎに終了。市民の一人は「経済危機に苦しんでいるのは私たちも学生も同じ。政権に対する不満も同じだ」と話していた。
 ジャカルタ南部のナショナル科学技術大の周辺でも同日午前、学生約千人が「汚職追放」などと書かれた横断幕を掲げ、路上デモを展開した。 

1998/4/03

この時期からほぼ毎日治安関係の記事を友人や勤務先の安全担当者宛に送付している。
【今朝の新聞から】 <>の前はタイトル、中は新聞名、後ろは記事。

  1. 地震 <PosKota>木曜日午前一時にリヒタースケール6.4の地震がパダン市を15分間にわたり襲った。地震はプレートテクトニクス地震のようで、死傷者はない。(現地通信員発)
  2. 大学生デモ<PosKota>昨日ジョグジャカルタのトゥジュブラスアグストゥス大学でついにキャンパスの外にデモ隊がでた。<Kompas>催涙ガスの発射によって42人が負傷、警察発表では29人となっている。
  3. 大学生対話拒否<PosKota>昨日スラバヤのアイルランガ大学生たちが法務大臣が提唱している大統領との対話の方法を拒否する声明を出した。
  4. IPB大学生海軍からの寄付拒否<PosKotaのトップ記事>昨日昼、ボゴール農業大学(IPB)で、海軍からの学生と周辺住民に対する生活基礎物資の寄付の受け取りを拒否した。「寄付は大衆へ、大学生はこの寄付を大衆へ分配する用意ができている」というプラカードもあった。
  5. 大学生過激派?<PosKota>国民評議会のゴルカール党の秘書官は、「大学生の中に過激派がいて、彼らがこの通貨危機を利用して彼らの意図を実現しようとしている」といっている。<記事の内容>ゴルカール党の秘書官のシャムスールマリフは、こう評価した。大学生は対話をつくりあげたいと希望している、それどころか、対話を継続させる計画を困難にしている。「この期におよんで、国家元首を交代させるための対話を意図している過激派大学生がいるのではないか」「この意図を押し付けるために彼らはこの通貨危機を利用している」とシャムスールマリフは記者の質問に答えた。シャムスールによれば、「他のグループこの危機を解決する方法を探す対話を望んでいる。しかし、勉学にもこの事態にも関心を持たない大学生グループもある」と。
  6. 大学生、軍との対話拒否<PosKota>4/4に予定されている軍との対話を拒否すると、ITB, UII, IAIN, Sunan Kalijaga, IKIP PGRI Semarangの大学生たちが各々のキャンパスでデモ。ジャカルタにもこの動きが広がっている。

【註】
ITB: Institut Teknologi Bandung 国立バンドン工科大学
UII: Universitas Islam Indonesia 国立インドネシアイスラム大学
IAIN: Institut Agama Islam Negeri 国立イスラム宗教大学
Sunan Kalijaga : 国立大学
IKIP PGRI: Institut Keguruan Ilmu Pendidikan Persatuan Guru Republik Indonesia 私立の教育大学

1998/4/04

【今朝の新聞から】 <>の前はタイトル、中は新聞名、後ろは記事。▲以降は筆者コメント。
  1. アジ銀理事採算不良の数行の清算が必要<Pos Kota>昨日夕方、国家計画庁にてアジ銀の東部開発担当理事のニシモトショウジ氏が、"Some bank may require liquidation. It's depend on financial condition"と語った。[▲この英語、文法的に合っているのかなぁ?]
  2. 「Bank Central Asia (BCA)に預金引出が殺到というのは嘘」<Pos Kota>ポスコタ編集部に読者から、預金者がBCAの本支店に行列しているというのは本当か?という電話があった。各にしたところ確かに預金者が行列しているが、これは連休(4/7がハリラヤハッジで休み)のための資金引き出しで、通常の業務であるとのこと。[▲経営状態が安全といわれているBCAでもこうなんだから、インドネシア人たちはちょっとした変化にもびくびくしているのがわかる。
  3. 数千人の大学生がインドネシア大学(UI)でデモ<Pos Kota>昨日UIのサレンバキャンパス(ジャカルタ市内)に十数大学から数千人の大学生が集結して、大統領との直接対話早期実現、社会改革と自動車用燃料への国家補助を強く要求した。[▲段々街の中にデモが移ってきたね。]
  4. UIには大統領との対話の概念がある<Pos Kota>UI総長のブディサントソ(Boedisantoso)教授によると、この概念は3/30-4/01にデポックキャンパスで行ったシンポジウムの席上作成されたものとのこと。これは56ページからなり、その中には通貨危機(KerisMonatar=クリスモン)の解決方法について長期、中期、短期の解決方法とその代案について述べてある。
  5. 我々は政治亡命を求めてはいない<Pos Kota>約75名の東ティモールの若者たちがジャカルタのイギリス大使館の塀をよじ登って、「我々は政治亡命を求めているのではなく請願書を渡したいのだ」と訴えた。別なグループは円陣を組んでティモールの歌を歌ったり踊ったりして「東ティモール問題をアジアヨーロッパサミット会議の議題に取り上げる」よう要求した。[▲歌ったり踊ったりのうち「踊ったり」がなんとなくインドネシアらしいね。日本じゃ沖縄以外踊りまではやらないよぅ。]
  6. 数千人のTKIの国外追放はマレーシアの企業によるもの<Pos Kota>これらのTKIは、経済危機に直面している同国の企業による犠牲になったもの。[▲コモンレーバーってのはそんなもんだよ。いちいち新聞で苦情を言う必要はないじゃんか。
  7. JKTで中学生がデモ<Pos Kota>予期していた以上の費用を取られたと、金曜日の朝6:30、Duren Sawitの第194中学で数百人の生徒がデモを行った。管轄警察と軍が到着するまで植木鉢や校長の車を壊したりした。Rp140,000の費用の支出先が不明朗だという理由からである[▲インドネシアの学校は月謝以外に色々とお金を取らるんです。その使途が不明なものが多く、文句を言うと内申書の点数がさがるという具合になっています。いままでは、この程度のオカネはどうかなったのですが、クリスモンになってから急激に金回りが悪くなったので、こういう問題が中流層まで波及してきたのでしょう。もちろん田舎の貧困層は、金が払えない→内申書の成績が悪い+両親に学資がない→進学できない、という手順に昔からなっています。]
  8. 僕は言うまでもなく学生たちと付き合っているよ<Aksi 3/31-4/06号(以下Aksiと略)>メガワティの支持者であり、ジャワの王族出身の有名な超能力者でもあるPermadiが大学校内の学生集会に出席し集会に花を添えた。インタビューアーの質問に答えて「軍と経済問題について話してはいけない、これは軍の権限ではないからだ。政治問題についても軍と話してはいけない。これは内務省大臣の権限だからだ」と言っている。[▲インタビュー記事が長くて読みきれいなよう]
  9. アリフィンパニゴロとビジネス<Aksi>アリフィンパニゴロはバンドン生まれの53歳男性。石油で財を成して、プレブミでは最大の超金持ちといわれている。本人は突出することを嫌い、手短に明瞭に話す。また石油ビジネスだけではあきたらず、アグロビジネスにも1995年には一兆ルピアをつぎ込んでいる。ナトゥナ島の四万ヘクタールと中部カリマンタンの二万五千ヘクタールの油椰子農園に2800億ルピアを投資している。[▲農園とは名ばかりで、どちらも石油と天然ガスの宝庫である。また前者は南シナ海に浮かぶ海路の要衝で、ここをおさえると、航続距離の短いジェット戦闘機でも東南アジア大都市のどこも航続距離以内に入る] 2/5のラディソンホテルでのアミンライスとの会議に出席していてそのあと警察に引っ張られた。
  10. 同胞国での流血の悲劇<Aksi>アチェ州出身の移民がマレーシアで殺害された時誰が間違えたのか?この問題は言うまでもなく我々を悲しませる。 とありました。

1998/4/06

今朝(4/06)の新聞から
(1) 七行がBIの監督下に、他の七行が清算に<日刊Kompas>
(1a)BIの監督下に入る銀行は、
@ PDFCI、Aエグジム、Bウムムナショナル、CBDNI、DTiara Asia、Eダナモン、FModernこれらの銀行はバンクネガラインドネシアの運営下に入るようである。

(1b)会社清算予定対象の銀行
@ Surya、ASubentra、BPelita、CCentris Int'nl、DDK、EHokindo、FCredit Asia

(2) ATMから引き出し不能に<日刊Poskota>銀行協会のジョグジャとプルヲクルトに設置してあるATMが引き出し不能に陥り、数時間の行列の後に預金引き出しができなくなり、預金者達の不満は高まる一方である。この事件で暴動が発生したという報道はない。

(3) UGM学長が声明<日刊Poskota>4月3日のデモはいき過ぎである。それが学生たちの負傷や大学施設の損傷の原因となったと、学長が語った。4/4に記者が聞いたところでは、学生たちは既に良い方向に向かっているとのこと。4/4に秘密捜査員が二人学生たちにつかまり、頭部に重傷を負って入院。警察署長の談話では、デモ隊八人を取り調べ中。金曜日の事件で警官四名、学生七名の重傷者が発生した。土曜日のデモは平穏であったが、金曜日の警備対策が過剰であると学生たちは非難している。

(4) 1998年1月から三月までの外国投資<日刊Poskota>国家投資庁の発表では、ここ三ヶ月の外国からの投資は307件で合計51億4200万ドル。前年同月には211件、65億3200万ドルであり減少している。同期間の国内投資では94件178億ルピア。前年同月には165件369置くルピアであった。

(5) ラジオニュース(7:00AM)から デング熱の犠牲者はこのところ毎日33人から63人に達している。

(6) ラジオニュース(7:00AM)から (インドネシアのツツモタセ) ハリラヤハジ用の山羊売りが、若い美人とはなしている間に、売り物の山羊を盗まれてしまった。

★この時期にNHKの衛星プレミアム放送がインドネシアで受信できなくなり、「すわ情報統制か」いろめきだった。

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ4日共同】二、三両日にわたり学生と治安部隊が衝突、学生に多数の負傷者が出たインドネシア・ジャワ島ジョクジャカルタのガジャマダ大学のデモ指導者は四日、共同通信の電話取材に対し、三日の衝突で学生三十一人が病院に運ばれ、十八人が行方不明となって捜索中だと答えた。 同大学では四日も学生一万人以上が構内をデモ行進したが、この日は混乱はなかった。
[1998-04-04-19:34]

今日の朝日新聞には下記のような記事があった。
ジャカルタ5日=AP

5日付けのインドネシア・コンパス紙は,ムナンダール文相が4日,学生のキャンパス内での政治活動禁止を強化するよう大学学長に通達したと報じた。文相は国立大学の学長たちとの会合で,キャンパスでの「実質的な政治活動」は長年禁じられており,規制を遵守させるべきだと語った。ついに,デモ参加者の行方不明者が出ましたね。18人というとかなりの数です。処刑されたかも?
また、政府はついに学内でのデモも禁止しました。これで,学内の政治集会やデモに対する弾圧の口実ができたのです。

また、タンゲラン市にある日系のファスナー会社がインドネシア軍から死体袋200万個分のファスナーを受注したとの情報をこのころ得ました。治安が不安定なこの時期に、不安を掻き立てるような内容でしたので、つぎのように分析しました。
この話が全て真実なら、次のことが考えられます。
@ インドネシア政府が百万人を越える犠牲者が発生する大々的な暴動・内乱・戦争(国内外を問わず)を考えている。
A 政府がなぜ袋物のメーカーではなくてわざわざファスナーメーカー(多分YKKだと思いますが)に発注したかが疑問になります。でもYKKのタンゲラン付近の事業所はアルミサッシ工場のはずですが………。
B 重いものを入れる袋ですから丈夫に作って一枚4kgとすると製品重量は合計8000トンにもなります。こんなに大量の材料をすぐに入手可能なのでしょうか。布地だけでも大型貨物船二杯分に相当します。大変な量です。しかし、タンゲランの工業地帯には大型船舶が接岸できる埠頭がありませんから、T'Priokから陸上輸送するにしても大型コンテナ500台分以上のボリュームがあります。こんなに大量の物資の輸送が可能かどうかということがあります。タンゲランの工業地帯に入るには、高速道路から町の中央部を貫通する道路を通る必要があり、交通が大混雑して輸送もはかどらないはずです。あるいは、川船に沖取りして、チドリアン川をさかのぼる手もありますが、川口は水深が浅いのでこれも困難です。
C こんな大量の受注があったのなら、タンゲランの繊維業者たちにも布地の発注があって潤っているはずなのですが、どの会社も工員たちの首切りをしています。この事実から見てもおかしいです。
D インドネシアではトラックの幌にローカル産の木綿キャンバス地を使っていますから、その生産工場はあるはずです。この注文を受けるとなると、袋の材料としての大量のキャンバス地が必要になると思います。果たして今まで洋服地を織っていた機械でキャンバスなどの厚地の布がそのまま作れるのか、洋服地とキャンバス地では糸の太さが違いますから、紡織に必要な量の原糸が間に合うかどうかが技術的に疑問になります。

A〜Dの事実から考えてみると、どうもこの話は信憑性に乏しい気がしますが、いかがでしょうか。あるいは、仮に発注があったとしても二百万個という数量が違うような気がします。もし、この話が全て真実なら、インドネシアをこよなく愛する僕らにとっては極めて残念ですが、@の可能性が残るのみです。そうなるとインドネシアが世界的な社会不安の引き金を引くことになりそうですね。(^_^;; カンベンしてくれろ!

1998/4/09
平成10年4月9日 総領事館からのお知らせ 総98第9号
  1. 昨日、当国政府とIMF(国際通貨基金)との経済改革案の修正についての合意がみられましたが、生活必需品を中心とした物価の水準が引き続き高いことに加え、失業者の増加、各種公共料金の値上げの動き、一部銀行の営業停止等、困難な状況は暫く継続するものと考えられます。
  2. この様な中、ジャワの主要都市やスマトラ、スラウェシ等の大学においては、経済・政治改革を要求する学生の動きが活発化しています。去る2日及び3日には、ジョグジャカルタの国立ガジャマダ大学で、市内まで行進しようとする学生集団とこれを阻止しようとする治安部隊との間で、大学構外において衝突事件が発生し、負傷者が出ました。今後このような動きが他地域に波及する可能性がないとは言えず、引き続き各地において特に学生の動きには十分な注意が必要です。
  3. ついては、在留邦人の皆様におかれましても、引き続き当国の治安・社会情勢に御留意頂くと共に、今後とも当館からのお知らせに御注意下さいますようお願いします。
 なお、当国情勢に鑑み先般発出された「外務省海外危険情報:危険度1(注意喚起)」は引き続き継続されておりますので、併せ御連絡します。
大使館・総領事館電話番号:021−324308

【学生の動きについての記事】
ジョグジャ発行の日刊Kedaulatanより抜粋
3月29日 
(1)スマランのディポネゴロ大学の学生が銃装備の警官に守られて街頭を州議会までデモした。新聞はこれをLong Marchと評している。
(2)ソロのスブラス・マレット大学では事件が起きるような警備側からの圧力がデモに対してかかっている。これに対して「まだ終わりではない、われらは同志とともに最後まで戦い抜くぞ。あと戻りはしない」と同大学の学生デモ隊側からの声が飛んでいる。

3月31日:30日のジョグジャのデモでは、軍学校の学生もデモに加わった。IAINでは同日朝九時半にモスクの前で集会が始まり、10時には数百名の教育大学の学生たちが北を目指して道路に出た。

4月3日:
(1)数十人のデモ参加者が負傷、車3台破壊さる。2日ジョグジャのガジャマダ大学からデモ隊が出発した。高校生などの大衆が加わったデモは、警官に待ち伏せされているのにもかかわらず州議会を目指して移動した。警備の壁を突破してガジャマダ大学の中にあるロータリーに広がったが、ここで警備の壁にはばまれた。12時近くには、州議会へ押しかけようとするデモ隊と警備の警官との間で押し合いが始まり、ここで警官たちは催涙ガス・放水と警棒を振るいはじめた。投石で抵抗しながらもパニックに落ち込んだデモ隊は構内にそれぞれ逃げ込んだ。数人の警官たちは学生側にその石をかげかえしていた。負傷した学生たちは構内で応急手当を受けた。負傷者のうちひどいものは頭部と手足にけがを負っていた。抗議のデモは構内に押し戻されても継続されていた。抗議集会は12:31に解散し14:00には平静を取り戻した。
(2)亜民(アミンライス)氏は2日の晩に声明を発表した。ガジャマダ大学で生じた警備側と学生たちの物理的な衝突は、学生たちが口にしているように権力者と大衆の間のコミュニケーションがますます遠くなったことを指示している。
「この事件の渦中の学生たちは、社会経済教育問題でぼろぼろになったと感じている大衆の声をまさに代弁している」と。

4月5日:
(1)3日のデモで少なくとも38名の大学生と学生が行方不明か逮捕された。
(2)4日にはガジャマダ大学に約一万人に上る学生とガジャマダ大学の総長が集結した。同日のデモに学生たちの気を静めるためにアミンライス氏が、ガジャマダ大学の構内で演説した。

4月6日:
(1)4月3日のデモの際の八名の行方不明者が見つからない。31名の内29名は退院したが残りの二名はまだ入院中。
(2)ペカロガンでも5日にイスラム大学生協会で40人がデモ。厳しい警備のため、町の交通は乱れなかった。

日刊スワラカルヤ 4月6日:
(1)4日のデモの際に重傷を負った二名の警官はいまだ重体であると発表した。
(2)先に営業停止処分になった、スルヤ、スベントラ、国際セントリス、ホキンド、デカ、アジア信用、ペリタ、モデルン銀行の業務はBNIに移管されると発表された。

日刊ポスコタ 4月6日:スラバヤのアイルランガ大学で警備を突き破って道路に出ようとする数百人の学生と警備との間で激しい衝突があり、学生のうち10名は病院に運ばれた。そのうち二名は頭部に大けがを負っている。

1998/4/16

(1) 今朝(4/16)のポスコタから
(1a) ★☆数千人の大学生ジャカルタ圏統一デモ隊ついに道路に出る☆★
昨日、物価の引き下げ、政治・経済の緊急改造の要求を口々に叫びながらインドネシア大学のサレンバ校舎から数千人の大学生が街頭デモを行った。数百名のデモ隊が初めてディポネゴロ通りとサレンバ大通りに出た時に、このデモ行動は警備員たちにシンパを作っている。警備側と学生側の双方とも整然と行動した。

(1b)ジャカルタ警視庁が偵察のための三機のヘリを飛ばした。ヘリが大学上空に来たのを見た大学生たちは「生きろ・大学生、生きろ・改造」と叫んでいた。数百人のデモ隊が街頭におりる数時間前から、抗議のデモは各大学、UKI, ABA-ABI, STTJ, IKIP, IAIN,YAI Atmajaya、のキャンパスで行われた。ジャカルタ圏内の他の地域では、Pondok Gede Universitas Islam As-Syafiiya で1000人, Unisama で500人が大学構内のデモに参加した。

(1c)文化教育大臣は"Noproblem"とコメント
「文化教育大臣、退陣せよ」という学生側の要求に対して、「学生たちがそう言っても、ワシは降りる気がない。勝手に叫んでいろ」とコメント。

(1d)バンドンで大学生が西ジャワ州の国民評議会に通告
「あんたらはもうこれ以上信頼できない」と大学生30人が議事堂に押しかけ代表にこう通告した。

(2)今朝のラジオから
(2a)抗議デモはますます燃え盛ってきている。先週はジョグジャとスラバヤ、今週はジャカルタと転々と火が付いている。

(3) 昨日(4/15)のポスコタから
 ルピアが$1=Rp1000は確実。ひょっとすると$1=Rp100〜150になるんではないかとい噂が噂を呼び、銀行ではドルを売る人が行列している。

(4)預金金利の話
 約二週間前に、二日間だけ預金金利を67.5%まで上げたことがあった。こんなに預金金利が高くては貸出金利が100%を越えてしまうので貸し出しできなくなってしまい、結局倒産するのではないかと心配したが、3日後に金利は47.5%まで下げた。これでもまだ高い。高利貸し並みの金利である。こんな高金利はもちろんイスラムの掟には反しているから真面目なムスリムたちは怒っている。なんて馬鹿なことをするのかと一瞬思ったが、この裏に、実は国民がどの程度余剰資産を持っているのか、またこれを吸い上げて自分たちのために使おうとする政府側の陰謀が見える。  
PHK = Pemutusan Hubungan Kerja = Pemimpin Harus Kaya!

1998/4/20

【今日のポスコタから】
4/27にアメリカで開催される人権会議にアミンライス氏が招待されて討議を行う。議題は、頻繁なキリスト教会への焼き討ちや破壊である。
筆者注>ということだか、これは言い訳である。もしこれだけだったら、宗教省の政府高官が出席して色々と弁明すればよいだけなのに、ガジャマダ大学の助教授でしかない、さらに革新的イスラム組織の長である亜民を教会協会主催の国際会議に招待するとは解せない話である。この議題なら、インドネシアのキリスト教徒組織の長が最適である。はっきり言って、この議題に対してYesといってもNoといっても責任を取らざるをえない政府高官はアメリカに全く信用されていないことは言うまでもない。
とすれば、現在、大学生たちが行っている改革闘争に関する件しかない。とにかく人権会議だから@行方不明の大学生たちのことが議題に上るし、そのことからA腐敗政権払拭、従ってB大統領
罷免という具合に話が進まざるを得ない。これはアメリカの思う壺である。片手にはIMFの金袋を握って、辞任か自滅かどちらかを選ぶように大統領に迫るだろう。

1998/4/23

時事通信ニュース速報
 【ジャカルタ23日時事】インドネシアのバリ島デンパサールにある国立ウダヤナ大学で二十三日、学生のデモ隊と治安部隊が衝突、双方合わせて少なくとも十二人が負傷し、病院に運ばれた。
 目撃者によると、学生はスハルト大統領の退陣などを要求。構外に出ようとして、阻止に当たった治安部隊と衝突した。治安部隊は催涙弾を発射、学生も投石を繰り返した。
 一方、ジャカルタのキリスト教大学でも、構外に出ようとした学生デモ隊と治安部隊がもみ合いになった。
[1998-04-23-19:33]

民主活動家の失そう相次ぐ 
インドネシア(インサイド) 98.04.19  朝日新聞 朝刊 
インドネシアで民主化運動活動家の“失そう事件”が相次いでいる。国際的にも真相究明を求め る声が高まっており、今後の展開によっては、海外の支援に依存する同国の経済回復にも影響を あたえかねない、と見られている。  (ジャカルタ=吉村文成)  
アンディ・アリフさん(二八)が肉親や友人と連絡を絶ったのは先月二十八日。午前十時半ごろ、 スマトラ島ランプン州の州都バンダルランプン市で姉が経営する楽器レンタル店にいたところを、け ん銃を持った男らが強引に連れ去った。  アンディさんは、非合法の民主人民党(PRD)の学生組織「民主主義のためのインドネシア学生 連帯(SMID)」議長。中部ジャワ・ジョクジャカルタにあるガジャマダ大政治学科の出身で、学生時 代は学生会長や学生新聞の編集長もした。  
○不明者9人に  市民の法律相談に応じているインドネシア法律扶助協会の調べでは、現在報告されている行方 不明の活動家は計九人。うち六人はガジャマダ大やスラバヤのアイルランガ大の学生で、PRDの 活動家だ。一人は一九九六年にインドネシア民主党(PDI)を追われたメガワティ前党首の側近で、 三月二日から連絡を絶っていたが、十八日のコンパス紙によると、スラバヤ市にいるという連絡が 友人にあった。  残る二人は、いずれもジャカルタのバス運転手。昨年五月の総選挙の際、PDIの選挙運動に党 を追われたはずのメガワティさんを支持するシャツを着て加わり、警察に連行された。最近、同協会 の活動を知った家族らが届け出た。  また、非公認政治団体「人民民主連盟」議長で、先の国民協議会(MPR)による大統領選挙に向 けて、メガワティさんとイスラム教指導者アミン・ライス氏の連合を訴えていたピウス・ルストリラナンさ ん(二九)ら二人が二月四日から消息を絶っていたが、二カ月後の四月三日に自宅に帰ったことが 確認された。  同協会が事情を聞いたが、精神的なショックが大きく、「どこかの部屋に閉じ込められていた」とい うだけで、詳細は明らかになっていない。  ○軍関与の見方  行方不明になっているPRDの活動家が目立つが、一月にジャカルタ市内で手製爆弾が誤爆し、 現場にいたPRD関係者らが逮捕される事件があってから、治安当局はPRD関係者への追及を強 めていた。このため、国軍か警察の捜査当局の関与を疑う見方が強い。これに対し、国軍当局は 全国の軍・警察施設の点検を指示したが、該当者は見つからなかったとして、関与を強く否定して いる。  国家人権委員会のマルズキ・ダルスマン副委員長らがこのほど欧州から帰国して語ったところで は、二十一日のジュネーブ国連人権委員会総会で、インドネシア当局に真相究明と行方不明者の 保護を求める決議が採択される可能性がある。  東南アジアを歴訪中のロス米国務次官補(東アジア太平洋担当)も十七日、この問題をインドネ シア当局者らとの会談で取り上げたことを明らかにした。  このところ、政治・経済改革を求める学生らのデモがほぼ連日、各地の大学で続き、一部は構内 を出て市民を巻き込んでいる。政府は、こうした学生運動の広がりと合わせて、行方不明問題の展 開によっては、国際通貨基金(IMF)などの支援に影響しかねないと見て、捜索活動を強めている、 としている。  インドネシアでは、九六年七月にPDI本部を占拠したメガワティさん支持グループを排除しようと した治安部隊と市民が衝突、そのとき消息を絶った百人以上のうち二十三人はいまも行方が知れ ない。   
*  インドネシア民主人民党(PRD) 一九九四年に学生運動家らが結成した左派の非合法政党。 労働者の組織化に重点を置いている、と見られている。プディマン・スジャトミコ代表は九七年七月 の暴動に参加し、逮捕された。

1998/4/25

4/25のポスコタから。今朝自転車で走って買いに行ってきたのだ。
  1.  社会改革を求める抗議のデモが各地に飛び火している。昨日、ジャカルタ、バンドン、メダンで数千人の大学生たちが道路でlong marchを行い警備陣と衝突した。西ジャカルタにあるメルチュブアナ大学の26人の大学生がSekretariat negara(大統領府とでも訳すのか)に押しかけ「メルヤ宣言」(内容は不明)を大統領に渡すためにサアディラムルシッド長官に面会を要請した。ジャカルタ南部のムハマディア大学とナショナル大学でも数百人が路上をデモ。清潔な政治、賄賂、閨閥、学閥などの話題が、数百人の大学生が騒がしくなるほどの反響があった。ナショナル大学では数百人の大学生が構内から200m道路におりた。全面的な社会改革を声高に叫びながら警備陣のバリケードを突破しようとした。このため大規模な交通麻痺がおきて負傷者は出なかった。(この大学は四六時中混雑する道路沿いにある)。別な地域では、西ジャカルタのトリサクティ大学の数百人の学生が、東ジャカルタではUKI(インドネシアキリスト教大学)の学生数十人が大学校内でデモを行った。かれらは早急に全面的な社会改革を行うことを政府に求めている。
  2. チピナン川の増水で、金曜日早朝から数千軒の民家が1-1.5m水没し、被災者は水害の被害のない個所へ避難した。(デング熱との関連記事はない)
  3. 外国銀行がインドネシアに対する債権を手放すかもしれない。外国系銀行数行の560億ドルに上るインドネシア企業に対する債権を手放すかもしれない。この数行とは、チェースマンハッタン銀行、ドイツ銀行、東京三菱銀行など。
以前の新聞紙上では、大統領がどーのこーの言ったという記事がたくさんあったが、最近はほとんどなくなり、すーさんもカゲが薄くなってきているようです。

1998/4/26

【アクシ紙21-28 April98より】
(1) 1998年1月から4月18日までの失踪者および失踪と判明した者の一覧表
(2) 虎は咆哮しはじめた、死ぬのは恐くない。大学生デモのプラカードより
(3) 軍と統一開発党(ムスリム政党)が改革について以前から会議を持っていた
(4) 対話は終わり?デモか?
(5) ウィラント司令官:解決方法があるとは限らない
(6) セロ・スマルジャンが、官僚体制と対決する「民力」を結集する時期に達した。必要なのは戦術的指導である、とかたった。
(7) 「闘え、大学生」 ルトゥフィ・ヤズィド
(8) 「反インドネシアという解決」まで待ってはいけない。(失踪者問題について)
(9) Aedes Aegypti蚊に注意。デング熱の記事より。デング熱について。インドネシア国内のデング熱患者発生状況。
(10) 月のような表情をした怪物の死亡(ポルポトの話)
(11) 「我々の敵ははっきりした、政府だ!」カストリウス・シナガ。ウィラント・アリスムナンダール(アリムン)大臣は大きく間違った表明したと思う。アリムンが滑ったのか、たまたま勝っているのかは知らない。

「ひゃー、こんなこといっちゃっても良いのか」と思うようなどんどん激しい内容に毎週変わっていっています。大統領のダの字も出てこなくなってしまいました。

【4/26のポスコタから】
27日のCNNおよびSTimes
メダンの学生デモ隊が火炎瓶を使い、警官隊はゴム弾を使用したと報じています。またライス師が学生の活動を積極的に支持しているとも。
2月に始まった学生の反政府行動はエスカレートする一方のようです。スハルト下ろしを公然と主張するアミンライス師に対し政府がとるであろうアクションはどんなことができるか興味深いところです。まさかとは思いますが、アミンライスさんが頑張り過ぎてイスラム原理主義が台頭したらどんな国になるか。原理主義が最も似付かわしくない国ナンバーワンになること間違いなし。
当面の問題は米不足となるのでしょうか。輸入を増やしたり、援助を求めていますが、末端まで迅速に配給されないと、人間生理的欲求を満たされないと何をしでかすかわかりません。

1998/4/27

【4/27のポスコタから】

(1) ジャカルタ市役所の調べでは、毎日150〜200人がデング熱で市内の病院に入院しているとことである。

(2) 米国の会議に出席している亜民がジミーカーター元大統領にアトランタのカーターセンターで会うことになった。亜民は29日に演説し5/2にカーター元大統領に謁見する予定である。あとは強盗と高校生の喧嘩の話題で、「この世は一時平静を取り戻したか」と思うほど。「嵐の前の静けさ」か「台風の目の中」でなければよいが。

【アクシ4/27-5/4】
(1) 表紙にメガワティとデモ隊の写真が大きくコラージュされている。「メガワティはどうして黙っているのか?」と先週に続いて扇情的な題名。

(2) 先週号の内容について読者から:政治経済法律の改革に対する要求は既にクライマックスに達している。いまや国家の経営者の決定を待つだけである。政府は真剣になっているのか?明確なのは、変革をもう待てないこと。そして........?

(3) メガワティはキャンパスからの招待を待っている。インドネシア大学で後援をしたいらしい。しかし有名ないくつかの大学は興味を持っていない。この件に関する大学生の意見はこうだ。「いまメガワティがどんな状況におかれているか分かるだろう。だから、僕らはその政党の政策に巻き込まれたくないんだ」。また別の学生は「とある政党とごちゃ混ぜにしないで我々は自分たち自身でやっていくことを計画している。ご存知のように大学生の多数はインドネシア民主党に投票しないからだ」と語る。ボロブドゥール大学に招待された時にメガワティは忙しいという理由で断った。メガワティの実際の政治的指導力はいかなるものであろうか不透明である。メガワティを闘争のシンボルにするしかないということは前からはっきりと分かっていたのでメガワティを闘争の単なるシンボルに据えただけである。それ以上のことではない。スカルノはスカルノでしかないことは充分分かっている。他の人とかえることなどできやしない」とアリフウィボヲは語る。プルマディ(昨日出てきた白髪のおっさん:なんとインドネシア大学の教授で法律を専攻している上に、有名な超能力者でもある)も同意見である。

(4) インドネシア民主党の広報部長であるスタルジョ・スルヨグリトノに尋ねた。
(a) なぜメガワティは学生の行動を輝かせるためにいっしょにデモをしないのか?:デモに参加して彼女がどのように役に立つのか?もしキャンパスの講演会に呼んでくださるのなら講演者としてまた聴衆として参加するでしょう。
(b) メガワティがキャンパスに呼ばれたことがありましたか?:はい。前回の国会召集の前にいくつかのキャンパスで講演しました。
(c) メガワティを招待するとしたらどこのキャンパスが戦略的でしょうか?:どこでも同じです。でもバナナの木ををオバケと思う人たちのところへはちょっと.......。<ススキといわないところがインドネシアだ>
(d) メガワティを招待するのはいつが良いでしょうか?:大学生がメガワティの家に来て会ってごらんなさい。喜んで受け入れてくれますよ。彼女のうちはanytime開かれています。メガワティのための標識があるかどうかが彼女がキャンパスに来るかどうかの分かれ目になります。<意味不明>
(e) いつメガワティは強打を与えるのでしょうか?:そんなに遠いことではないでしょう。
(f) あなた自身大学生の行動をどう見ていますか?:Very Good!というのは今、大学生たちは45年精神(独立の精神)のようなものを立ちあげているからです。今闘っている大学生はパンチャシラと45年憲法を礎にしている。手を伸ばしたい「とあるもの」に成果があることをお祈りします。

(5) 「メガワティがキャンパスに降り立ったら、その利益たるや異常なものになる」と何回も政治問題について話す有名な超能力者であるプルマディは語る。メガワティは有名な戦術家でもあるし、役に立つ法律にもつねに接している。メガワティがキャンパスに下りてきたら政府にとってとんでもない重荷になるから怖がっている。Sri Mulyaniという者が新星としてインドネシア大学から登場するだろう。かれはとても賢明で戦術的であるが、ただ今のところ勇気に欠けている。もし彼が清水の舞台から飛び降りる決心でことを始めたら、権力とメガワティのシンパを含めて大量のシンパを得ることになろう。

(6) インドネシア大学の社会政治学教授セロスマルジャンはこう語る。「熱望している社会改革という話を大学生たちが社会に広めた」「学生たちの力とキャンパス外の力を統一することと、その目標を大衆と一致させるという条件が必要である。この二つは密接につながっている。大学生たちは社会の中の一員であるといっても、彼らの持っている意図とキャンパス外の大衆が持っている意図とは違う。従ってアイルランガ大学の社会学者であるホットマンシアハーン教授によれば、お互いの意志に関する概念を統一しておかねばならないという。

(7) 国民評議会の開発統一党党首(イスマエル・ハサン・マテルン)は、「社会改革のための新しい同志(軍)ができた」とかたった。軍もそれを否定していない。

(8) 経済封鎖(embargo)はアメリカの世界戦略の中の一つであり、それに民主主義と人権問題、最近では信教の自由まで含めて世界戦略の主要な武器としている。その標的になったのはイラン、イラク、リビアである。このようなことから、アメリカの対インドネシア経済封鎖という悪夢を心配することはない。また、このような対策をアメリカに取らせないように亜民に期待する。

1998/4/29

4/29のポスコタから
(1) 誘拐されたピウス・ラストリラナン(失踪者リスト中No.2)は誘拐中、殺害されることをも予想したが、その期間中の体験を暴露することには恐くないと語った。(コンパス紙)この人は本日外国に休養のため出発とのこと。

(2) 少なくとも75人のPPD(市営バス)の運転手が従業員の福祉と汚職を糾弾するためにCawangのPPD事務所で抗議集会を開いた。バスに対する払い込み金額はRp125,000-200,000/日とのこと。(筆者註:運転手はこの額のノルマを達成しなくてはならない。余剰な収入は運転手の取り分となるそうである。)

(3) 亜民が全米キリスト協会理事会と接触した「RUU Wolf/Specter」に反対するための意見を強化する必要があるとの意見を発表。インドネシアキリスト教会理事会の理事であるパティアシナ牧師、ナババン牧師がこの発表に同席した。[筆者>RUU Wolf/Specter がどういう意見を持っているか不明ゆえ、背景が分からない]

(4) ピープルパワーは人の口の端に上っているだけだと、グス・ドゥールに親密だと呼ばれているアブドゥラフマン・ワヒッド(Ketua Umum=事務局長か?)が語った。

(5) 通貨危機によるストレスでジャカルタ市内で毎日五人の精神異常者が発生している。

(6) 中部ジャワ警察本部長は、大学生と学生、一般大衆の組織の間の関係について注意するよう司令をだした。記者会見で、失踪者についての各々の情報を継続調査(?)すると語った。

★アミンライスの支持者が諜報機関に拉致されて拷問されたという記事。
4月27日、2カ月間行方不明になっていたピウス・ルストゥリラナンは、国家人権委員会のメンバーの前で、証言をおこなった。証言のあと、ピウスはアムステルダムに向かった。
 彼の証言は1時間にわたるものであった。ピウスは見知らぬグループによって2月4日15:30(インドネシア西時間)にジャカルタの病院の前で誘拐された。そして独房に入れられ、2カ月にわたって拷問を受けたという。2カ月間拘留されている間、彼は、拘留されているほかの活動家、インドネシア民主党(PDI)メガワティ派のハルヤント・タスラム、インドネシア法律擁護協会ヌサンタラ・ジャカルタ支部のデスモンドらに会った。しかし、ピウスは、彼を拘束したり、尋問した人間を特定できなかったという。
 ピウスの証言は詳しく完全なものであった。彼の受けた拷問に関する証言では、彼の目から涙も流れた。
 ピウスは、彼の経験を話すことで、生命の危機があると述べた。「生命の危機はあるが、わたしは話すことを選択した。すべて終わりにしたかったからだ」と語っている。
 証言後、ピウスはインドネシアを離れ、アムステルダムに飛び立った。「彼は精神的にも肉体的にも、平和と安全を求めている」とPBHIの弁護士ヘンダルディは語っている。「平和と安全を求めて、自分の国を去らなくてはならないとは、皮肉な話だ。しかし、ピウスはそうしなくてはならなかったのだ」
 証言の間、ピウスは、国家人権委員会のサムスディン、アルベルト・ハシブアン、そしてヘンダルディと座っていた。地元、海外のレポーターが集まった。ピウスが話す前に、サムスディンがこの会
合は記者会見ではないことを説明した。
 証言で、ピウスは彼が誘拐されたことを協調した。「わたしが仕事を辞めて、人びとの前から消えたというのは真実ではありません。真実は、わたしと友人たちは、多くの人びとが心配しているように、本当に誘拐されたということなのです」
 ピウスは2月4日、ジャカルタの病院前で誘拐された。「わたしは、門の前に立っていました。すると突然、車が止まり、わたしの後ろに立っていた人が銃口を突きつけ、車に乗せたのです。あまり
に突然、素早くなされたので、わたしは何もできませんでした。車は灰色のカローラ・ツイン・カムで、3人の人が乗っていました。つまりわたしを連れ去ったのは4人でした」
 誘拐者はピウスに座るように命じた。彼は手錠を後ろ手にかけられ、彼の目は黒い布とジャケットで覆われた。誘拐者のひとりは「ボゴールへ」と言い、車のなかでは音楽が激しくかけられた。だい
たい45分から1時間ほどたって、彼はどこかわからない場所でおろされた。部屋に連れて行かれたが、彼は手錠をはめられたままで、目も覆われていた。誰かが彼に「名前は? 何故ここに連れ
てこられたかわかっているか?」と聞きピウスは「知らない」と答えた。
 「本当に知らないのか?」とその人物は聞き、ピウスは「おそらく、国民協議会の総会前の自分の活動が原因だろう」と答えた。ピウスのカバンが調べられ、フロッピーディスクが押収された。2枚の
ATMのカードとPin番号が聞かれた。
 ピウスは「彼らが何を聞いたか、わたしは覚えていない。しかし突然、わたしの隣に座っていた人間が『回りくどいことを言うつもりはない。ポイントを言えば、ここから生きて出た人間もいるし、死体
で出た人間もいる』と言った」と語っている。
 「そして彼はわたしを尋問し、足にスタンガンをかけた。そのバッテリーがあまり強くなかったので、彼らはバッテリーを替えた。火花が散る音がした。そしてわたしは、SIAGA(メガワティとアミン・ライスを支援する団体)について取り調べられた。何度会議を開いたか、誰が出席したか、誰が関わっているか、何をしてきたか、などである」
 ピウスはまた、ブロックM周辺で開かれた会議について聞かれた。「わたしは出席していなかったので、知らないと答えた。彼らは電気ショックをわたしに与えた。わたしが否定すると、彼らは何度も足や腕に電気ショックを与えた。わたしは弱っていった。そして出席したと答えた」
 彼らはピウスに、その会議で何が議論されたか質問した。「しかし、わたしは出席していなかったので、何が議論されたか知らなかった。そして、わたしは知らないと答えた。わたしは嘘をついていない、と言うと、『いつまで、彼らを守るつもりだ?』と聞かれ、電気ショックをかけられたのだ」 このようにして尋問はおこなわれ、ピウスはある部屋に入るように言われた。そしてうるさい音楽を聴いたという。
 「わたしの独房で、服を脱ぎ、浴槽に入るように言われた。木のベッドと、浴槽、トイレがある、2×2.5メートル四方の部屋だった。目の覆いと手錠がはずされた。そして浴槽に入った。連れてきた人間をみたが、彼らはマスクをしていて、目しか見えなかった。わたしが彼らの命令にすぐ従わなかったため、彼らはわたしの頭を蹴った。わたしは、4分の1くらい水が張られている浴槽に入った。浴槽に入ると、肩のところまで水があった。わたしは水のなかに押し込まれ、そして頭を蹴られた。水はずっと祖ぞがれ、わたしはおぼれてしまうと思った。浴槽がほとんどいっぱいになるまで水を注ぎ、水はわたしの鼻のところまできていた。彼らは、わたしがほとんどおぼれるまで、頭を水のなかに押し込んだ・・・」
 2日目は、何も起きなかった。3日目9:00、ピウスは外に連れ出され、さらに尋問を受けた。「彼らの質問は、はじめと同じものだった。多くの人びとの名前について、わたしが知っているかどうか答えなくてはならなかった」ピウスはまた、写真に写っている人の名前も言わなくてはならなかったという。3日目以降、ピウスが家に帰るまで、ピウスは一人にされ、何の尋問も拷問もなかった。
 ピウスは、彼がどこにいたかはわからなかったが、彼が拘留された場所については説明している。前に3つ、後ろに3つの独房がある場所だったという。彼は拘留中、4人の声を聞いている。4つの独房は埋まっていて、2つは空だった。「わたしは、拘留されている人びとに会うことはできなかったが、彼らの声は聞いていた。のちに、彼らと話すこともできた」
 ピウスは、拘留されていた場所についての説明をしたあと、独房の動きを語っている。ハルヤント・タスラムは3月8日に拘束された。のちに、デスモンド、ソニー、ヤニ・アフリ、ヘルマン・サドゥリ・ワルヨジャティ、レザなどが連行されている。
 「4月2日9:00、わたしは誘拐されたときと同じように、目を覆われ、手錠をかけられて解放された。
もし尋ねられたら、隠れたのだと言うように命じられた。
わたしは、逮捕されるのが恐ろしくて、パレンバンに行くまで、友人の家を転々としていたと・・・。もし、わたしが真実を話せば、彼らはわたしを殺すと言った」
 「わたしが帰る前夜、わたしは両親の元に戻るよう、そしてずっと隠れていたと言うように命じられた。次に、わたしはジャカルタの友人と連絡をとり、わたしが自由でパレンバンに戻っていること、隠れていたことを伝えるように命じられた。そして、記者会見を開いてはいけないと言われた。もし、これらの命令を守らなければ、わたしは裏切り者と思われ、彼らに迫害されるだろう」
 「次の日の朝8:00、わたしは外に連れて行かれ、3つの点を忘れないように言われた。何度も何度も繰り返して・・・」
 「昼ごろ、わたしは外に連れて行かれ、待つように命じられた。片方の腕だけ手錠がはめられていた。そしてタバコを吸う機会を与えられ、最終便の航空券を与えられた。わたしは家に戻り、荷物はすべて返された。空港に着くまで、目は覆われていた」

1998/4/30

4/30のポスコタから
(1) 数千人の大学生が路上デモ。[ジャカルタ]昨日各分野での社会改革を要求する数千人の大学生の抗議行動がサヒッド大学で行なわれ、警察の警備陣と衝突した。この衝突はキャンパスが異に出ようとした学生が警備陣の包囲を突破しようとしたことから始まった。[メダン]北スマトラ大学、HKBPノメセン大学、メダンアレア大学の数千人の大学生が朝から夕方まで北スマトラ大学周辺で抗議行動を起こした。数千人のHKBPノメセン大学生が警備網を突破しようとした。警備側はゴム弾と催涙ガスを発射した。怒りのはけ口として警備側のオートバイ二台を燃やした。[スラバヤ]同日、失業者達と数十人の大学生が抗議行動を行なった。[バンドン]同日、数千人の大学生が抗議行動を行なった。かれらは徹底して政府に緊急なそして、経済、政治、法律面を含んだ全面的な社会改革を要求している。[パレンバン]インドネシア法学部・教授・大学生連盟を名乗る数十人の大学生が南スマトラ州議会に押しかけ、貧困層に援助の手を差し伸べるように請願した。
(2) インドネシア健康(厚生)省の調べではデング熱は 狂暴な3型ウイルスによるものと判明。(3) 「Wolf/Specter」法案(RUU =Rencana Undang2)に関してWashington DCのCapitol hillで二時間の非公式会談ができたことをアミンライスは満足していると語った。火曜日アンタラ通信の記者に、「アメリカで不協和音が出ている国の国民として、私の義務と道徳、知性を実行できたことに満足している」と語った。宗教の圧力からの開放(Freedom from Religious Persecution)に関するこの法案は、少数グループの信者の権利を侵していると判断された国に対するアメリカの経済封鎖という制裁に自動的につながっている。度欲>アミンライスはいうことがカッコイイ!この記事内容からだけでは経済封鎖が行われるかどうかは不明。
☆ 今朝七時半に南ジャカルタ市警察本部を通りかかったところ、重装備の警官が約100名出動待機していました。普段なら隣接した屋台にたむろしいている警官たちが全く見当たりませんでした。今日はこの本部の管轄内で何かがあるのという情報をつかんでいるのかもしれません。(特別サービス!)

1998/5/01

5/01のポスコタより
(1) 情報(Bakin)局長のムトジブは、失踪者の調査のためのチームを編成すると発表した。「このチームの編成について政治治安担当調整大臣(ファイサルタンジュン)が語るであろう」。と木曜日午前に語った。本件は政治治安担当の閣僚クラスの秘密会議で話されたもの。「精査の対象となっている人の名前は公表できない。全治安要員にとって本件は最重要課題となると考える」と語った。

(2) 昨日ナスティオン将軍はトリサクティ大学での儀式に出席した際に、栄光を背負う大学生の抗議行動を支持した。「とてもうれしく思います。要求が受け入れられるまで大学生は後戻りしてはならない」と語った。ナスおじさんは、大学生の行動は単に政府にとある要求のために形つけられたられたものではなく、さらに深い意味を持つものである、と語った。活動家の誘拐事件のなかに軍が巻き込まれていると意見に関して、ナスティオンは、もっと以前から調査されねばならなかったし非難だけに終わってはいけない、と語った。
度欲註>ナスおじさんがまた出てきました。やはり軍をかばっているようにも見えます。ひょっとすると誘拐事件は、軍の首脳が関与しているのではなく、大統領府の機関がセタン・グンドゥル(はげの悪魔)達を雇ってやらせているとも考えることができます。 次の話題はナスおじさんのお友達です。

(3) ジャカルタとその他の都市での大学生の抗議行動が市民の有名人から庶民にいたるまで前進している。STMIKのキャンパスでは、「50の請願」の有名人である元ジャカルタ市長のアリサドキンまでいたった。
度欲註>このアリサドキンとナスおじさんは反スハルト側で、二人とも退けられた。アリあんちゃんは、建設資金の調達のためにイスラムでは禁止されているカジノを導入して、近代的なジャカルタ建設した偉人として民衆に尊敬されている。

(4) スカルノ全大統領の遺児のグルは社会改革を要求する大学生たちの抗議行動を支持すると語った。
度欲註>日増しにガワットに(やばく)なってきています。もうじきジャカルタでの仕事が終わってしまうので、帰国せざるをえず「歴史の証人」になれなくて残念です。

☆ 今朝七時半の南ジャカルタ市警察本部は普段とおなじく平穏そのまま。事務所の前の警察大学でも変化は特に見当たらない。

よろず掲示板に投稿

明日5/2、南ジャカルタのチプタットにある大学、ムハマディアとIAINで大規模な集会があるという情報をオーストラリア大使館筋から入手しました。
ジャカルタ・ストリート・アトラス上では、第73図のD32とE31のあたりになります。
交通規制は行なわれるかどうかは分かりませんが、ただでさえ混み合うパサール・チプタット付近の交通が全く麻痺する可能性もあります。さらに、ここにつながるJl.ジュアンダ、ルバックブルス付近やその側を通っている外環道だけではなく、北方ではポンドックインダの方まで渋滞が広がる恐れがあります。
従って、この付近のサワガン・バル、ラマ、ポンドックチャベでゴルフの予定がある方はルートに充分ご注意くださるとともに、この付近への不要不急のお出かけを控えることをお勧めします。

今朝は、東ジャカルタ市でIKIPジャカルタの学生が路上デモし交通が麻痺したと聞いています。

何か事故でもあって怪我をしたら、第三者にその責任をなすりつけることはできますが、痛い思いをするのは怪我した本人であることをくれぐれもお忘れなきよう。
「保険代というものは受給するよりも掛け捨ててしまう方がその当人にとって幸いである」と誰かが言っていました。(Doyok)

明日なにかありそうなジャカルタ市内の大学名。今まで集会関係で新聞に登場した大学です。

大学名 Street Atlasのページとコーディネート その付近の地名
17Agustus45 16 Q06 Ancol
Borobudur 57 U23 Cawang/Halim
IKIP JKT 36 S16 Rawamangun (ゴルフ場の北隣)
Indonesia 35 O16 Salemba (Cikiniの東)
Muhammadiah 73 F31 Ciputat (Lebak Bulusの南)
Sahid 55 O22 Tebet
Trisakti 26 S12 Kelapa Gading

これは、一応の目安です。その点ご承知おきください。「君子危うきに近寄らず」です。


1998/5/02

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ1日共同】インドネシアのスハルト大統領は一日、与野党三党の党首と閣僚を集めた会合で、国民各層から要求が出ている政治改革について、任期中に取り組む意思がないことを初めて明確に伝えた。  
 インドネシアでは、三月のスハルト大統領七選後、政治改革を求める声が急速に拡大。連日、各地の大学で民主化を訴えるデモや集会が活発に開かれており、学生らの大統領退陣に向けた抗議行動の激化が予想される。
 ハルトノ内相によると、大統領は会合で正副大統領選出のため三月に開かれた国権の最高機関、国民協議会が大統領の任期が終わる二○○三年までの国家大綱を決めたことに触れ「国民は既に指針を持っている。政治改革の要求があるなら二○○三年に向け準備をしたらよい」と述べた。 
 与野党党首と閣僚を集めた会合が開かれたのは、スハルト大統領が就任した一九六八年以来。ジャカルタの外交筋は「学生や市民の要求にいらだった大統領が、政治改革問題を国会の論議に発展させないよう先手を打った」とみている。 
 北スマトラ州メダンからの情報によると、一日メダンのイスラム大学では、スハルト大統領退陣を求める学生約五百人がタイヤを燃やしたり治安部隊に投石、治安部隊側は催涙ガスや放水車を使い鎮圧した。このほか、バリ島デンパサールのワルマデワ大学で約千人が集会を開き、南スラウェシ州のウジュンパンダン教育・工科大学で五百人がデモをした。 
[1998-05-02-08:11]

共同通信ニュース速報
ジャカルタ2日共同】政治の民主化を要求する学生の抗議行動が続くインドネシアで二日、スハルト大統領が政治改革に取り組む意思のないことを一日明言したことに学生が猛反発、各地の大学で大統領の退陣などを求めるデモや集会が行われた。 ジャカルタの国立インドネシア大のキャンパスでは、学生や教職員約三千人が集まり「今すぐ政治改革に取り組め。スハルト大統領の任期が終わる二○○三年まで改革を待てというのか」と口々に訴えた。治安当局はキャンパス周辺に機動隊約五百人のほか、首都師団の兵士や狙撃部隊を配置し厳戒態勢を敷いている。  
 学生を支持する市民約二千人がキャンパスを取り囲んで見守る一方で、当局も次々と兵士を増派、一触即発の緊張状態となっている。
 首都ではまた、ジャカルタ教育大で学生数百人が集会を開いた後、インドネシア大学での集会に合流しようと学外に出たところで機動隊と衝突、学生数人が負傷した。
[1998-05-02-20:17]

時事通信ニュース速報
=政治改革への消極姿勢に反発=
 【ジャカルタ2日時事】インドネシア各地では同国の「教育の日」に当たる二日、大学構内やその周辺などで学生による激しい反政府デモが繰り広げられた。学生らは、スハルト大統領が一日に政治改革は二○○三年まで行わないと言明したことに強く反発しており、デモがさらに激化することも予想される。
 このうち北スマトラ州メダンでは、ノマンセン大学の学生がキャンパス前で古タイヤに火をつけたり、大統領の三男が経営する自動車メーカーが製造した乗用車を付近のショールームから引っ張り出して放火した。また、聖トマス・カトリック大学でも学生が大統領の退陣を求めて座り込んだ。
 一方、ジャカルタでは、外国語大学で治安部隊が催涙弾を発射して四人が病院に運ばれ、教育大学でも七人が負傷した。さらに、スラバヤやバンドン、ジョクジャカルタなどジャワ島の主要都市でも政治改革の断行を求める学生デモが行われた。
[1998-05-02-19:55]

時事通信ニュース速報
=「たたり」と住民震え上がる=
 【ジャカルタ2日時事】インドネシアのスラウェシ島で、大蛇が大人の男性をのみ込む事件があった。被害者は以前、蛇を二匹殺したことがあり、住民は「蛇のたたりだ」と震え上がっている。
 被害に遭ったのは、南スラウェシ州北部に住む農民のバントゥさん(三五)。地元紙によると、妻と農作業をしていたバントゥさんは、妻だけを自宅に帰し、一人で畑に残った。ところが、翌朝になっても戻らず、心配した妻が畑に隣接する森を捜索。バントゥさんが愛用していたナタや帽子、靴とともに、血痕が見つかった。
 血痕をたどると、薮の中で巨大な蛇が動いているのを発見。村人約二十人が駆けつけて蛇を捕まえ、首を切り落とした。蛇は体長五・七五メートルで、体重は推定二百キロ。腹を割くと、中から服を着たままのバントゥさんの死体が現れた。額に二カ所、かまれた跡があったものの、体はほぼ完全な状態だったという。
[1998-05-02-08:02]

5/02のポスコタから
【註】《》内は投稿者の意見。
(1) 2003年以降なら政治改革をやってもよい。
ハルトノ内務相の発言を引用した形で、同内相と副大統領が同席した国会議長との懇親会の席上、「社会改革を禁止している訳ではないが2003年より後にすべきだ」と大統領は語った。《大統領はなんか弱気になってきましたね。自分の任期中だけ安泰なら良いということか》

(2) IMF以外に世銀から六億ドルの追加。
「来週月曜日のIMFの決定次第だが」と世銀アジア大洋州担当副総裁のデニストレイが語った。彼によれば援助総額は十億ドルに達するとのこと。IMFと世銀以外にはアジ銀が緊急援助をすることになっている。

(3) 石油燃料(BBM)の値上げは国会に相談済。
BBMと電気料金の値上げは既に国会のグループ(fraksi)代表に相談済である。5/03の国会のコミシVで最終決定がなされ直ちに公布されるだろうと鉱山エネルギー相が語った。《この値上げでイブイブたちが怒って立ち上がる機会になるかもしれない。》

(4) 公共輸送機関の運賃値上げは来週から。二倍にはならないことは確実。本件はだいぶ前から国会に諮っていた。運転費用とスペアパーツの価格上昇がBBM価格上昇に影響を及ぼし、維持費を押し上げているので、運賃値上げは避け難いと、陸上交通大臣が語った。

(5) ABRI(軍)が失踪者捜索チームを編成済。
チームの編成員はSjamsu D准将, Marwan Fariz警察准将で、この事件に巻き込まれた各軍の事情を精査するとウィラント司令官は語った。《この面々がどちらの側か不明なので、「おざなり」なのか「積極的」なのかなんとも言えない》

(6) ジャヤバヤ、ジャカルタ教育大学生がlong march。
金曜日の朝、数千人のジャヤバヤ、ジャカルタ教育大学生が発言の自由を要求してビラを撒きながら路上を二時間long marchした。このため道路交通は麻痺状態に陥った。1200人のこの両大学生はIKIP(教育大学)で合流して二時間の抗議集会を開いた。その一時間後、国会議事堂を目指して道路に出ようとしたところ数十人の警備側ともみ合いになり、結局警備陣を突破してJl.Pemudaに出た。ここで数千人の大学生は東西に二手に分かれて道路を行進した。

(7) メダンでは数十軒の商店と自動車が破壊される。
北スマトラでは社会不安に陥った数百人のノメンセンとUISU大学生がデモ。数十軒の下駄履き住宅(Ruko)と数台の自動車を投石で破壊した。警察のオートバイも一台焼かれた。

(8) 亜民東ティモール問題でヒヤリングされることにでHuman Right Caucusに失望。
「前もってこの問題に関し公式会議でヒヤリングが行われる事を知らされていなかったことは残念だ。はっきり言って何の準備もしていない。東ティモール問題で証言を求められるとは今朝まで全く知らなかった。これは以前に連絡されていた問題とは違う。」と亜民は語った。《アメリカは汚いやり方をしますね。これは亜民を蹴落とそうとするイ政府側の陰謀かも》

(9) 大学生のデモは、モラルとエチケットにのっとり実行して欲しいとジャカルタ警察本部長がかたった。ここ数週間で彼の部下の数人が重傷を負っているとも白状した。
《「家族を抱えた部下たちが負傷するのはもうカンベンしてくれ」といったところか。業務上の死傷者については手厚い保護を与えることになっているので、軍も経済的に苦しいのかもしれない。》

(10) 約150人の鉱山労働者がボゴールから18台のバスに分乗して、警察庁本部にデモ。ボゴール警察に収監されている三人の鉱山労働者を釈放するように要求した。この三人は、爆発物を使って山の石を爆破したことで逮捕されたもの。《このあたりは、ジャカルタ市内の建設資材の石取りと、セメント材料の石灰岩が多いことで有名》

(11) スマランで若者たちの50団体が州議会事務所にデモをかけ、45年憲法とパンチャシラの実施、「新政策」政治への引責を要求した。《スマランの学生はまだ甘い。だからジャカルタ大学生から口紅やブラジャーを送り付けられるのだ。》

(12) 学生たちは虫よけローションを使うように。
学齢期の子供たちの46%がデング熱に感染している。各自が虫除けローションを使うようにと健康省が提案している。《医者に尋ねないと病名を教えてくれないので、発熱しても風邪なのかデング熱なのか不明》

(13) 刺青のオートバイ泥棒があざだらけにされた。
こいつ「ハサン」は、タンゲランで金曜日の昼に、金曜礼拝を装ってモスクに入り、礼拝が終わる直前に抜けだそうとした。この動きに疑惑を抱いた礼拝者が「どろぼー」と叫んだため、マスジッドの外にいた礼拝者たちが取り押さえた。他の礼拝者たちもハサンを取り囲み、服をはいだり殴ったりした。ハサンの友人が折りから礼拝に出席していた警官をに頼み込み、ようやくこの騒ぎは収まった。
《普段はおとなしいインドネシア人でも、このようにすぐに熱くなるのでご注意を》
《ラジオ》FMを流していたら交通ニュースをやっていて、その裏にはデモ隊が何かを叫んでいましたが、どこからの実況中継か、何を叫んでいたのかは聞き落としました。

《考察》
「数千人の大学生がデモ」が同日数箇所でおきたという記事があるが、そんなにたくさんの大学生が一つの大学にいるのだろうかという疑問が生じる。手元に統計資料がないので推定してみた。インドネシアのような人為的な影響が少ない国における人口構成はその1/3が15歳未満の若年人口である。すると、2.5億÷3=8千万人。これを出生年別に分けると 8千万人÷15=五百万人である。大学への進学率を5%とすると 五百万x 5% = 二万五千人。ジャワ島の人口はインドネシアの全人口の半分だから、大学生の数は 二万五千人/ 2 * 4 年間=五万人となる。ジャカルタにその1/3が集中していると仮定すると、大学生の総数は一万七千人となる。そのうち1/4がデモに参加しているとすると、参加者は四千人にしかならないという結論に達する。
新聞報道では数千人の大学生が同日同時刻に数箇所でデモを行なったと言っている。三千人が四個所で集会を開いたということになると、必要人員は合計一万二千人ということになってしまう。
ということは、@この計算中で仮定した係数が間違えているのか、Aデモ隊の中に大学生以外が沢山混じっているのか、B新聞報道でのデモ参加者数が過剰なのか。ということになる。
《余談》 最近ガジャマダ大学を卒業した同僚の話では、インドネシア大学やバンドン工科大学生の親たちは上流層が多いのに対して、同大学の学生たちの親は中低所得者層が多いため、自分たちの学資もままならない状況に追い込まれている。従って社会の変化に対して過敏にならざるをえず、社会低層の人たちの生活困窮問題にも共感し易い傾向があると言っている。(終)


1998/5/03

5/03のポスコタより  《》内は度欲の意見

(0) 「政治(社会)改革は2003年より後でなければならないというのは正しくない」という大統領の声明として通知を政府は出した。
《大統領が直接テレビに出ないのはどういう訳だ》

(1) 軍の政治社会部長が「社会改革は危険がたくさんある」と演説。
大衆の中で燃え続けている政治(社会)改革(reformasi)の要求は、本当に1998年度の国家の大方針(GBHN=Garis Besar Haluan Negara)の精神と既に軌を一にしていると軍の政治社会部長(Kassospol)はCilangkapの総司令部での講演の席上語った。政治面の改革では、例えば有権者の意識を向上させることや、経済面では贈収賄・縁故・血縁関係の汚職の追放を含めたパンチャシラ経済システムを重視すること、法務の面では強固でしっかりした、民主主義の元手の構成を目標とした法律システムの確立を目的とする、と語った。さらに、政府も我々も社会改革の要求を受け入れたくないとは思っていないが、変革と改新を希望することは、健全で安定したダイナミックな国家の安定ということから派生する安全に直接影響する。とも語った。

(2) ジャカルタで大学生と警備側との衝突で数十人の犠牲者が路上で発生。
5/02の広域デモで、大学生側では39人の、警備側では26人の負傷者が発生した。ラワンマングンの教育大学、ヤルシ、外国語大学では、一斉威嚇射撃、催涙ガス、投石などの応酬があった。この行動の際に、政府が2003年から始める社会改革について「長すぎる」と抗議した。東ジャカルタでは、言論の自由を広めるためにジャカルタ教育大学、ボロブドゥール大学、アッサフィヤ大学、ジャヤバヤ大学、イブヌゥ・シャドゥン大学、インドネシアキリスト教大学、スワダヤ大学(STIE)、ウンプタントラール大学からの数千人の大学生はジャカルタ教育大学のキャンパスに集結した。バリケードを構築した数十人の警備陣は道路に出ようとした学生を押しと止めることはできなかった。若者たちは道路いっぱいの500mの長さになり、徒歩でエールを叫びながら行進した。この行動は主婦を主とした住民たちから賛同を受けた。一方ジャカルタ警察本部副本部長は、連続射撃がデモ参加者を蹴散らすのに役立ったと語った。このデモで35人の大学生と12人の警備側が負傷。「警備側の過剰行動は遺憾である」と教育大学生代表は語った。グナダルマ大学、ジャカルタキリスト教大学、インドネシアキリスト教大学のデモ隊がインドネシア大学のデモ隊と合流しようと、外国語大学生の代表が警備側に許可を求めにいったが、その答えは頭部の出血であった。大学生は押しつ押し戻されつもみ合いになった。警備側との交渉の結果、合流はできなくなった。 第111高校から数十人の高校生が臨席した自由演台では、インドネシア大学の社会学教授は「大学生の闘争は現在の民衆の悩みと合致している。おまえたち、民衆の輝きとしてやることはなにか」と述べた。南ジャカルタでは直ちに社会改革を実行するよう要求するデモを行なった。アルクルアン大学、ムハマディア大学、IAIN大学の学生たちがポンドック・ラブゥのUPN(毎日前を通っているのに正式名称は不明)に集結した。同時に、ナショナル大学、IISIP、パンチャシラ大学生が集まり、レンテンアグン付近の交通が麻痺した。ここでポスコタ紙カメラマンのカメラが取り上げられフィルムを抜かれて返された。サトヤアガマ大学でも150人が集会を行なった。
《昨日は、その前に比べてずいぶん警備側の負傷者の比率が高いですね。》

(3) 石油燃料の値上げから低所得者たちを守れ。
「石油燃料と電気代の値上げは避けて通れないが、その時期と値上げ率については未決定」と鉱山エネルギー相は語った。これらには政府補助がついているがそれが巨額なため政府は値上げを避けられない状況にある。石油燃料の値上げは交通費の増額、食料品価格の上昇など生活の基礎となっている全ての分野に影響する。

(4) タンゲランの繊維工場の台湾女性管理職を追放要求
HamSumTexの労働者が数百人集まり、賃金未払いへの抗議行動がタンゲランで発生した。同時に利己的でどうしようもない台湾人女性管理職を台湾に追放することも要求した。この女性、シ嬢は、意味もなく怒鳴り散らしたり労働者達から反感を買っていた。この女性との衝突は従業員のほぼ全員が言っていることである。本誌の記者がインタビューを試みたが、社長に拒絶された。この賃金未払いはタンゲランでは先週だけで四番目。この前には水曜日にPT Rukun Tripilarが1500人と、PT Interworld Steel Mills Indonesiaで 350人を巻き込んだのを始め、 木曜日にはPT Masterina で1600を巻き込んだ。一方ジャカルタでは、PT Fafo Partindo Garmenが金曜日から土曜日にかけて100から200人を巻き込んだ。この抗議行動にはカリデレス警察が警備にあたっている。
《どこの国でも、人の心を分からない、愛情のひとかけらもない人がいて、こういう人たちは人間関係から本社にまずいられなくなるので、現地法人に左遷されます。このような「左遷組」が起こした事件だとも言えます。二十年間以上にわたる私の海外体験からでは、「客観的に見て」日本人より中国人の方に他民族蔑視の傾向が強いように思われます。私は中国人を蔑視していませんが。》

(5) 街頭楽士(町でギターを弾いてお金を貰う人たち)、物乞い、悪人が交差点に溢れている。路上での生活はますます困難になってきている。通貨危機の影響をもろに受けているこの人たちにインタビューした。
東ジャカルタのプロマス交差点にいる23歳のギター弾きピピンはこう語る。「物価が上がったと感じると一日の稼ぎも少なくなる」運転手付きの赤いホンダアコードの後部席に座ってネクタイをした若い男性に「通貨危機って何ですか」と尋ねたところ、ただ薄笑いを投げかえされただけだったと語る。ピピンの小学校時代の同級生のインディアントロも同じような悩みを抱えている。彼は闇で自動車の窓拭きをしている。「以前はRp500(\10)くれたんだけど、今では全然くれなくなった」と、午後二時までの収入はRp300(\6)だけ。町のたばこ売りも彼らの同列に入ってしまう。「何でも上がって、今ではネクタイをした人でも少ししか買わなくなった。以前は一日5から7箱は売れたんだが、今じゃ二箱を売り切るのも難しい」とハンドコ(18歳)はこぼす。たばこの売上金を食料に回してしまうので、資金が底を突いている。彼らは来月も仕事ができるのだろうか。
「もしみんな物乞いだったらどうすりゃいいんだ。じいさんの物乞いだっているしぃ」とオカマのオリエはいう。通貨危機ではない原因、サービスに満足しなかったスケベ男が、高速で走る車からオリエを放り出した後遺症で、オリエは鼻が曲がり、左首の傷がふさがったとともに首が左に傾いでしまった。かれらは経済の重圧をますます感じてきている。「毎月Rp35,000(\700)の店賃を払わなくちゃならない」と三人の子供を持つアチョクの言葉であった。大きい二人は学校を止めさせて物乞いをさせることにしている。三才の末っ子はいっしょに物乞いの練習を始めた。おかみさんは洗濯婦として働いている。オリエのオカマ仲間のエンダンは「この人たちが集まる場所はここの四つ辻と決まっているのよ」と言う。実入りがないので分けてあげるお恵みもないから、皆の結束もできない。「毎日知らない誰かがここに流れ込んでくる」とアチョクは語る。プロマス四つ辻の「いとこ」である。アチョクや彼の仲間たちの話では、新参者が強盗や暴行をやるのだ。「本当は、やつらはここに住みたいわけじゃなく、ただここで大金を手に入れたいだけなんだ」と続ける。「毎日の糧を見つけることで奴等を追っ払う考えなんて浮かばないよ」とマカサル出身のこの人は言っている。「悲しいかな、道端で恐れるものがなくなったというような『人間の権威』なるものもなくしてしまった。最大の恐怖は空腹だ。とどのつまり時々子供たちもいっしょに強盗しなくちゃならなくなる。嫌になっちゃうよ、まったく。道端の生活はどんどん厳しくなっていくんだ」と話してくれた。《このような人たちの人権を守るためにはどうしたら良いのでしょうか。東南アジアでもっとも通貨危機の影響が大きいインドネシアのジャカルタから》
《学校では人権問題に格好良いことを言って良い点を貰えても、このような貧民窟で実際に自分の一生を下層の人たちにささげることができるマザーテレサのような強固な意志を持つ人は、日本人からは出ないのでしょうか?少なくとも僕にはその決断力がありません》


1998/5/04

よろずインドネシアへの投稿
ガソリン代が明日5/05午前0時をもってRp700→Rp1,200に値上げされます。
現在15:00、クバヨランバルーのガソリンスタンドはどこも長蛇の列です。今から出かけても数時間待たされた挙げ句、HABISになりそうですから、慌てて出かけないことをお勧めします。
ガソリン代の値上げにともない、石油代やガス代が値上がりするでしょうし、さらにバス代や食料品の値段にも大きく影響を与えます。
先週末の大学生のデモが一段落したあとは、イブイブたちの「おしゃもじ」デモが盛んになるのではないかと推測します。裏でイブイブに操られているインドネシア社会はさらに混迷の度を深めていくのではないかと心配しています。


1998/5/05

時事通信ニュース速報
=商店街に投石−インドネシア=
 【ジャカルタ5日時事】学生デモが過激化し、社会不安が拡大しているインドネシア北スマトラ州の州都メダンで四日夜から五日朝にかけ、燃料価格や公共交通料金の値上げに怒った市民数百人が暴徒化し、商店街に投石するなど暴れた。
 目撃者などによると、暴徒はショッピングセンターに投石を繰り返し、一部で略奪を働いたほか、パトカーを含む車両九台に放火した。この騒ぎで、約百人が身柄を拘束され、多数が負傷したもよう。五日は治安部隊が市内全域で警戒に当たり、平穏を保っているが、ほとんどの商店は店を閉めている。
 メダンの在留邦人約八十人に被害はなかったが、現地の日本総領事館は騒ぎのあった場所に近づかないよう通達を出した。インドネシア政府は四日、燃料やバス、国鉄の運賃を五日から大幅に引き上げると発表。住民の反発が強まっており、全国で緊張が高まっている。
[1998-05-05-18:10]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ5日共同】ガソリン代や交通運賃などが大幅値上げされたインドネシアの北スマトラ州メダンで四日夜、値上げ反対のデモ行進をしていた数千人の市民や学生が暴徒化、警察車両や家屋などに放火した。目撃者によると、五日午後も暴動は続いており、負傷者も出ているもよう。国軍は兵士数百人を出動させ、鎮圧に乗り出した。 
 同国ではことし一月から二月にかけて、通貨ルピアの暴落による物価高騰などを背景に、ジャワ島を中心に各地で暴動が頻発。その後沈静化していたが、今回の大幅値上げをきっかけに今後、各地で暴動が再燃する恐れも出てきた。 
 人権擁護団体「法律援護協会」メダン事務所長などによると、暴動が起きたのは四日午後八時半(日本時間同日午後十時半)ごろ。デモ中の学生の一部が警官隊と小競り合いとなったのをきっかけに、市民らが警察車両や交番を襲った。その後、大部分が暴徒化し、車両数十台のほかデパートや家屋に放火するなどした。ガソリンスタンドが放火されたとの情報もある。  同事務所長は五日昼「暴動はまだ続いており、けが人もいるようだ。暴動を聞きつけメダン周辺から人が集まる動きもある」と語った。
 インドネシア政府は四日、財政再建に向けた補助金支出削減を目的にガソリン代やバス・鉄道などの運賃を五日から大幅値上げすると発表した。発表が突然だったことに加え、上げ幅が最大二倍と大きかったため、低所得層を中心に動揺が広がっている。
[1998-05-05-17:43]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ4日共同】インドネシア政府は四日、ガソリン代や電気料金、バス・鉄道などの公共交通機関の運賃を五日から大幅に値上げすると発表した。国際通貨基金(IMF)と四月に合意した財政再建計画に沿って、政府の補助金を削減するのが狙い。
 しかし、今回の値上げが長引く経済危機に苦しむ市民生活を直撃するのは必至で、低所得者層などを中心に反発や混乱が起きる恐れがある。
 発表によると、ガソリン代は現在一リットル当たり七百ルピア(約十一円)を千二百ルピアと約七○%の大幅値上げ。灯油も同二百八十ルピアが二五%値上げの三百五十ルピアになる。また、バスが五○―六七%、鉄道は最高約二倍となる。
 電気料金は五月分料金から基本料金を平均約二○%値上げし、さらに八月と十一月にもそれぞれ二○%値上げするという。クントロ鉱業エネルギー相は発表で「政府は現在、燃料費に約十六兆ルピア、電気料金に約十一兆ルピアもの補助金を支出している。(値上げは)国民の大きな負担となるが、これが最善の選択肢だ」と語り、財政再建に向け必要な措置であることを強調した。  
 インドネシア政府は、四月にIMFと合意した経済構造改革計画で、各種の補助金を段階的に削減し、今年十月をめどに撤廃する方針を確認していたが、これまで値上げ幅や時期は明確にしていなかった。
[1998-05-05-09:43]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ4日共同】アンタラ通信によると四日、インドネシアの中スラウェシ州パルにあるタドゥラコ大学など二大学で、学生が州庁舎に抗議のデモをしようとして治安部隊と衝突。学生の投石に対し当局は催涙ガス弾などを放ち、学生約三十人、兵士二人が負傷した。
 これに先立ちインドネシア国軍のウィラント司令官は同日、スハルト大統領と会談後、学生の反政府行動に対し「無政府状態を引き起こすような行動には、容赦ない措置を取るよう全軍団に命令した」と警告した。
 学生の政治改革要求が高まる中で、政府は四日にガソリンなど燃料や電気料金の大幅値上げを発表、市民の反発が学生運動と結び付き混乱が予想されるため、あらためて学生の動きをけん制したとみられる。
 タドゥラコ大学のほか、北スマトラ州メダンにある教育大学では、市民も加わり約三千人規模の集会を開いた後、街頭デモに入ろうとして、阻止した治安部隊とぶつかり、投石で兵士一人がけがをした。
 ジャカルタ西部のムルチュブアナ大学では、学生約五百人が政治改革を訴える集会を開いた。
[1998-05-05-09:41]

時事通信ニュース速報
=各地で暴動やデモ−インドネシア=
【ジャカルタ5日時事】国際通貨基金(IMF)との合意を受け五日から燃料価格や公共交通機関の運賃が値上げされたインドネシアでは、各地で抗議する住民による暴動や学生デモが頻発し負
傷者が続出する事態になっている。
 学生デモが過激化し社会不安が拡大しているインドネシア北スマトラ州の州都メダンでは、四日夜から五日朝にかけ値上げに怒った市民数百人が暴徒化し、商店街に投石するなど暴れた。
 目撃者によると、暴徒はショッピングセンターに投石を繰り返し、一部で略奪を働いたほかパトカーを含む車両九台に放火。約百人が身柄を拘束された。五日はほとんどの商店は店を閉め、治安部隊が市内全域で警戒。メダンの日本総領事館は約八十人の在留邦人に対し、騒ぎのあった場所に近付かないよう通達を出した。
 一方、ジャカルタのムルチュブアナ大学では、値上げの見直しを求め、学生約五千人がキャンパス前の路上でデモを行った。これに対し、鎮圧に当たった治安部隊がゴム弾や催涙弾を発砲し、学生十八人が負傷。学生も投石で応戦し、車両四台が破壊された。
[1998-05-05-21:03]

時事通信ニュース速報

 【シンガポール5日時事】五日のシンガポール外国為替市場で、インドネシア・ルピアは動意薄の中、一ドル=八○五○ルピア(前日は同八○○○ルピア)と小幅安で終わった。国際通貨基金(IMF)からの同国向け第二次金融支援が理事会で承認されたが、市場は織り込み済みとして反応薄だった。また、インドネシア政府が同日から燃料・電力料金を値上げしたことで社会不安が広がるとの懸念も台頭したが、市場のドル買い意欲が低迷していることもあって、大きなルピア売りもなかった。[1998-05-05-19:16]

5/05のポスコタからです。

(1)一面トップは石油燃料、電気料金、公共交通料金の値上げの話題。
昨夜は安いうちにガソリンを入れておこうとする人たちが路上で順番待ちをしたため、道路が大混雑した。石油燃料の新旧小売り価格は次の通り。自動車用ガソリン700→1200、灯油280→350、自動車用軽油380→600、航空機ガソリン(Avgas)420→600、ジェット燃料(Avtur)420→600、AB重油(?)(MinyakDiesel)360→500、C重油(?)(Minyak Bakar)240→350。
公共交通料金の新料金は次の通り。
市内バス:500、パタス:撤廃、ミクロ:600、タクシーとパタスAC:事業者と協議の上決定、中長距離バス:30/km、
鉄道39/km、電車(KRL)27.5/km
学生:100。バス料金が上がったことで、市民たちは「ワシラはハサンするのを待つばかりだ」と語る。《バス代は70%の値上げ、鉄道は100%の値上げとなっている》
この値上げは、石油燃料と電気料金への政府補助額がそれぞれ16.17兆、11.37兆ルピアに達し、政府補助が財政的に困難なため。ちなみにインドネシアの国家予算は140兆ルピアである。

(2)ハルモコ総裁が大学構内での社会改革への抗議行動を、社会的、民族的国家的人生を純化する意味があると、肯定的に評価した。
「インドネシア全土のキャンパスで起こった、特に経済と政治、法務分野での改革に関する要求行動は国民評議会(DPR)や政府の関心を得たからである」と語った。《ついに政府側も折れ始めたか?》

(3)ジャカルタ圏学生連絡会から人権委員会への訴えによると、5/2のデモで81名が重軽傷、5人が行方不明になっている。

(4)少なくとも40人のメダンの教育大学生がメダン教育大学で警備側と衝突。中高生をまじえた数千人のデモ隊は言論の自由を主張して、数百人の警備側のブロックを突破した。十数人の学生が負傷した。自動車が数台焼かれた。《メダンはジャカルタよりもずっと激しいですね。今度はジャカルタからメダンとスラバヤに飛び火する可能性も高い》
5)チビトゥンのトッパン・サンプルナ・インドネシア社で、人事部長が従業員に殴られて赤あざになった。人事部長のウィトノ35歳は顔を殴られただけではなく殺すと脅された。これは昨日の5月の給与支払い直後に発生した。これは前月までに支払った奨励金分を今月の給与から差し引く方式に変更したため、500人の従業員が怒ったもの。この会社はトッパン印刷の現地合弁会社。


1998/5/06

時事通信ニュース速報
=燃料費値上げに反発強まる=
 【ジャカルタ6日時事】燃料価格や公共交通料金が引き上げられたインドネシアでは、四日夜に北スマトラ州メダンで値上げに怒った住民が商店を襲ったのに続き、五日にはジャワ島中部ジョクジャカルタで学生と治安部隊が衝突。不満の高まりから、騒ぎの拡大が懸念されている。住民の間では、厳しい経済情勢の中で犠牲になるのは常に自分たちだとの意識が根強く、政府の施策に反発が強まっている。
 ジョクジャカルタでは、五日午後から住民が街頭に繰り出し、タイヤを燃やしたりして暴れた。このため、治安部隊が出動し、いったん収まったものの、深夜になって再び住民が暴徒化し、信号機や公衆電話を破壊したり、車両に放火した。人権団体の法律扶助協会によると、この騒ぎで五十人が身柄を拘束され、三十人が行方不明になった。 一方、メダンでは、六日も車両への放火や商店への略奪が相次いだ。市内各地で治安部隊が暴徒を追い回し、散発的に威嚇発砲している。目撃者によると、頭などを撃たれた四人が病院に担ぎ込まれたという。 
 インドネシア政府が燃料価格の引き上げに踏み切ったのは、国際通貨基金(IMF)による支援条件の一つである燃料補助金削減の実行のためだ。しかし、同国の消費者物価は今年に入り急上昇。今回の措置により、物価がさらに上昇するのは確実で、国民が不満のはけ口として、今後も暴動や略奪などの暴力行為に訴える可能性は大いにある。
 値上げされた燃料のうち、特に住民の生活に影響を及ぼしているのが灯油だ。貧困層は、比較的低価格の灯油に大きく依存している。今回の値上げでは、ガソリンが七一%引き上げられたのに対し、灯油はリットル当たり二百八十ルピア(約四・五円)から三百五十ルピア(約五・六円)と二五%の値上げに抑えられた。ところが、便乗値上げに踏み切る商店も現れ、メダンの住民は「商店は灯油を売り惜しみし、売ってもリットル当たり八百ルピアから千ルピアの値をつけている」と不満をぶちまけている。
[1998-05-06-20:37]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ6日共同】インドネシアのジャワ島中部、ジョクジャカルタで五日、学生デモが市民を
巻き込んだ暴動にエスカレート、同日夜から六日朝にかけて華人系商店などが襲撃された。
 ジャワ島での大規模暴動は約三カ月ぶりで、スマトラ島メダンで断続的に続く暴動も三日目に入った。根強い政治不信と経済危機を背景に、公共料金の突然の大幅値上げをきっかけに始まった暴動は、各地に広がる動きを見せている。  
 人権擁護団体「法律援護協会」のジョクジャカルタ事務所などによると、いくつかの大学から参加した学生グループは「スハルト大統領打倒」などと訴えながら街頭デモを強行、一部が路上でタイヤを燃やした。
 これをきっかけに一般市民を含め約一万人が暴徒化し、華人系商店を襲ったり、公衆電話を破壊するなどした。混乱の中、報道関係者や赤十字の車なども破壊されたという。  
 警官や軍兵士多数が出動し、催涙ガスや威嚇射撃などで鎮圧を試みたが、暴動は六日午前五時ごろまで続き、十二人ほどが負傷した。逮捕者の数は不明。ジョクジャカルタ市内は五日夜に停電となり、同事務所関係者は「暗やみの中で暴動が続き、まるで戦争のようだった」と語った。
 四日に暴動が始まったメダンでは六日も華人系商店などが襲われ、地元警察によると、これまでに計約百六十人が逮捕、拘束された。日本大使館メダン総領事館によると、六日は市内にある商店の約九割が休業している。  
[1998-05-06-17:20]

5/06のポスコタより
(1) 乗客新料金を拒否、バス運休。石油燃料値上げに伴う新料金に怒った乗客が小型バス(angkot & Mikrolet)の料金不払いを起こしたため、これらの数千台のバスが運休した。小児と学生料金は据え置かれたたため、これらのバスが乗車拒否を起こすことが考えられ、軍用トラックで学生たちの輸送を計画している。《大衆のことを配慮してか?政府は打つ手がないようだ》

(2) メダンが煮えたぎっている。メダン市で数千人の群集が理性を失い、数十軒の商店と自動車、オートバイなどを燃やし、華人(WNI keturunan)商店から強奪を行なった。この行為は市の周辺部から始まり中心部まで達した。月曜日晩に発生したこの社会不安は11歳の子供まで焼き殺すことになってしまった。ブアナプラザショッピングセンターも投石の的となり、大きく破壊された。《やはりジャカルタよりメダンが燃えている。これは、この地域の部族の民族性によるものもあるが、「反ジャワ」という意識も底流にある。ここ十年以上にわたってメダンにはジャワからの移民が流れ込んできている。》

(3) 石油燃料と電気代の値上げが引き金になり、大学生の社会改革の要求がさらに燃え上がっている。それに伴い、警備側との衝突が増えている。メルチュ・ブアナ大学の前では、警察の少佐が大学生に殴られ左大腿部に内傷を負いズボンを破かれた。この衝突で12人の大学生がゴム弾で負傷。16人の職員も負傷し数台の自動車が焼かれた。《他にもデモのニュースはあったが割愛する。》

(4) 二人の大学生が社会改革の要求を政府が受け入れるまでハンストを行なっている。

(5) 「社会改革」は大衆の願いであるとハルモコは語った。《ハルおじさんは最近妙な発言が多い》

(6) 数千人の売春婦が街頭で営業している。ジャカルタ市社会部発表のデータでは、以前2,670人となっていた売春婦がさらに260人増えた。増えた分は概して16歳の少女で、平均の料金はRp125,000とのこと。彼女らはほとんどジャカルタ以外の出身。通貨基金が始まって以来、赤線地帯のKramat Tunggakではあいている家が無いほどになった。この地帯では1800人が270軒に住んで営業している。出身地の内訳は、西ジャワ1093人、中部ジャワ356人、東ジャワ238人、ジョグジャ5人、ジャカルタ26人、残りはジャワ島以外。《ここにも経済危機が影を落としています。AIDSの危険があるのでご注意を!》


1998/5/07

時事通信ニュース速報
 【ジャカルタ7日時事】インドネシアのウィラント国軍司令官兼国防治安相は七日、記者会見し、学生の要求する改革は既に、政府の検討事項に含まれていると述べ、抗議行動を中止するよう要請
した。 同司令官はこの中で、学生が掲げている政治・経済改革は国軍も支持していると指摘。デモを行う必要はないとの見解を示す一方、改革は憲法に沿って徐々に実行すべきだと語った。
 一方、メダンの騒動について「これはデモではなく暴動だ。このため、わたしは法にのっとって断固とした措置を取るよう指示している」と強調、暴力行為を厳しく取り締まる方針を明確にした。
[1998-05-07-21:40]

時事通信ニュース速報
【ジャカルタ7日時事】インドネシアのスハルト大統領は七日、外国メディアはインドネシアの悪いニュースを「大げさに報じ過ぎる」と述べ、外国報道機関を批判した。同大統領は、外国の新聞社 やテレビ局が経済危機などインドネシアの負の側面を強調し過ぎるため、国際社会における同国の信用を傷つけていると語った。
[1998-05-07-21:01]

共同通信ニュース速報
【ジャカルタ7日共同】暴動の再燃で社会不安が増大するインドネシアで、四日に暴動が発生以来、散発的に商店襲撃が続いていたスマトラ島メダンの騒ぎは七日午後までに、ほぼ沈静化した。    しかし、自動小銃を手にした治安部隊が装甲車でパトロール、市内一帯を制圧したが、襲撃事件の再発を恐れ商店のほとんどが店を閉じるなど、依然として緊張した空気に包まれている。    メダンの地元紙ワスパダは、一連の暴動で六人が死亡、うち一人は治安当局による発砲によるものと報じている。    スハルト大統領は七日、ジャカルタでの会合で「外国のマスコミは、インドネシアの至る所で暴動が起きているように誇張して報道している」と批判した。   メダンからの情報によると、六日夜から七日朝にかけて、市内東部に集中する華人商店の一部が暴徒に襲われ商品が略奪される事件が散発的に続いたが、治安部隊が増強され、七日午後まで に騒ぎはほぼ静まった。メダンを離れてジャカルタなどに避難する華人の家族も急増している。  一方、五日から六日にかけ暴動が起きたジョクジャカルタも七日、平静さを取り戻した。市内の数大学で学生集会が予定されていたが、当局の強硬姿勢を配慮してか取りやめたところが多かっ た。
1998-05-07-19:20]

平成10年5月7日
総領事館からのお知らせ 総98第12号
 今週初めより、北スマトラ州のメダン市において、暴動が発生しておりますところ、ジャカルタ在住の邦人におかれても、ここしばらくはメダンへの不急不要の訪問は控えられることをお勧め致します。
 また、燃料、公共料金等の引き上げに伴い、今後経済情勢が困難さを増すことも考えられますところ、以前から各地で続いている学生デモが激しさを増す可能性や、メダン以外の地方でも暴動が起こる可能性も排除されません。邦人の皆様におかれては、一層の注意を払われるようお願い致します。
大使館・総領事館代表電話番号:021−324308
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平成10年5月1日
総領事館からのお知らせ 総98第11号
1.最近、国内の多くの都市の大学構内を中心に、学生デモが行われています。一部の大学では、構外へ出ようとする学生とそれを抑えようとする治安当局との間で衝突が発生し、負傷者が生じる事件も起きています。

2.当館が得ている情報では、明日(5月2日)、ジャカルタ市内の数カ所の大学を中心に、大規模な学生デモが行われる可能性があります。その際、一部の学生は、大学構外でのデモ活動を行うことも検討している趣です。
 つきましては、外出される際には、大学キャンパス及びその周辺(大学近くのバス・ターミナル等人出の多いところを含む)に近づかない等の注意を払われるようお願い致します。
大使館・総領事館代表電話番号:021−324308
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平成10年4月29日
総領事館からのお知らせ 総98第10号
1.インドネシア保健省の発表によれば、昨年11月より本年4月17日までにデング熱の感染者数は12,072名(うち死亡者397名)で、感染者発生地域は西ジャワ州、南スマトラ州、南・北・中部・南東スラウェシ州、ジャンビ州、 東チムール州、西ヌサトンガラ州、マルク州、ジャカルタ首都特別州です。
2.ジャカルタ首都特別州保健局の発表によれば、4月9日同州内5つの行政区において、デング熱の媒介となる蚊の発生場所に対する殺虫剤の大量噴霧を行いました。また、今後要請があれば、どの地域においても即日、殺虫剤噴霧を実施する由です。
なお同局の発表によればジャカルタにおける感染者の感染場所の内訳は、学校31.5%、家屋30.5%、公共の場所27.6%であり、感染者の年齢別の内訳は5歳から14歳までが46.1%、15歳から45歳までが35.5%となっています。

デング熱は、病原菌ウイルスを持っている熱帯縞蚊又は一筋縞蚊に刺されることによって感染しますが、予防薬はありませんので、蚊に刺されないようにすることが肝心です。感染すると突然の発熱、激しい頭痛、眼球深部に痛み、関節や筋肉痛、発疹が現れ、回復期に疲労感と鬱状態が続きます、死亡率は高くありませんが、小児が感染した場合のデング熱については治療しないとショックを起こしやすく死亡率も40ー50%になります、いずれにしろ、軽視しないで適切な治療を受けることが大事です。
以上
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5/07のポスコタより
1.昨日、国防大臣ファイサルタンジュンは、大学生の抗議行動がキャンパスの外で行われない限り、軍はそれを禁止しないと語った。しかし、キャンパス外で法律に抵触する行動を取ったら、取り締まりを行なう。《だんだん軍も腰を引いてきたようだ》
2.メダンで大暴動、数百件の商店を破壊。メダン郊外の暴動は引き続き発生している。水曜の晩も、メダンから30km離れたプナンポガン市場が数百人の暴徒によって全焼した。出自不明の暴徒達はルブクパカムも焼くという行動に出た。この影響でたくさんの商店が営業を取りやめている。暴動に参加した者は華人商店を略奪している。ルブクパカムのショッピングセンターは全く麻痺状態である。ポスコタの連絡員によると、この暴動は、石油燃料の値上げが引き金になったとのこと。《出自不明なのはsetan gundulの仕業か?》
3.庶民の足のKopajaとMetrominは今月いっぱい持ちこたえられれば良い。新料金では経営が成り立たないので来月は倒産するみこみである。この大きな理由は、学生料金のRp100にある。《ジャカルタ南部のangkotはこの料金では学生にたいして乗車拒否を行なっているとのこと》
4.16名の大学生が国家人権委員会に、5/02のデモで81人の犠牲者が出たことを5/05に提訴した。
5.国立ファトマワティ病院の調べではデング熱は峠を越した模様。
6.通貨危機の影響で、ブカシの売春婦が激増している。《「二号さん」で食っていた女性たちが、旦那の収入現象に伴い離婚されて、食い扶持を探しているためか。》
7.メダンのスタジアムのフ゜ロサッカー試合で投石などの暴動が発生した。《メダンのおまわりさん達も大変である》
8.過日誘拐されて現在亡命中のピウスラナンを米国議会で証言させるために召喚すると、インドネシア人権協会のパスカ・イリヤント副理事長が記者会見で発表した。この証言は5/07木曜日現地時間12:30に行われる予定。


1998/5/08 

共同通信ニュース速報
【ジョクジャカルタ8日共同】五日から六日にかけて一万人規模の暴動が起きたインドネシア・ジャワ島中部のジョクジャカルタで、政治改革を求めるデモ隊が暴徒化したことに、学生の間で動揺が広がっている。市民のデモ参加は支持の広がりを示す半面、統制のとれない群衆を生んで重軽傷四十人以上という事態を引き起こしたからだ。
 一部の大学では八、九両日もデモを実行する予定だが、学生幹部は「軍に本格介入の口実を与えることになる」と、参加者に自制を呼び掛ける方針だ。
 学生や市民らの話によると、当初数百人規模で始まった学生デモに別グループや一般市民が合流し、行進するうちに数が膨らんだ。
 高校生や主婦など幅広い層がデモに参加したが、失業者や犯罪者もおり、簡単に暴徒化。「単なる不満爆発の場に利用された」(学生)側面があるという。
 政府は「学生運動は無政府状態化している」と非難、国軍司令官は七日「(暴動には)断固たる措置を取る」と警告した。
 これに対し学生らは「われわれが望むのは平和的な政権委譲」「挑発したのは治安当局側」などと強調する。
 全国有数の学生運動の拠点でもあるガジャマダ大の学生組織幹部は「軍は常に介入の機会を狙っている。しかし、市民参加は学生運動への支持表明でもあり、排除はできない」と、対策に苦慮している様子だ。
[1998-05-08-08:14]

5/08のポスコタより
(1) ウィラント司令官は、木曜日に、つい最近大学生が目指してもえている社会改革に関して軍内部の意見をまとめるためのティームを近いうちに編成すると語った。《失踪者調査といえこの件といえ、ABRIは一体どうしたの?》

(2) ジャカルタ−ボゴール街道三時間にわたり数千人の大学生デモ隊と警備側の衝突のために閉鎖さる。ジャカルタとその他の都市で、石油燃料と電気料金の値上げに抗議するデモが行われた。帰宅する数千人のジャカルタ・ボゴール住民たちはこのために約三時間立ち往生させられた。ジャヤバヤ大学の工学部で始まったこの抗議行動は昼まで続き、昼の礼拝はそれぞれ道路際で行なわれた。道路に礼拝の声が満ち、最初は見ていただけの近隣住民も礼拝に加わるようになった。昼の礼拝が終わった後、大学生と近隣住民は社会改革のエールを叫びながら道路を行進し、デポックのグナダルマ大学に向かった。警備側は威嚇射撃を行ない、デモ隊は四散した。この事件で大学生13人が負傷し、ボゴール街道は三時間にわたって閉鎖された。その他にはラワマングンの教育大学、スマラン市のディポネゴロ大学、バンドン、バニュマス、パダン、パレンバンなどで数千の大学生が警備側と衝突した。《「軟弱」ウンディップ生もやっと立ち上がったようだ》

(3) スマトラのパダン・シアンタール両市で暴動が発生した。《この両市での暴動発生はこのところはじめての情報》パダン市では七万五千人のデモが発生し、longmarchと投石などを行なってディスコティックを破壊し酒を放り出した。デモの参加者は、大学生のみならず、高校生中学生に混じって一般大衆まで含まれていた。

(4) 一時$1=Rp10,000に達した。その後、値を戻した。


1998/5/09 

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ9日共同】公共料金の大幅値上げをきっかけに社会不安が高まっているインドネシアで、暴動やデモの頻発に国会議員らが危機感を募らせ、スハルト大統領に従順なはずの与党議員から事実上の「内閣不信任」発言が飛び出すなど、政権内で不協和音が起きている。
 地元紙などによると、八日に開かれた国会の貿易やエネルギー問題などに関する委員会で、与党ゴルカルのプリオ議員は「値上げが撤回されなければ国民の痛みを和らげることはできない」と政府を強く非難。
 「撤回できなければ、われわれ議員か内閣が総辞職すべきだ」と事実上の「不信任案」を突き付けた。
 国会議席の八割近くを占めるゴルカルは、スハルト政権の強力な後ろ盾。普段なら政府決定を承認するだけの審議はこの日、午前九時から深夜十一時まで続いた。
 野党議員も「政府は銀行救済には巨額資金を支出しながら、大多数の国民に影響がある補助金支出を削った」などと批判し、責任追及の大合唱となった。 
 政府側のクントロ鉱業エネルギー相は、値上げ政策決定で事前に議会の理解を得なかったことは謝罪したが、撤回については「わたしの一存では返答できない。大統領に伝える」と逃げの姿勢に終始した。
 政策決定の最高責任者であるスハルト大統領は、発展途上国の十五カ国グループ首脳会議出席のためカイロへ出発する直前の九日午前、「決定は考慮の結果」と撤回の考えがないことを強調。通貨ルピアの再下落傾向やデモ頻発などの現状が変わる兆候はなく「このままでは国は破滅に向かう」(国会副議長)との危機感は高まるばかりだ。
[1998-05-09-18:23]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ9日共同】公共料金の大幅値上げをきっかけに社会不安が増大しているインドネシアでは、国家体制のかなめを自任する国軍が暴動やデモに対する取り締まりを強化している。九日にはスハルト大統領がカイロで開かれる発展途上国の十五カ国グループ(G15)首脳会議出席のためインドネシアを離れる予定で、留守を守る国軍は威信をかけ治安維持に懸命だ。
 四日の暴動発生以来、国軍は商店略奪などが最も激しかったスマトラ島メダンに軍最高責任者であるウィラント司令官自らが出向き、現状を視察。精鋭部隊の陸軍戦略予備軍も派遣するなど、沈静化にほぼ成功した。 
 同司令官は、各地の暴動の引き金となった学生デモについても「学生運動の域を超えた」と警告。首都ジャカルタでは八日、政治改革などを求め国会前に座り込んだ学生約三百人を治安部隊が拘束するなど、締め付けを強めている。
 しかし、交通運賃の最大二倍値上げなど市民生活の苦しさは増す一方で、通貨ルピアも再び下落傾向にあり、国民の根深い不満は解消されていない。「兵士も生活苦にあえぐ国民の一人。現状への思いは同じ」(学生運動幹部)という状況で、国軍の強硬策が逆効果を招くことを懸念する声も上がっている。  
[1998-05-09-10:58]これは、一応の目安です。その点ご承知おきください。「君子危うきに近寄らず」です。


1998/5/02

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ1日共同】インドネシアのスハルト大統領は一日、与野党三党の党首と閣僚を集めた会合で、国民各層から要求が出ている政治改革について、任期中に取り組む意思がないことを初めて明確に伝えた。  
 インドネシアでは、三月のスハルト大統領七選後、政治改革を求める声が急速に拡大。連日、各地の大学で民主化を訴えるデモや集会が活発に開かれており、学生らの大統領退陣に向けた抗議行動の激化が予想される。
 ハルトノ内相によると、大統領は会合で正副大統領選出のため三月に開かれた国権の最高機関、国民協議会が大統領の任期が終わる二○○三年までの国家大綱を決めたことに触れ「国民は既に指針を持っている。政治改革の要求があるなら二○○三年に向け準備をしたらよい」と述べた。 
 与野党党首と閣僚を集めた会合が開かれたのは、スハルト大統領が就任した一九六八年以来。ジャカルタの外交筋は「学生や市民の要求にいらだった大統領が、政治改革問題を国会の論議に発展させないよう先手を打った」とみている。 
 北スマトラ州メダンからの情報によると、一日メダンのイスラム大学では、スハルト大統領退陣を求める学生約五百人がタイヤを燃やしたり治安部隊に投石、治安部隊側は催涙ガスや放水車を使い鎮圧した。このほか、バリ島デンパサールのワルマデワ大学で約千人が集会を開き、南スラウェシ州のウジュンパンダン教育・工科大学で五百人がデモをした。 
[1998-05-02-08:11]

共同通信ニュース速報
ジャカルタ2日共同】政治の民主化を要求する学生の抗議行動が続くインドネシアで二日、スハルト大統領が政治改革に取り組む意思のないことを一日明言したことに学生が猛反発、各地の大学で大統領の退陣などを求めるデモや集会が行われた。 ジャカルタの国立インドネシア大のキャンパスでは、学生や教職員約三千人が集まり「今すぐ政治改革に取り組め。スハルト大統領の任期が終わる二○○三年まで改革を待てというのか」と口々に訴えた。治安当局はキャンパス周辺に機動隊約五百人のほか、首都師団の兵士や狙撃部隊を配置し厳戒態勢を敷いている。  
 学生を支持する市民約二千人がキャンパスを取り囲んで見守る一方で、当局も次々と兵士を増派、一触即発の緊張状態となっている。
 首都ではまた、ジャカルタ教育大で学生数百人が集会を開いた後、インドネシア大学での集会に合流しようと学外に出たところで機動隊と衝突、学生数人が負傷した。
[1998-05-02-20:17]

時事通信ニュース速報
=政治改革への消極姿勢に反発=
 【ジャカルタ2日時事】インドネシア各地では同国の「教育の日」に当たる二日、大学構内やその周辺などで学生による激しい反政府デモが繰り広げられた。学生らは、スハルト大統領が一日に政治改革は二○○三年まで行わないと言明したことに強く反発しており、デモがさらに激化することも予想される。
 このうち北スマトラ州メダンでは、ノマンセン大学の学生がキャンパス前で古タイヤに火をつけたり、大統領の三男が経営する自動車メーカーが製造した乗用車を付近のショールームから引っ張り出して放火した。また、聖トマス・カトリック大学でも学生が大統領の退陣を求めて座り込んだ。
 一方、ジャカルタでは、外国語大学で治安部隊が催涙弾を発射して四人が病院に運ばれ、教育大学でも七人が負傷した。さらに、スラバヤやバンドン、ジョクジャカルタなどジャワ島の主要都市でも政治改革の断行を求める学生デモが行われた。
[1998-05-02-19:55]

時事通信ニュース速報
=「たたり」と住民震え上がる=
 【ジャカルタ2日時事】インドネシアのスラウェシ島で、大蛇が大人の男性をのみ込む事件があった。被害者は以前、蛇を二匹殺したことがあり、住民は「蛇のたたりだ」と震え上がっている。
 被害に遭ったのは、南スラウェシ州北部に住む農民のバントゥさん(三五)。地元紙によると、妻と農作業をしていたバントゥさんは、妻だけを自宅に帰し、一人で畑に残った。ところが、翌朝になっても戻らず、心配した妻が畑に隣接する森を捜索。バントゥさんが愛用していたナタや帽子、靴とともに、血痕が見つかった。
 血痕をたどると、薮の中で巨大な蛇が動いているのを発見。村人約二十人が駆けつけて蛇を捕まえ、首を切り落とした。蛇は体長五・七五メートルで、体重は推定二百キロ。腹を割くと、中から服を着たままのバントゥさんの死体が現れた。額に二カ所、かまれた跡があったものの、体はほぼ完全な状態だったという。
[1998-05-02-08:02]

5/02のポスコタから
【註】《》内は投稿者の意見。
(1) 2003年以降なら政治改革をやってもよい。
ハルトノ内務相の発言を引用した形で、同内相と副大統領が同席した国会議長との懇親会の席上、「社会改革を禁止している訳ではないが2003年より後にすべきだ」と大統領は語った。《大統領はなんか弱気になってきましたね。自分の任期中だけ安泰なら良いということか》

(2) IMF以外に世銀から六億ドルの追加。
「来週月曜日のIMFの決定次第だが」と世銀アジア大洋州担当副総裁のデニストレイが語った。彼によれば援助総額は十億ドルに達するとのこと。IMFと世銀以外にはアジ銀が緊急援助をすることになっている。

(3) 石油燃料(BBM)の値上げは国会に相談済。
BBMと電気料金の値上げは既に国会のグループ(fraksi)代表に相談済である。5/03の国会のコミシVで最終決定がなされ直ちに公布されるだろうと鉱山エネルギー相が語った。《この値上げでイブイブたちが怒って立ち上がる機会になるかもしれない。》

(4) 公共輸送機関の運賃値上げは来週から。二倍にはならないことは確実。本件はだいぶ前から国会に諮っていた。運転費用とスペアパーツの価格上昇がBBM価格上昇に影響を及ぼし、維持費を押し上げているので、運賃値上げは避け難いと、陸上交通大臣が語った。

(5) ABRI(軍)が失踪者捜索チームを編成済。
チームの編成員はSjamsu D准将, Marwan Fariz警察准将で、この事件に巻き込まれた各軍の事情を精査するとウィラント司令官は語った。《この面々がどちらの側か不明なので、「おざなり」なのか「積極的」なのかなんとも言えない》

(6) ジャヤバヤ、ジャカルタ教育大学生がlong march。
金曜日の朝、数千人のジャヤバヤ、ジャカルタ教育大学生が発言の自由を要求してビラを撒きながら路上を二時間long marchした。このため道路交通は麻痺状態に陥った。1200人のこの両大学生はIKIP(教育大学)で合流して二時間の抗議集会を開いた。その一時間後、国会議事堂を目指して道路に出ようとしたところ数十人の警備側ともみ合いになり、結局警備陣を突破してJl.Pemudaに出た。ここで数千人の大学生は東西に二手に分かれて道路を行進した。

(7) メダンでは数十軒の商店と自動車が破壊される。
北スマトラでは社会不安に陥った数百人のノメンセンとUISU大学生がデモ。数十軒の下駄履き住宅(Ruko)と数台の自動車を投石で破壊した。警察のオートバイも一台焼かれた。

(8) 亜民東ティモール問題でヒヤリングされることにでHuman Right Caucusに失望。
「前もってこの問題に関し公式会議でヒヤリングが行われる事を知らされていなかったことは残念だ。はっきり言って何の準備もしていない。東ティモール問題で証言を求められるとは今朝まで全く知らなかった。これは以前に連絡されていた問題とは違う。」と亜民は語った。《アメリカは汚いやり方をしますね。これは亜民を蹴落とそうとするイ政府側の陰謀かも》

(9) 大学生のデモは、モラルとエチケットにのっとり実行して欲しいとジャカルタ警察本部長がかたった。ここ数週間で彼の部下の数人が重傷を負っているとも白状した。
《「家族を抱えた部下たちが負傷するのはもうカンベンしてくれ」といったところか。業務上の死傷者については手厚い保護を与えることになっているので、軍も経済的に苦しいのかもしれない。》

(10) 約150人の鉱山労働者がボゴールから18台のバスに分乗して、警察庁本部にデモ。ボゴール警察に収監されている三人の鉱山労働者を釈放するように要求した。この三人は、爆発物を使って山の石を爆破したことで逮捕されたもの。《このあたりは、ジャカルタ市内の建設資材の石取りと、セメント材料の石灰岩が多いことで有名》

(11) スマランで若者たちの50団体が州議会事務所にデモをかけ、45年憲法とパンチャシラの実施、「新政策」政治への引責を要求した。《スマランの学生はまだ甘い。だからジャカルタ大学生から口紅やブラジャーを送り付けられるのだ。》

(12) 学生たちは虫よけローションを使うように。
学齢期の子供たちの46%がデング熱に感染している。各自が虫除けローションを使うようにと健康省が提案している。《医者に尋ねないと病名を教えてくれないので、発熱しても風邪なのかデング熱なのか不明》

(13) 刺青のオートバイ泥棒があざだらけにされた。
こいつ「ハサン」は、タンゲランで金曜日の昼に、金曜礼拝を装ってモスクに入り、礼拝が終わる直前に抜けだそうとした。この動きに疑惑を抱いた礼拝者が「どろぼー」と叫んだため、マスジッドの外にいた礼拝者たちが取り押さえた。他の礼拝者たちもハサンを取り囲み、服をはいだり殴ったりした。ハサンの友人が折りから礼拝に出席していた警官をに頼み込み、ようやくこの騒ぎは収まった。
《普段はおとなしいインドネシア人でも、このようにすぐに熱くなるのでご注意を》
《ラジオ》FMを流していたら交通ニュースをやっていて、その裏にはデモ隊が何かを叫んでいましたが、どこからの実況中継か、何を叫んでいたのかは聞き落としました。

《考察》
「数千人の大学生がデモ」が同日数箇所でおきたという記事があるが、そんなにたくさんの大学生が一つの大学にいるのだろうかという疑問が生じる。手元に統計資料がないので推定してみた。インドネシアのような人為的な影響が少ない国における人口構成はその1/3が15歳未満の若年人口である。すると、2.5億÷3=8千万人。これを出生年別に分けると 8千万人÷15=五百万人である。大学への進学率を5%とすると 五百万x 5% = 二万五千人。ジャワ島の人口はインドネシアの全人口の半分だから、大学生の数は 二万五千人/ 2 * 4 年間=五万人となる。ジャカルタにその1/3が集中していると仮定すると、大学生の総数は一万七千人となる。そのうち1/4がデモに参加しているとすると、参加者は四千人にしかならないという結論に達する。
新聞報道では数千人の大学生が同日同時刻に数箇所でデモを行なったと言っている。三千人が四個所で集会を開いたということになると、必要人員は合計一万二千人ということになってしまう。
ということは、@この計算中で仮定した係数が間違えているのか、Aデモ隊の中に大学生以外が沢山混じっているのか、B新聞報道でのデモ参加者数が過剰なのか。ということになる。
《余談》 最近ガジャマダ大学を卒業した同僚の話では、インドネシア大学やバンドン工科大学生の親たちは上流層が多いのに対して、同大学の学生たちの親は中低所得者層が多いため、自分たちの学資もままならない状況に追い込まれている。従って社会の変化に対して過敏にならざるをえず、社会低層の人たちの生活困窮問題にも共感し易い傾向があると言っている。(終)


1998/5/03

5/03のポスコタより  《》内は度欲の意見

(0) 「政治(社会)改革は2003年より後でなければならないというのは正しくない」という大統領の声明として通知を政府は出した。
《大統領が直接テレビに出ないのはどういう訳だ》

(1) 軍の政治社会部長が「社会改革は危険がたくさんある」と演説。
大衆の中で燃え続けている政治(社会)改革(reformasi)の要求は、本当に1998年度の国家の大方針(GBHN=Garis Besar Haluan Negara)の精神と既に軌を一にしていると軍の政治社会部長(Kassospol)はCilangkapの総司令部での講演の席上語った。政治面の改革では、例えば有権者の意識を向上させることや、経済面では贈収賄・縁故・血縁関係の汚職の追放を含めたパンチャシラ経済システムを重視すること、法務の面では強固でしっかりした、民主主義の元手の構成を目標とした法律システムの確立を目的とする、と語った。さらに、政府も我々も社会改革の要求を受け入れたくないとは思っていないが、変革と改新を希望することは、健全で安定したダイナミックな国家の安定ということから派生する安全に直接影響する。とも語った。

(2) ジャカルタで大学生と警備側との衝突で数十人の犠牲者が路上で発生。
5/02の広域デモで、大学生側では39人の、警備側では26人の負傷者が発生した。ラワンマングンの教育大学、ヤルシ、外国語大学では、一斉威嚇射撃、催涙ガス、投石などの応酬があった。この行動の際に、政府が2003年から始める社会改革について「長すぎる」と抗議した。東ジャカルタでは、言論の自由を広めるためにジャカルタ教育大学、ボロブドゥール大学、アッサフィヤ大学、ジャヤバヤ大学、イブヌゥ・シャドゥン大学、インドネシアキリスト教大学、スワダヤ大学(STIE)、ウンプタントラール大学からの数千人の大学生はジャカルタ教育大学のキャンパスに集結した。バリケードを構築した数十人の警備陣は道路に出ようとした学生を押しと止めることはできなかった。若者たちは道路いっぱいの500mの長さになり、徒歩でエールを叫びながら行進した。この行動は主婦を主とした住民たちから賛同を受けた。一方ジャカルタ警察本部副本部長は、連続射撃がデモ参加者を蹴散らすのに役立ったと語った。このデモで35人の大学生と12人の警備側が負傷。「警備側の過剰行動は遺憾である」と教育大学生代表は語った。グナダルマ大学、ジャカルタキリスト教大学、インドネシアキリスト教大学のデモ隊がインドネシア大学のデモ隊と合流しようと、外国語大学生の代表が警備側に許可を求めにいったが、その答えは頭部の出血であった。大学生は押しつ押し戻されつもみ合いになった。警備側との交渉の結果、合流はできなくなった。 第111高校から数十人の高校生が臨席した自由演台では、インドネシア大学の社会学教授は「大学生の闘争は現在の民衆の悩みと合致している。おまえたち、民衆の輝きとしてやることはなにか」と述べた。南ジャカルタでは直ちに社会改革を実行するよう要求するデモを行なった。アルクルアン大学、ムハマディア大学、IAIN大学の学生たちがポンドック・ラブゥのUPN(毎日前を通っているのに正式名称は不明)に集結した。同時に、ナショナル大学、IISIP、パンチャシラ大学生が集まり、レンテンアグン付近の交通が麻痺した。ここでポスコタ紙カメラマンのカメラが取り上げられフィルムを抜かれて返された。サトヤアガマ大学でも150人が集会を行なった。
《昨日は、その前に比べてずいぶん警備側の負傷者の比率が高いですね。》

(3) 石油燃料の値上げから低所得者たちを守れ。
「石油燃料と電気代の値上げは避けて通れないが、その時期と値上げ率については未決定」と鉱山エネルギー相は語った。これらには政府補助がついているがそれが巨額なため政府は値上げを避けられない状況にある。石油燃料の値上げは交通費の増額、食料品価格の上昇など生活の基礎となっている全ての分野に影響する。

(4) タンゲランの繊維工場の台湾女性管理職を追放要求
HamSumTexの労働者が数百人集まり、賃金未払いへの抗議行動がタンゲランで発生した。同時に利己的でどうしようもない台湾人女性管理職を台湾に追放することも要求した。この女性、シ嬢は、意味もなく怒鳴り散らしたり労働者達から反感を買っていた。この女性との衝突は従業員のほぼ全員が言っていることである。本誌の記者がインタビューを試みたが、社長に拒絶された。この賃金未払いはタンゲランでは先週だけで四番目。この前には水曜日にPT Rukun Tripilarが1500人と、PT Interworld Steel Mills Indonesiaで 350人を巻き込んだのを始め、 木曜日にはPT Masterina で1600を巻き込んだ。一方ジャカルタでは、PT Fafo Partindo Garmenが金曜日から土曜日にかけて100から200人を巻き込んだ。この抗議行動にはカリデレス警察が警備にあたっている。
《どこの国でも、人の心を分からない、愛情のひとかけらもない人がいて、こういう人たちは人間関係から本社にまずいられなくなるので、現地法人に左遷されます。このような「左遷組」が起こした事件だとも言えます。二十年間以上にわたる私の海外体験からでは、「客観的に見て」日本人より中国人の方に他民族蔑視の傾向が強いように思われます。私は中国人を蔑視していませんが。》

(5) 街頭楽士(町でギターを弾いてお金を貰う人たち)、物乞い、悪人が交差点に溢れている。路上での生活はますます困難になってきている。通貨危機の影響をもろに受けているこの人たちにインタビューした。
東ジャカルタのプロマス交差点にいる23歳のギター弾きピピンはこう語る。「物価が上がったと感じると一日の稼ぎも少なくなる」運転手付きの赤いホンダアコードの後部席に座ってネクタイをした若い男性に「通貨危機って何ですか」と尋ねたところ、ただ薄笑いを投げかえされただけだったと語る。ピピンの小学校時代の同級生のインディアントロも同じような悩みを抱えている。彼は闇で自動車の窓拭きをしている。「以前はRp500(\10)くれたんだけど、今では全然くれなくなった」と、午後二時までの収入はRp300(\6)だけ。町のたばこ売りも彼らの同列に入ってしまう。「何でも上がって、今ではネクタイをした人でも少ししか買わなくなった。以前は一日5から7箱は売れたんだが、今じゃ二箱を売り切るのも難しい」とハンドコ(18歳)はこぼす。たばこの売上金を食料に回してしまうので、資金が底を突いている。彼らは来月も仕事ができるのだろうか。
「もしみんな物乞いだったらどうすりゃいいんだ。じいさんの物乞いだっているしぃ」とオカマのオリエはいう。通貨危機ではない原因、サービスに満足しなかったスケベ男が、高速で走る車からオリエを放り出した後遺症で、オリエは鼻が曲がり、左首の傷がふさがったとともに首が左に傾いでしまった。かれらは経済の重圧をますます感じてきている。「毎月Rp35,000(\700)の店賃を払わなくちゃならない」と三人の子供を持つアチョクの言葉であった。大きい二人は学校を止めさせて物乞いをさせることにしている。三才の末っ子はいっしょに物乞いの練習を始めた。おかみさんは洗濯婦として働いている。オリエのオカマ仲間のエンダンは「この人たちが集まる場所はここの四つ辻と決まっているのよ」と言う。実入りがないので分けてあげるお恵みもないから、皆の結束もできない。「毎日知らない誰かがここに流れ込んでくる」とアチョクは語る。プロマス四つ辻の「いとこ」である。アチョクや彼の仲間たちの話では、新参者が強盗や暴行をやるのだ。「本当は、やつらはここに住みたいわけじゃなく、ただここで大金を手に入れたいだけなんだ」と続ける。「毎日の糧を見つけることで奴等を追っ払う考えなんて浮かばないよ」とマカサル出身のこの人は言っている。「悲しいかな、道端で恐れるものがなくなったというような『人間の権威』なるものもなくしてしまった。最大の恐怖は空腹だ。とどのつまり時々子供たちもいっしょに強盗しなくちゃならなくなる。嫌になっちゃうよ、まったく。道端の生活はどんどん厳しくなっていくんだ」と話してくれた。《このような人たちの人権を守るためにはどうしたら良いのでしょうか。東南アジアでもっとも通貨危機の影響が大きいインドネシアのジャカルタから》
《学校では人権問題に格好良いことを言って良い点を貰えても、このような貧民窟で実際に自分の一生を下層の人たちにささげることができるマザーテレサのような強固な意志を持つ人は、日本人からは出ないのでしょうか?少なくとも僕にはその決断力がありません》


1998/5/04

よろずインドネシアへの投稿
ガソリン代が明日5/05午前0時をもってRp700→Rp1,200に値上げされます。
現在15:00、クバヨランバルーのガソリンスタンドはどこも長蛇の列です。今から出かけても数時間待たされた挙げ句、HABISになりそうですから、慌てて出かけないことをお勧めします。
ガソリン代の値上げにともない、石油代やガス代が値上がりするでしょうし、さらにバス代や食料品の値段にも大きく影響を与えます。
先週末の大学生のデモが一段落したあとは、イブイブたちの「おしゃもじ」デモが盛んになるのではないかと推測します。裏でイブイブに操られているインドネシア社会はさらに混迷の度を深めていくのではないかと心配しています。


1998/5/05

時事通信ニュース速報
=商店街に投石−インドネシア=
 【ジャカルタ5日時事】学生デモが過激化し、社会不安が拡大しているインドネシア北スマトラ州の州都メダンで四日夜から五日朝にかけ、燃料価格や公共交通料金の値上げに怒った市民数百人が暴徒化し、商店街に投石するなど暴れた。
 目撃者などによると、暴徒はショッピングセンターに投石を繰り返し、一部で略奪を働いたほか、パトカーを含む車両九台に放火した。この騒ぎで、約百人が身柄を拘束され、多数が負傷したもよう。五日は治安部隊が市内全域で警戒に当たり、平穏を保っているが、ほとんどの商店は店を閉めている。
 メダンの在留邦人約八十人に被害はなかったが、現地の日本総領事館は騒ぎのあった場所に近づかないよう通達を出した。インドネシア政府は四日、燃料やバス、国鉄の運賃を五日から大幅に引き上げると発表。住民の反発が強まっており、全国で緊張が高まっている。
[1998-05-05-18:10]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ5日共同】ガソリン代や交通運賃などが大幅値上げされたインドネシアの北スマトラ州メダンで四日夜、値上げ反対のデモ行進をしていた数千人の市民や学生が暴徒化、警察車両や家屋などに放火した。目撃者によると、五日午後も暴動は続いており、負傷者も出ているもよう。国軍は兵士数百人を出動させ、鎮圧に乗り出した。 
 同国ではことし一月から二月にかけて、通貨ルピアの暴落による物価高騰などを背景に、ジャワ島を中心に各地で暴動が頻発。その後沈静化していたが、今回の大幅値上げをきっかけに今後、各地で暴動が再燃する恐れも出てきた。 
 人権擁護団体「法律援護協会」メダン事務所長などによると、暴動が起きたのは四日午後八時半(日本時間同日午後十時半)ごろ。デモ中の学生の一部が警官隊と小競り合いとなったのをきっかけに、市民らが警察車両や交番を襲った。その後、大部分が暴徒化し、車両数十台のほかデパートや家屋に放火するなどした。ガソリンスタンドが放火されたとの情報もある。  同事務所長は五日昼「暴動はまだ続いており、けが人もいるようだ。暴動を聞きつけメダン周辺から人が集まる動きもある」と語った。
 インドネシア政府は四日、財政再建に向けた補助金支出削減を目的にガソリン代やバス・鉄道などの運賃を五日から大幅値上げすると発表した。発表が突然だったことに加え、上げ幅が最大二倍と大きかったため、低所得層を中心に動揺が広がっている。
[1998-05-05-17:43]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ4日共同】インドネシア政府は四日、ガソリン代や電気料金、バス・鉄道などの公共交通機関の運賃を五日から大幅に値上げすると発表した。国際通貨基金(IMF)と四月に合意した財政再建計画に沿って、政府の補助金を削減するのが狙い。
 しかし、今回の値上げが長引く経済危機に苦しむ市民生活を直撃するのは必至で、低所得者層などを中心に反発や混乱が起きる恐れがある。
 発表によると、ガソリン代は現在一リットル当たり七百ルピア(約十一円)を千二百ルピアと約七○%の大幅値上げ。灯油も同二百八十ルピアが二五%値上げの三百五十ルピアになる。また、バスが五○―六七%、鉄道は最高約二倍となる。
 電気料金は五月分料金から基本料金を平均約二○%値上げし、さらに八月と十一月にもそれぞれ二○%値上げするという。クントロ鉱業エネルギー相は発表で「政府は現在、燃料費に約十六兆ルピア、電気料金に約十一兆ルピアもの補助金を支出している。(値上げは)国民の大きな負担となるが、これが最善の選択肢だ」と語り、財政再建に向け必要な措置であることを強調した。  
 インドネシア政府は、四月にIMFと合意した経済構造改革計画で、各種の補助金を段階的に削減し、今年十月をめどに撤廃する方針を確認していたが、これまで値上げ幅や時期は明確にしていなかった。
[1998-05-05-09:43]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ4日共同】アンタラ通信によると四日、インドネシアの中スラウェシ州パルにあるタドゥラコ大学など二大学で、学生が州庁舎に抗議のデモをしようとして治安部隊と衝突。学生の投石に対し当局は催涙ガス弾などを放ち、学生約三十人、兵士二人が負傷した。
 これに先立ちインドネシア国軍のウィラント司令官は同日、スハルト大統領と会談後、学生の反政府行動に対し「無政府状態を引き起こすような行動には、容赦ない措置を取るよう全軍団に命令した」と警告した。
 学生の政治改革要求が高まる中で、政府は四日にガソリンなど燃料や電気料金の大幅値上げを発表、市民の反発が学生運動と結び付き混乱が予想されるため、あらためて学生の動きをけん制したとみられる。
 タドゥラコ大学のほか、北スマトラ州メダンにある教育大学では、市民も加わり約三千人規模の集会を開いた後、街頭デモに入ろうとして、阻止した治安部隊とぶつかり、投石で兵士一人がけがをした。
 ジャカルタ西部のムルチュブアナ大学では、学生約五百人が政治改革を訴える集会を開いた。
[1998-05-05-09:41]

時事通信ニュース速報
=各地で暴動やデモ−インドネシア=
【ジャカルタ5日時事】国際通貨基金(IMF)との合意を受け五日から燃料価格や公共交通機関の運賃が値上げされたインドネシアでは、各地で抗議する住民による暴動や学生デモが頻発し負
傷者が続出する事態になっている。
 学生デモが過激化し社会不安が拡大しているインドネシア北スマトラ州の州都メダンでは、四日夜から五日朝にかけ値上げに怒った市民数百人が暴徒化し、商店街に投石するなど暴れた。
 目撃者によると、暴徒はショッピングセンターに投石を繰り返し、一部で略奪を働いたほかパトカーを含む車両九台に放火。約百人が身柄を拘束された。五日はほとんどの商店は店を閉め、治安部隊が市内全域で警戒。メダンの日本総領事館は約八十人の在留邦人に対し、騒ぎのあった場所に近付かないよう通達を出した。
 一方、ジャカルタのムルチュブアナ大学では、値上げの見直しを求め、学生約五千人がキャンパス前の路上でデモを行った。これに対し、鎮圧に当たった治安部隊がゴム弾や催涙弾を発砲し、学生十八人が負傷。学生も投石で応戦し、車両四台が破壊された。
[1998-05-05-21:03]

時事通信ニュース速報

 【シンガポール5日時事】五日のシンガポール外国為替市場で、インドネシア・ルピアは動意薄の中、一ドル=八○五○ルピア(前日は同八○○○ルピア)と小幅安で終わった。国際通貨基金(IMF)からの同国向け第二次金融支援が理事会で承認されたが、市場は織り込み済みとして反応薄だった。また、インドネシア政府が同日から燃料・電力料金を値上げしたことで社会不安が広がるとの懸念も台頭したが、市場のドル買い意欲が低迷していることもあって、大きなルピア売りもなかった。[1998-05-05-19:16]

5/05のポスコタからです。

(1)一面トップは石油燃料、電気料金、公共交通料金の値上げの話題。
昨夜は安いうちにガソリンを入れておこうとする人たちが路上で順番待ちをしたため、道路が大混雑した。石油燃料の新旧小売り価格は次の通り。自動車用ガソリン700→1200、灯油280→350、自動車用軽油380→600、航空機ガソリン(Avgas)420→600、ジェット燃料(Avtur)420→600、AB重油(?)(MinyakDiesel)360→500、C重油(?)(Minyak Bakar)240→350。
公共交通料金の新料金は次の通り。
市内バス:500、パタス:撤廃、ミクロ:600、タクシーとパタスAC:事業者と協議の上決定、中長距離バス:30/km、
鉄道39/km、電車(KRL)27.5/km
学生:100。バス料金が上がったことで、市民たちは「ワシラはハサンするのを待つばかりだ」と語る。《バス代は70%の値上げ、鉄道は100%の値上げとなっている》
この値上げは、石油燃料と電気料金への政府補助額がそれぞれ16.17兆、11.37兆ルピアに達し、政府補助が財政的に困難なため。ちなみにインドネシアの国家予算は140兆ルピアである。

(2)ハルモコ総裁が大学構内での社会改革への抗議行動を、社会的、民族的国家的人生を純化する意味があると、肯定的に評価した。
「インドネシア全土のキャンパスで起こった、特に経済と政治、法務分野での改革に関する要求行動は国民評議会(DPR)や政府の関心を得たからである」と語った。《ついに政府側も折れ始めたか?》

(3)ジャカルタ圏学生連絡会から人権委員会への訴えによると、5/2のデモで81名が重軽傷、5人が行方不明になっている。

(4)少なくとも40人のメダンの教育大学生がメダン教育大学で警備側と衝突。中高生をまじえた数千人のデモ隊は言論の自由を主張して、数百人の警備側のブロックを突破した。十数人の学生が負傷した。自動車が数台焼かれた。《メダンはジャカルタよりもずっと激しいですね。今度はジャカルタからメダンとスラバヤに飛び火する可能性も高い》
5)チビトゥンのトッパン・サンプルナ・インドネシア社で、人事部長が従業員に殴られて赤あざになった。人事部長のウィトノ35歳は顔を殴られただけではなく殺すと脅された。これは昨日の5月の給与支払い直後に発生した。これは前月までに支払った奨励金分を今月の給与から差し引く方式に変更したため、500人の従業員が怒ったもの。この会社はトッパン印刷の現地合弁会社。


1998/5/06

時事通信ニュース速報
=燃料費値上げに反発強まる=
 【ジャカルタ6日時事】燃料価格や公共交通料金が引き上げられたインドネシアでは、四日夜に北スマトラ州メダンで値上げに怒った住民が商店を襲ったのに続き、五日にはジャワ島中部ジョクジャカルタで学生と治安部隊が衝突。不満の高まりから、騒ぎの拡大が懸念されている。住民の間では、厳しい経済情勢の中で犠牲になるのは常に自分たちだとの意識が根強く、政府の施策に反発が強まっている。
 ジョクジャカルタでは、五日午後から住民が街頭に繰り出し、タイヤを燃やしたりして暴れた。このため、治安部隊が出動し、いったん収まったものの、深夜になって再び住民が暴徒化し、信号機や公衆電話を破壊したり、車両に放火した。人権団体の法律扶助協会によると、この騒ぎで五十人が身柄を拘束され、三十人が行方不明になった。 一方、メダンでは、六日も車両への放火や商店への略奪が相次いだ。市内各地で治安部隊が暴徒を追い回し、散発的に威嚇発砲している。目撃者によると、頭などを撃たれた四人が病院に担ぎ込まれたという。 
 インドネシア政府が燃料価格の引き上げに踏み切ったのは、国際通貨基金(IMF)による支援条件の一つである燃料補助金削減の実行のためだ。しかし、同国の消費者物価は今年に入り急上昇。今回の措置により、物価がさらに上昇するのは確実で、国民が不満のはけ口として、今後も暴動や略奪などの暴力行為に訴える可能性は大いにある。
 値上げされた燃料のうち、特に住民の生活に影響を及ぼしているのが灯油だ。貧困層は、比較的低価格の灯油に大きく依存している。今回の値上げでは、ガソリンが七一%引き上げられたのに対し、灯油はリットル当たり二百八十ルピア(約四・五円)から三百五十ルピア(約五・六円)と二五%の値上げに抑えられた。ところが、便乗値上げに踏み切る商店も現れ、メダンの住民は「商店は灯油を売り惜しみし、売ってもリットル当たり八百ルピアから千ルピアの値をつけている」と不満をぶちまけている。
[1998-05-06-20:37]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ6日共同】インドネシアのジャワ島中部、ジョクジャカルタで五日、学生デモが市民を
巻き込んだ暴動にエスカレート、同日夜から六日朝にかけて華人系商店などが襲撃された。
 ジャワ島での大規模暴動は約三カ月ぶりで、スマトラ島メダンで断続的に続く暴動も三日目に入った。根強い政治不信と経済危機を背景に、公共料金の突然の大幅値上げをきっかけに始まった暴動は、各地に広がる動きを見せている。  
 人権擁護団体「法律援護協会」のジョクジャカルタ事務所などによると、いくつかの大学から参加した学生グループは「スハルト大統領打倒」などと訴えながら街頭デモを強行、一部が路上でタイヤを燃やした。
 これをきっかけに一般市民を含め約一万人が暴徒化し、華人系商店を襲ったり、公衆電話を破壊するなどした。混乱の中、報道関係者や赤十字の車なども破壊されたという。  
 警官や軍兵士多数が出動し、催涙ガスや威嚇射撃などで鎮圧を試みたが、暴動は六日午前五時ごろまで続き、十二人ほどが負傷した。逮捕者の数は不明。ジョクジャカルタ市内は五日夜に停電となり、同事務所関係者は「暗やみの中で暴動が続き、まるで戦争のようだった」と語った。
 四日に暴動が始まったメダンでは六日も華人系商店などが襲われ、地元警察によると、これまでに計約百六十人が逮捕、拘束された。日本大使館メダン総領事館によると、六日は市内にある商店の約九割が休業している。  
[1998-05-06-17:20]

5/06のポスコタより
(1) 乗客新料金を拒否、バス運休。石油燃料値上げに伴う新料金に怒った乗客が小型バス(angkot & Mikrolet)の料金不払いを起こしたため、これらの数千台のバスが運休した。小児と学生料金は据え置かれたたため、これらのバスが乗車拒否を起こすことが考えられ、軍用トラックで学生たちの輸送を計画している。《大衆のことを配慮してか?政府は打つ手がないようだ》

(2) メダンが煮えたぎっている。メダン市で数千人の群集が理性を失い、数十軒の商店と自動車、オートバイなどを燃やし、華人(WNI keturunan)商店から強奪を行なった。この行為は市の周辺部から始まり中心部まで達した。月曜日晩に発生したこの社会不安は11歳の子供まで焼き殺すことになってしまった。ブアナプラザショッピングセンターも投石の的となり、大きく破壊された。《やはりジャカルタよりメダンが燃えている。これは、この地域の部族の民族性によるものもあるが、「反ジャワ」という意識も底流にある。ここ十年以上にわたってメダンにはジャワからの移民が流れ込んできている。》

(3) 石油燃料と電気代の値上げが引き金になり、大学生の社会改革の要求がさらに燃え上がっている。それに伴い、警備側との衝突が増えている。メルチュ・ブアナ大学の前では、警察の少佐が大学生に殴られ左大腿部に内傷を負いズボンを破かれた。この衝突で12人の大学生がゴム弾で負傷。16人の職員も負傷し数台の自動車が焼かれた。《他にもデモのニュースはあったが割愛する。》

(4) 二人の大学生が社会改革の要求を政府が受け入れるまでハンストを行なっている。

(5) 「社会改革」は大衆の願いであるとハルモコは語った。《ハルおじさんは最近妙な発言が多い》

(6) 数千人の売春婦が街頭で営業している。ジャカルタ市社会部発表のデータでは、以前2,670人となっていた売春婦がさらに260人増えた。増えた分は概して16歳の少女で、平均の料金はRp125,000とのこと。彼女らはほとんどジャカルタ以外の出身。通貨基金が始まって以来、赤線地帯のKramat Tunggakではあいている家が無いほどになった。この地帯では1800人が270軒に住んで営業している。出身地の内訳は、西ジャワ1093人、中部ジャワ356人、東ジャワ238人、ジョグジャ5人、ジャカルタ26人、残りはジャワ島以外。《ここにも経済危機が影を落としています。AIDSの危険があるのでご注意を!》


1998/5/07

時事通信ニュース速報
 【ジャカルタ7日時事】インドネシアのウィラント国軍司令官兼国防治安相は七日、記者会見し、学生の要求する改革は既に、政府の検討事項に含まれていると述べ、抗議行動を中止するよう要請
した。 同司令官はこの中で、学生が掲げている政治・経済改革は国軍も支持していると指摘。デモを行う必要はないとの見解を示す一方、改革は憲法に沿って徐々に実行すべきだと語った。
 一方、メダンの騒動について「これはデモではなく暴動だ。このため、わたしは法にのっとって断固とした措置を取るよう指示している」と強調、暴力行為を厳しく取り締まる方針を明確にした。
[1998-05-07-21:40]

時事通信ニュース速報
【ジャカルタ7日時事】インドネシアのスハルト大統領は七日、外国メディアはインドネシアの悪いニュースを「大げさに報じ過ぎる」と述べ、外国報道機関を批判した。同大統領は、外国の新聞社 やテレビ局が経済危機などインドネシアの負の側面を強調し過ぎるため、国際社会における同国の信用を傷つけていると語った。
[1998-05-07-21:01]

共同通信ニュース速報
【ジャカルタ7日共同】暴動の再燃で社会不安が増大するインドネシアで、四日に暴動が発生以来、散発的に商店襲撃が続いていたスマトラ島メダンの騒ぎは七日午後までに、ほぼ沈静化した。    しかし、自動小銃を手にした治安部隊が装甲車でパトロール、市内一帯を制圧したが、襲撃事件の再発を恐れ商店のほとんどが店を閉じるなど、依然として緊張した空気に包まれている。    メダンの地元紙ワスパダは、一連の暴動で六人が死亡、うち一人は治安当局による発砲によるものと報じている。    スハルト大統領は七日、ジャカルタでの会合で「外国のマスコミは、インドネシアの至る所で暴動が起きているように誇張して報道している」と批判した。   メダンからの情報によると、六日夜から七日朝にかけて、市内東部に集中する華人商店の一部が暴徒に襲われ商品が略奪される事件が散発的に続いたが、治安部隊が増強され、七日午後まで に騒ぎはほぼ静まった。メダンを離れてジャカルタなどに避難する華人の家族も急増している。  一方、五日から六日にかけ暴動が起きたジョクジャカルタも七日、平静さを取り戻した。市内の数大学で学生集会が予定されていたが、当局の強硬姿勢を配慮してか取りやめたところが多かっ た。
1998-05-07-19:20]

平成10年5月7日
総領事館からのお知らせ 総98第12号
 今週初めより、北スマトラ州のメダン市において、暴動が発生しておりますところ、ジャカルタ在住の邦人におかれても、ここしばらくはメダンへの不急不要の訪問は控えられることをお勧め致します。
 また、燃料、公共料金等の引き上げに伴い、今後経済情勢が困難さを増すことも考えられますところ、以前から各地で続いている学生デモが激しさを増す可能性や、メダン以外の地方でも暴動が起こる可能性も排除されません。邦人の皆様におかれては、一層の注意を払われるようお願い致します。
大使館・総領事館代表電話番号:021−324308
------------------------------------------------------------------------
平成10年5月1日
総領事館からのお知らせ 総98第11号
1.最近、国内の多くの都市の大学構内を中心に、学生デモが行われています。一部の大学では、構外へ出ようとする学生とそれを抑えようとする治安当局との間で衝突が発生し、負傷者が生じる事件も起きています。

2.当館が得ている情報では、明日(5月2日)、ジャカルタ市内の数カ所の大学を中心に、大規模な学生デモが行われる可能性があります。その際、一部の学生は、大学構外でのデモ活動を行うことも検討している趣です。
 つきましては、外出される際には、大学キャンパス及びその周辺(大学近くのバス・ターミナル等人出の多いところを含む)に近づかない等の注意を払われるようお願い致します。
大使館・総領事館代表電話番号:021−324308
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平成10年4月29日
総領事館からのお知らせ 総98第10号
1.インドネシア保健省の発表によれば、昨年11月より本年4月17日までにデング熱の感染者数は12,072名(うち死亡者397名)で、感染者発生地域は西ジャワ州、南スマトラ州、南・北・中部・南東スラウェシ州、ジャンビ州、 東チムール州、西ヌサトンガラ州、マルク州、ジャカルタ首都特別州です。
2.ジャカルタ首都特別州保健局の発表によれば、4月9日同州内5つの行政区において、デング熱の媒介となる蚊の発生場所に対する殺虫剤の大量噴霧を行いました。また、今後要請があれば、どの地域においても即日、殺虫剤噴霧を実施する由です。
なお同局の発表によればジャカルタにおける感染者の感染場所の内訳は、学校31.5%、家屋30.5%、公共の場所27.6%であり、感染者の年齢別の内訳は5歳から14歳までが46.1%、15歳から45歳までが35.5%となっています。

デング熱は、病原菌ウイルスを持っている熱帯縞蚊又は一筋縞蚊に刺されることによって感染しますが、予防薬はありませんので、蚊に刺されないようにすることが肝心です。感染すると突然の発熱、激しい頭痛、眼球深部に痛み、関節や筋肉痛、発疹が現れ、回復期に疲労感と鬱状態が続きます、死亡率は高くありませんが、小児が感染した場合のデング熱については治療しないとショックを起こしやすく死亡率も40ー50%になります、いずれにしろ、軽視しないで適切な治療を受けることが大事です。
以上
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5/07のポスコタより
1.昨日、国防大臣ファイサルタンジュンは、大学生の抗議行動がキャンパスの外で行われない限り、軍はそれを禁止しないと語った。しかし、キャンパス外で法律に抵触する行動を取ったら、取り締まりを行なう。《だんだん軍も腰を引いてきたようだ》
2.メダンで大暴動、数百件の商店を破壊。メダン郊外の暴動は引き続き発生している。水曜の晩も、メダンから30km離れたプナンポガン市場が数百人の暴徒によって全焼した。出自不明の暴徒達はルブクパカムも焼くという行動に出た。この影響でたくさんの商店が営業を取りやめている。暴動に参加した者は華人商店を略奪している。ルブクパカムのショッピングセンターは全く麻痺状態である。ポスコタの連絡員によると、この暴動は、石油燃料の値上げが引き金になったとのこと。《出自不明なのはsetan gundulの仕業か?》
3.庶民の足のKopajaとMetrominは今月いっぱい持ちこたえられれば良い。新料金では経営が成り立たないので来月は倒産するみこみである。この大きな理由は、学生料金のRp100にある。《ジャカルタ南部のangkotはこの料金では学生にたいして乗車拒否を行なっているとのこと》
4.16名の大学生が国家人権委員会に、5/02のデモで81人の犠牲者が出たことを5/05に提訴した。
5.国立ファトマワティ病院の調べではデング熱は峠を越した模様。
6.通貨危機の影響で、ブカシの売春婦が激増している。《「二号さん」で食っていた女性たちが、旦那の収入現象に伴い離婚されて、食い扶持を探しているためか。》
7.メダンのスタジアムのフ゜ロサッカー試合で投石などの暴動が発生した。《メダンのおまわりさん達も大変である》
8.過日誘拐されて現在亡命中のピウスラナンを米国議会で証言させるために召喚すると、インドネシア人権協会のパスカ・イリヤント副理事長が記者会見で発表した。この証言は5/07木曜日現地時間12:30に行われる予定。


1998/5/08 

共同通信ニュース速報
【ジョクジャカルタ8日共同】五日から六日にかけて一万人規模の暴動が起きたインドネシア・ジャワ島中部のジョクジャカルタで、政治改革を求めるデモ隊が暴徒化したことに、学生の間で動揺が広がっている。市民のデモ参加は支持の広がりを示す半面、統制のとれない群衆を生んで重軽傷四十人以上という事態を引き起こしたからだ。
 一部の大学では八、九両日もデモを実行する予定だが、学生幹部は「軍に本格介入の口実を与えることになる」と、参加者に自制を呼び掛ける方針だ。
 学生や市民らの話によると、当初数百人規模で始まった学生デモに別グループや一般市民が合流し、行進するうちに数が膨らんだ。
 高校生や主婦など幅広い層がデモに参加したが、失業者や犯罪者もおり、簡単に暴徒化。「単なる不満爆発の場に利用された」(学生)側面があるという。
 政府は「学生運動は無政府状態化している」と非難、国軍司令官は七日「(暴動には)断固たる措置を取る」と警告した。
 これに対し学生らは「われわれが望むのは平和的な政権委譲」「挑発したのは治安当局側」などと強調する。
 全国有数の学生運動の拠点でもあるガジャマダ大の学生組織幹部は「軍は常に介入の機会を狙っている。しかし、市民参加は学生運動への支持表明でもあり、排除はできない」と、対策に苦慮している様子だ。
[1998-05-08-08:14]

5/08のポスコタより
(1) ウィラント司令官は、木曜日に、つい最近大学生が目指してもえている社会改革に関して軍内部の意見をまとめるためのティームを近いうちに編成すると語った。《失踪者調査といえこの件といえ、ABRIは一体どうしたの?》

(2) ジャカルタ−ボゴール街道三時間にわたり数千人の大学生デモ隊と警備側の衝突のために閉鎖さる。ジャカルタとその他の都市で、石油燃料と電気料金の値上げに抗議するデモが行われた。帰宅する数千人のジャカルタ・ボゴール住民たちはこのために約三時間立ち往生させられた。ジャヤバヤ大学の工学部で始まったこの抗議行動は昼まで続き、昼の礼拝はそれぞれ道路際で行なわれた。道路に礼拝の声が満ち、最初は見ていただけの近隣住民も礼拝に加わるようになった。昼の礼拝が終わった後、大学生と近隣住民は社会改革のエールを叫びながら道路を行進し、デポックのグナダルマ大学に向かった。警備側は威嚇射撃を行ない、デモ隊は四散した。この事件で大学生13人が負傷し、ボゴール街道は三時間にわたって閉鎖された。その他にはラワマングンの教育大学、スマラン市のディポネゴロ大学、バンドン、バニュマス、パダン、パレンバンなどで数千の大学生が警備側と衝突した。《「軟弱」ウンディップ生もやっと立ち上がったようだ》

(3) スマトラのパダン・シアンタール両市で暴動が発生した。《この両市での暴動発生はこのところはじめての情報》パダン市では七万五千人のデモが発生し、longmarchと投石などを行なってディスコティックを破壊し酒を放り出した。デモの参加者は、大学生のみならず、高校生中学生に混じって一般大衆まで含まれていた。

(4) 一時$1=Rp10,000に達した。その後、値を戻した。


1998/5/09 

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ9日共同】公共料金の大幅値上げをきっかけに社会不安が高まっているインドネシアで、暴動やデモの頻発に国会議員らが危機感を募らせ、スハルト大統領に従順なはずの与党議員から事実上の「内閣不信任」発言が飛び出すなど、政権内で不協和音が起きている。
 地元紙などによると、八日に開かれた国会の貿易やエネルギー問題などに関する委員会で、与党ゴルカルのプリオ議員は「値上げが撤回されなければ国民の痛みを和らげることはできない」と政府を強く非難。
 「撤回できなければ、われわれ議員か内閣が総辞職すべきだ」と事実上の「不信任案」を突き付けた。
 国会議席の八割近くを占めるゴルカルは、スハルト政権の強力な後ろ盾。普段なら政府決定を承認するだけの審議はこの日、午前九時から深夜十一時まで続いた。
 野党議員も「政府は銀行救済には巨額資金を支出しながら、大多数の国民に影響がある補助金支出を削った」などと批判し、責任追及の大合唱となった。 
 政府側のクントロ鉱業エネルギー相は、値上げ政策決定で事前に議会の理解を得なかったことは謝罪したが、撤回については「わたしの一存では返答できない。大統領に伝える」と逃げの姿勢に終始した。
 政策決定の最高責任者であるスハルト大統領は、発展途上国の十五カ国グループ首脳会議出席のためカイロへ出発する直前の九日午前、「決定は考慮の結果」と撤回の考えがないことを強調。通貨ルピアの再下落傾向やデモ頻発などの現状が変わる兆候はなく「このままでは国は破滅に向かう」(国会副議長)との危機感は高まるばかりだ。
[1998-05-09-18:23]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ9日共同】公共料金の大幅値上げをきっかけに社会不安が増大しているインドネシアでは、国家体制のかなめを自任する国軍が暴動やデモに対する取り締まりを強化している。九日にはスハルト大統領がカイロで開かれる発展途上国の十五カ国グループ(G15)首脳会議出席のためインドネシアを離れる予定で、留守を守る国軍は威信をかけ治安維持に懸命だ。
 四日の暴動発生以来、国軍は商店略奪などが最も激しかったスマトラ島メダンに軍最高責任者であるウィラント司令官自らが出向き、現状を視察。精鋭部隊の陸軍戦略予備軍も派遣するなど、沈静化にほぼ成功した。 
 同司令官は、各地の暴動の引き金となった学生デモについても「学生運動の域を超えた」と警告。首都ジャカルタでは八日、政治改革などを求め国会前に座り込んだ学生約三百人を治安部隊が拘束するなど、締め付けを強めている。
 しかし、交通運賃の最大二倍値上げなど市民生活の苦しさは増す一方で、通貨ルピアも再び下落傾向にあり、国民の根深い不満は解消されていない。「兵士も生活苦にあえぐ国民の一人。現状への思いは同じ」(学生運動幹部)という状況で、国軍の強硬策が逆効果を招くことを懸念する声も上がっている。  
[1998-05-09-10:58]

共同通信ニュース速報
【ワシントン8日共同】米国防総省当局者は八日、インドネシアの治安情勢悪化を受け、米軍とインドネシア軍が同国内で実施中の共同演習を中止、十七人の米特殊作戦部隊員を沖縄のトリイ基地に引き揚げさせる命令を出したと述べた。
 当局者は、この決定は反政府デモがエスカレートしているインドネシアの現情勢下で軍事演習を行うのは適切ではないとの判断によると説明。スハルト政権の強圧的なデモ鎮圧作戦などへの「抗議の表明ではない」と強調した。
 また、演習中止措置は参加米兵の保護が目的のほか、インドネシア軍も治安出動などで演習に集中できる状況にないと指摘した。 
 この共同演習は両軍兵士の訓練とともに、インドネシア軍に「軍事面での人権尊重」を習得させることを目的に実施。今回は今年に入って四回目で、五月一日から始まった。計九十五人の米特殊作戦部隊員が参加する予定で、既に同国入りしていた十七人に引き揚げの命令が出された。
 当局者は、今年中にあと六回予定されている演習計画は、情勢を見ながら「ケース・バイ・ケース」で判断すると述べた。
 インドネシア軍との共同訓練については、かねてから米議会の一部から強い反対論が出ていた。
[1998-05-09-09:32]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ8日共同】政治改革を求める学生運動や暴動が拡大するインドネシアで八日、首都ジャカルタの国会前にイスラム系大学の学生ら約三百人が民主化などを要求して座り込み、治安当局の解散命令を無視したため、全員が身柄を拘束された。
 中ジャワ州ソロでは「三月十一日大学」に集まった学生二千人が街頭デモを強行して治安部隊と衝突、ゴム弾の発砲などで約百三十人が負傷した。
 当局はこれまで、国会前での市民らの抗議行動を黙認してきたが、学生運動が全国に拡大、スマトラ島メダンなどの暴動が各地に波及する動きがあることから、大量拘束の強硬方針に転じたとみられる。
 国軍のウィラント司令官は七日、メダンで起きた暴動について「もはや学生運動の域を越えている。(商店襲撃や略奪行為は)犯罪であり、断固とした措置を取る」と語り、政府に対する学生らの抗議行動を徹底的に取り締まる姿勢を示していた。
 国会前で拘束された学生のほとんどは、各地にあるイスラム大学の学生組織ムハマディヤ学生連合の所属で、イスラム教徒を巻き込んで学生側が抗議行動を激化させる可能性が出てきた。
 学生らはスハルト政権批判の横断幕を掲げながら国会前までデモ行進、国権の最高機関である国民協議会を開き、政治改革に取り組むよう訴えながら、座り込みに入った。国会前では八日、約五百人の治安部隊が警戒に当たっていた。
 ジャカルタではこの日、ジャカルタ教育大学で、学生がスハルト大統領を汚職、殺人罪などの被告に見立てた模擬裁判「特別国民法廷」を開き、一九六六年当時に大統領が反政府の立場を取る国民の大量殺害を命令、また東ティモール併合に絡んで東ティモール住民数十万人を殺したと追及、死刑の判決を下した。
[1998-05-09-08:07]

事通信ニュース速報
 外務省は八日、政府の経済政策に反発して学生や一部市民のデモや暴動が起きているインドネシアへの渡航に改めて「注意喚起」を行い、
1群集の集まる場所に近づかない
2外出中に不測の事態が起きた場合は、ホテルや自宅で待機する−ことなどを呼び掛けた。
 同省は、四日から六日にかけて暴動があったメダン以外の地方でも暴動が起きる可能性を指摘している。
[1998-05-09-00:41]

時事通信ニュース速報
=インドネシアの混乱拡大=
 【ジャカルタ8日時事】インドネシアのジャワ島中部ソロにある国立「三月十一日大学」で八日、反政府デモを行っていた学生と治安部隊が衝突、学生百人以上が病院に運ばれた。一方、暴動が続いた北スマトラ州メダン周辺では、住民が暴徒化する騒ぎが断続的に起きており、暴動の飛び火に懸念が強まっている。
 目撃者によると、三月十一日大学では学生ら約五千人が街頭デモを行おうとしたため、治安部隊と衝突。治安部隊が催涙弾やゴム弾を発砲したのに対し、学生も投石で応じた。地元記者によれば、ソロでは七日にも別の大学で衝突が起きている。
 また、メダン近郊のプマタンシアンタルでは七日から八日朝にかけ、公共料金引き上げに怒った住民が商店に投石するなどして暴れた。暴徒は商店に投石を繰り返す一方、乗用車やバイクに放火、一部は商店を略奪した。八日午後になって沈静化したものの、治安部隊が厳重に警戒しており、人通りはほとんどないという。 メダンは七日に続き、八日も平穏が保たれた。しかし、ほとんどの商店は店を閉めたまま。住民の中には暴動の再発を警戒し、自警団を組織する者も現れた。四月末以来、閉鎖されていた国立北スマトラ大学は八日に再開され、学生がデモを行ったが、キャンパス内にとどまり、混乱はなかった。
 一方、ジャカルタでは学生約三百人が抗議行動をするために国会に入ろうとし、治安当局に身柄を拘束された。また、教員養成大学ではスハルト大統領の責任を追及する模擬裁判が開かれ、国民を犠牲にして一族や側近に富を集中させたなどとして、「極刑」が言い渡された。
[1998-05-08-21:21]

共同通信ニュース速報
 【メダン(インドネシア・スマトラ島)8日共同=横山司】今月四日から三日間続いた住民暴動で死者を出したインドネシア第三の都市メダンは八日、市内全域にわたって商店がシャッターを下ろしたままで、暴徒による襲撃を避けるために赤と白のインドネシア国旗を軒先に出した店も多く、さながら国民の祝祭日の様相を呈している。
 暴徒への実弾発砲も辞さない強硬姿勢で暴動を押さえ込んだ軍は、公園などにテントを張り野営しているが、街頭に兵士の姿は少ない。 
 道行く住民の表情もさほど緊張しておらず、中国系住民経営の商店を標的とした暴動には慣れっことなっている余裕をうかがわせた。  
 広い市内を車で走ると、各所に焼け落ちた商店や車、窓ガラスに投石による多数の穴があいた銀行などが目につくが、異様なのは、多くの店が二階の窓からイスラムの礼拝に使う小さなじゅうたんを垂らし、イスラム教徒であることを誇示して襲撃を避けようとしていることだ。中国系住民の大半は仏教徒かキリスト教徒で、イスラム教徒はごく少数だからだ。  
 緑の多い市中心部に豪壮な邸宅を連ねて中国系実業家らが住む一角はひっそりと静まり返り、人影はまばら。近くにある高級ホテルには、四日から中国系住民が一家総出で避難場所を求めて殺到。八日も二百以上ある客室の六割が地元中国系住民で占められている。
[1998-05-08-20:12]

共同通信ニュース速報
 【ジョクジャカルタ8日共同】インドネシア・ジャワ島中部のジョクジャカルタで五日から六日にかけて起きた大規模暴動で、大学生や高校生、商店主ら七人が行方不明になっていることが八日、人権擁護団体「法律援護協会」ジョクジャカルタ支部の調査で分かった。 
 七人は暴動沈静化から丸二日過ぎても家族に連絡がない。逮捕などを恐れ自ら身を隠している可能性もあるが、同支部は「治安当局にら致された可能性がある」と所在確認に全力を挙げている。  
 調査によれば、五日夕から六日未明にかけ、警察や軍の治安部隊、一万人以上が参加した政治、経済改革を求めるデモ隊に解散を命じた。しかしデモ隊が命令を無視し暴徒化したたため、ガス弾を発射したり参加者や周囲にいた市民を無差別に拘束した。 
 暴動が収まった六日午後から「家族が戻って来ない」との報告が同支部に相次ぎ、調査を始めたが、七人は警察の拘束者や病院の入院者のリストに含まれておらず、友人宅などでも見つからなかった。  
 インドネシアでは民主活動家らの不明事件が相次いでおり、支部関係者は「警察など当局がひそかに尋問している可能性も残る」と話している。
[1998-05-08-11:44]

5/09と5/08のポスコタより
【記事訂正】 5/07に送信の記事中の失踪して帰還した人の名前を「ピウスラナン」と書きましたが、正しくは「ピウス・ルストリラナン」ですので、ここに訂正します。

【5/08のポスコタ】
(1) 1面トップのマンガ:坂道を転がり落ちようとしている「生活の重荷」というボールを「大衆」の三人が押して転がり落ちないように止めていましたが、そのうち二人が重荷に耐え切れず跳ね飛ばされてしまい、残りの一人が必死に押さえています。もう耐え切れずに体中が震えはじめています。坂道には下に向かう方向板があり、それには「失業」と書いてありました。

(2) 小さいながら興味ある記事が二つありましたので紹介します。
★ 売春窟と薄暗い屋台が暴徒に破壊された。これらは二人の家主が所有しているもので、そのうち一人の妻が暴徒に襲われ怪我。この影響で近隣の同家主の持っている二十所帯の借家も窓ガラスと扉が投石で破壊された。この騒ぎは住民が恐怖(何に対するものかは記載されていない)で逃げ出したことから発生した。売春婦がその借家に住み着いているという推定から大衆がこれらの家屋を破壊したもの。
★ ジャカルタ西郊外のスルポンにある歓楽街が暴徒に襲われ、貴重品と現金を盗まれたとスルポン警察に届け出た。この破壊活動はいくつかの建物に対して行われ、その犯人はすでに逮捕されている。
《こういう事件だと、被害者に対して警察はおろか一般大衆までだれも同情しない。「貧乏人から(売春婦)からカネを巻き上げやがって、ざまー見ろだ」と思うだけである。売春婦にも同情しない。それは、不特定多数とのセックスをコーランで固く禁じている教えが底流にあるからだろう。だから、このようにハラム(禁止)されている商売をやっている人たちの財産は取られっぱなしになる。かわいそうなのはいったい誰だろうか?》

(3)  結婚紹介所とテレクラの広告が混じって掲載されているので、真面目な紹介所も「その手」かと疑ってしまう。テレクラの新聞広告が最近増えてきたようだ。

【5/09のポスコタ】
(1) 一面トップは「DPRか内閣全員が辞任するか。DPRは石油燃料(BBM)と電気料金の値上げに関する大統領令を失効させる」とある。《一体どうなっちゃってんの??》
DPRの第五委員会(Komisi)は、通貨危機のこの時期は大衆に負担をかけるだけゆえ、BBMと電気基本料金の値上げを通達した大統領令(Keppres)69号と70号を失効するように政府に要求した。

(2) ジャカルタ特別市議会(州議会に相当)の四会派は、ジャカルタ知事から提案された6月からBBMに課せられる5%の税金法案を拒否した。

(3) 北スマトラ州警察本部長が突然更迭された。
この更迭はここ数日の暴動に関係しているものと思われる。暴動の最中に警備側が大学生を追いかけている間に起きたボビー君(11)の焼死は経費側に原因があると目撃者は語った。また女子大学生に対する警備側の性的嫌がらせも目に付いた。新本部長は着任の演説の中で「組織にとって、私自身にとって、そして大衆にとっても最良なように形作りたく希望する」と語った。この暴動はメダンからLubuk Pakam, Tembung, Tanjung Morawa, Batang Kuis, Rantau Prapatに、最後はPematan Siantarにまで達した。

(4) (大きな写真入りで)ジャカルタのムハマディア大学生約500人がDPRに無言デモ。
1998年の国民評議会でたくさんの間違いを起こした事に対して国民に謝罪せよという要求書を手渡した。これ以外には、直ちに賄賂・コネ・閨閥主義をなくすために社会改革に着手することを要求した。

(5) 軍はクーデターを行なわないだろうと国民評議会副議長のシャルワンハミッド中将は語った。軍には「その単語」がないので、クーデターは多分行なわないだろう。「軍にあるのは憲法に基づいたメカニズムだけである」と語った。シャルワンは大学生たちと種々の会見を行ない、個人的に国家の指導や改革について尋ねられていたともらした。クーデターの件に関して、原則的に軍は憲法にしたがって常に歩を進める。それゆえ、指導が必要な時には軍との意見が一つになろう。「軍はクーデターも起こさないし、最高司令官にも反抗しない」と語った。今後の大学生の社会改革要求を心配して、国家の指導性の地位の問題に触れないでは社会改革は実行できないだろうと、シャルワンは語った。憲法的社会改革の方向へ持っていくように軍はこの経済危機の中で努力する。それゆえ意見にさが出た場合に大衆の意図を橋渡しするのが軍の責務である。とも語った。

(6) 最大政党のゴルカールは大統領の任期を制限することに賛成した。国会議長のハルモコは、大統領の任期を2003年以降、五年で二回までに制限することに賛成したと語った。ハルモコはスカルノとスハルトを歴史上の偉人として、スカルノを(独立の)宣言者、スハルトを国家建設の実行者として評価した。ハルモコの言では、ゴルカールは大統領権限を制限する方向により傾いている。《「毎日うそつき君 = hari2 omong kosng」にもこう言われちゃどうしようもない。》

(7) (小さい記事で)スハルトさんは「メダンをはじめとして数箇所で発生した暴動は人権に反している」と語った。情報相は「警備側によるものと思われる人権侵害に焦点を絞るだけではいけない。より大きい人権侵害は無視されることになる。大統領は、われわれが民族と国家のより大きな重要事項のための対策を取るように希望している」と語った。

(8) 数百人の北スマトラ大学教員・学生が大学校内で集会を開き、大衆が必要としている件に関する大学生の声を軍が支持するように要求した。

(9) 1759人のインドネシア人不法就労者をマレーシア強制送還するのに海軍艦船を使う。これらの就労者の出身地は東ジャワ州859人、西ジャワ州28人、中ジャワ州185人、残りはその他。
レンバールで西ヌサトゥンガラ州出身者549人、東西ヌサトゥンガラ州出身者66人を下ろすことにしている。

(10)  スラバヤで医師看護婦が路上デモを行なう。
大学生だけではなく、スラバヤのストモ病院の医師・看護婦・その他の職員の四千人が病院の二つの門をぶち破り、昨日街頭デモを二時間にわたり行なった。彼らは横断幕を持って薬価引き下げBBMと電気料金さらに生活基礎物資(sembako)の値下げを要求した。スラバヤだけではなく、木曜日の昼間にはバンドンのいくつかの国立大学の教授が数都市の数千人の大学生のデモを支持する宣言文を作成した。バンドン工科大学(ITB)、ガジャマダ大学(UGM)、ボゴール農科大学(IPB)、アイルランガ大学(Unair)、インドネシア大学(UI)の教授たちがITBに集まり、経済的、社会的、政治的問題に関する宣言文に署名した。

(11) 西スマトラ州パダン市役所に投石。
街頭をデモしたIAIN イマムボンジョル大学生は市役所に投石の雨を降らせ建物の窓ガラスと駐車中の自動車の窓ガラスを割った。リアウとランポンの大学生の五千人が教育大学に集結し、賄賂、コネ、閨閥主義を止めて清潔な政治を行なうこと、BBMと電気料金の値下げを要求した。


1998/5/10 

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ10日共同】AP電によると、ジャカルタの南約六十キロにあるボゴールで九日、イスラム寺院で礼拝していた学生グループを監視中の軍の情報員が学生に発見され、投石や殴打を受け重傷を負った。また、これを止めようとした別の情報員(43)は学生の投石を頭に受け、間もなく死亡した。この事件で警察は学生九人を逮捕した。
 インドネシアでは学生運動が高まるにつれ、学生や市民と政府側情報員とのトラブルや傷害事件が増えている。
[1998-05-10-18:25]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ10日共同】インドネシアのスハルト大統領は九日、発展途上国でつくる十五カ国グループ(G15)首脳会議のためカイロ入りしたが、政治改革を求める学生運動の高揚と暴動の再燃で国内情勢が混迷する中、一週間も外遊する大統領の思惑に内外の注目が集まっている。  
 「大統領の首脳会議出席は前から決まっていたこと」というのがインドネシア政府高官の説明。しかし、ジャカルタの外交筋は「それでも、これだけ社会が騒然としているのだから万が一を考え、国を離れられないのが普通」と首をかしげる。これまで大統領に従順だった与党議員から事実上の「内閣不信任」が出るほど、政権内の不協和音も目立っている。
 これに対し、ジャカルタの消息筋は「大統領は昨年十一月、前回のG15首脳会議にも参加しており、今回欠席したら大統領は国内情勢におののいて参加を取りやめたとか、健康不安があるからだといった憶測を呼び、通貨ルピアが急落することは間違いない」とカイロに行かなければならなかった事情を指摘。
 「暴動が発生しても国政を完全に掌握し、長旅にも耐えられるほど健康が回復していることを外遊で内外に印象づける」ことに狙いがあるとみる。  
 また、今回の首脳会議の主要議題は、アジア経済危機。四月に国際通貨基金(IMF)と金融支援をめぐる交渉を終えたばかりのスハルト大統領にとって、会議で(1)社会の安定が確保できなければ、経済回復への成果は得られない(2)先進国や国際機関は支援に不必要な追加条件を付けるべきでない―など持論を反映した共同声明が採択されれば、内外に存在感をアピールするチャンスにもなる。 
[1998-05-10-10:34]

時事通信ニュース速報
=41人死傷−インドネシア=
【ジャカルタ9日時事】インドネシアのジャワ島中部ジョクジャカルタで八日昼から九日未明にかけ、暴徒化した五千人以上の住民と治安部隊が断続的に衝突し、住民一人が死亡、約四十人が負傷した。目撃者などによると、死亡した男性は四十歳前後で治安部隊に頭を殴られ、頭がい骨を割られたという。
 衝突は、サナタダルマ大学構内で反政府デモを行っていた学生が街頭デモを強行し、阻止しようとした治安部隊ともみ合いになって起きた。周辺の住民も暴れだし、古タイヤに火を付けた上、治安部隊に火炎瓶や石を投げ付けた。これに対し、治安部隊はゴム弾や催涙弾を発砲して鎮圧に当たった。
 この騒ぎで、郵便局が被害を受けたほか、公衆電話や信号機が破壊された。ジョクジャカルタでは、九日も構外に出てデモをしようとした学生と治安部隊の間で小競り合いが起きた。
 一方、西ジャワ州バンドンの国立パジャジャラン大学でも同日、学生と治安部隊が衝突。治安部隊が催涙弾やゴム弾を発砲し、学生に負傷者が出たもようだ。また、トラックやバイクによる街頭デモが続く南スラウェシ州ウジュンパンダンでは、この日も大規模なデモが展開された。
[1998-05-09-21:15]

時事通信ニュース速報
=スハルト大統領が柔軟姿勢=
 【ジャカルタ9日時事】インドネシアのスハルト大統領は九日、開発途上国十五カ国グループ(G15)首脳会議出席のためカイロに出発する前に記者団に対し、次の総選挙が行われる二○○二年までに選挙制度を改革する用意があると述べ、学生らが求める政治改革の準備に着手する意向であることを明らかにした。学生らは政治・経済改革を要求する中で、政党数の増加などを訴えており、大統領の発言は、柔軟姿勢を示すことで反政府運動を緩和する狙いがあるとみられる。
 大統領はこの中で、選挙制度や政党数、議員数などに関する法改正への支持を明確にし、正副大統領を選出する国権最高機関、国民協議会の議員は今後、新制度の下で任命されると言明した。
 大統領はその一方で、「国家の利益のために、個人や集団の利益は犠牲にすべきだ」と表明。反政府運動を繰り返す住民や学生に自制を促すとともに、「国家の安定がいかに重要であるか国民が認識していると信じる」と強調、法を破った国民に対しては断固たる措置を取ると警告した。
[1998-05-09-18:56]

共同通信ニュース速報
【ジャカルタ9日共同】公共料金の大幅値上げをきっかけに社会不安が増大しているインドネシアでは、国家体制のかなめを自任する国軍が暴動やデモに対する取り締まりを強化している。九日にはスハルト大統領がカイロで開かれる発展途上国の十五カ国グループ(G15)首脳会議出席のためインドネシアを離れる予定で、留守を守る国軍は威信をかけ治安維持に懸命だ。 
 四日の暴動発生以来、国軍は商店略奪などが最も激しかったスマトラ島メダンに軍最高責任者であるウィラント司令官自らが出向き、現状を視察。精鋭部隊の陸軍戦略予備軍も派遣するなど、沈静化にほぼ成功した。 
 同司令官は、各地の暴動の引き金となった学生デモについても「学生運動の域を超えた」と警告。首都ジャカルタでは八日、政治改革などを求め国会前に座り込んだ学生約三百人を治安部隊が
拘束するなど、締め付けを強めている。
 しかし、交通運賃の最大二倍値上げなど市民生活の苦しさは増す一方で、通貨ルピアも再び下落傾向にあり、国民の根深い不満は解消されていない。「兵士も生活苦にあえぐ国民の一人。現状への思いは同じ」(学生運動幹部)という状況で、国軍の強硬策が逆効果を招くことを懸念する声も上がっている。  
[1998-05-09-10:58]

【5/10のポスコタより】
(1) 一面トップは、「私は心静かに祖国を離れる」とのスハルト大統領の記者会見。
「私は心静かに祖国を離れ、使命を達成する。政治的にも社会的にも本当に安定することを心から希望するものである」とハリムプルダナクスマ空港での記者会見の席上語った。この会見は異例なことで、普通なら訪問国からの帰国途上機内で行なうはずである。《昨夜の記者会見の映像と音声からは寂しそうな表情が読み取れた。★スハルト・ノーリターンか?娘のトゥトゥットがニュースに出なくなったら一家の国外離散は確実だろう。》

(2) 副大統領が特別国民協議会の招集を希望、民主主義をさげすんでいる。
ハビビ副大統領は特別国民協議会(MPR)の招集と現在の内閣の動揺を訴えた。このハビビ副大統領の言葉は民主主義と大衆を軽蔑している。MPRはつい二ヶ月前に招集されたばかりで、決議事項もまだ実行中である。「普通のあるいは論理的な根拠付けはない。だから、そちらの方向へと考えていることは民主主義を軽蔑しているという意味にとれる。内閣改造はMPRの特権である」とも語った。これはスハルト大統領の出発後のハリム空港での記者の質問に対する回答であった。《この言葉もスハルト・ノーリターン後の政局に対する試金石なのかもしれない》

(3) ボゴール郡警情報部長が投石で死亡。ボゴール郡警察情報部長が、土曜日夕方チアウィのジュアンダ大学でのデモの際に投石に当たって死亡した。
その時には陸軍第0621ボゴール地方部隊の情報部員もこのデモにも同行していたが、大学生の攻撃に押しつぶされた。ボゴール県警情報部長Letda(LetnanDua =下級中尉)ダダンルスマナ(41)は16:10頃にボゴールのPMI病院で息を引き取った。同時に陸軍第0621ボゴール地方部隊の情報部のアリ大尉も重傷を負ってチアウィ病院に収容された。ポスコタの電話インタビューに答えて、七名で安全を確保し任務遂行中であったとボゴール郡警署長アブバカール大佐は語った。デモ隊がジュアンダ大学を出ようとした時に、郡警察と陸軍第0621部隊と0606部隊から派遣された数百の警備陣が押し止めようとしたが、突然デモ隊から投石の攻撃があった。《記憶にある限りでは、陸軍の部隊名が書かれたのはこれが初めて。書いても、もう「恐くない」からか。》

(4) 北スマトラ州警察本部長がメダン市の暴動の犯人を徹底的に捜査せよと命令した。
この徹底調査が人権に関係した諸法令に触れるとしても行なうことと、国家警察庁長官が昨日行われた北スマトラ州警察本部長の任命式の最後に語った。《第三者の財を侵すような不法な行動に対しては断固とした処置をとるべきである。メダン周辺では食料不足が目立ってきているとのこと》

(5) DPRがBBM値上げに反対するように大学生が抗議行動。
ジャカルタとその他のいくつかの都市で行われている大学生の抗議行動は、DPR議員からBBMと電気料金値上げ反対の反応を引き出した。この行動は、ディポネゴロ大学での数百人による抗議集会にムラディ法務大臣まで巻き込むことになった。構内の道路を埋め尽くしたデモ隊は「ムラディおじさん、BBMと電気料金値上げの件をDPR議員たちにわかってもらったように庶民の苦悩をいっしょに歌い上げてください」言っている。《法務大臣はなんで軟弱ウンディップに行ったのだろう?大学生をなだめるどころか、かえって焼けボックイにガソリンをかけてしまったようだ。》

(6) ウラマー(イスラムの指導者)が戒律に背いた方法で指導者を貶めようとしてはならないと。
「amar ma'ruf nahi mankar =善行の命令と掟破りの禁止」の原則に反していると、大学生の社会改革要求が燃え盛っていることに関してのコメントとしてイムロン・ハムザが述べたもの。間違えたことが行われた際には指導者は憲法に基づいて指示を落ろすべきだ。それは憲法に基づいた権限を行使することだからだ」と加えた。《まったく非論理的なウラマーだ。「生命財産が危機に瀕した時は徹底して闘え」とコーランに書かれているから、こんな意見はイスラムの教義内部だけでも簡単に論破されてしまうのに。このためか、この記事は表題が目立たないように網掛けされていて記事内容も少ない。》

(7) ジャカルタ圏とエコノミーの鉄道料金据え置きに運輸大臣が賛成。
これは鉄道公社の総裁がガンビール駅(東京で言えば上野駅)頭で土曜日の昼に語った言葉。この運賃問題については運輸大臣と陸運総局長に伺いを立て、賛同を得ている、と続けた。
《政府内部の指揮命令系統がめちゃくちゃである。スハルト政権は大統領独裁を続けていたので、政府内部で調整をとる事が出来なくなっている兆候ではないか。とするとスハルト・ノーリターンの可能性はますます高くなる。》

(8) イスラム学生協会の会長が社会改革は建設的に継続して行なうと声明。
これは昨日スラバヤで行われた、「憲法に合致した政治と法務の改革に関する堅固なフレームの構築」についての議論の中での言葉である。《がんばれ社会改革!》

(9) その他
インドネシアには珍しくセクハラの記事があった。《男尊女卑社会のように見えるがインドネシアは元来母系制社会と呼ばれている上に、イスラムの教えから女性の権利が強い。コーランの教えは、宗教的なものから、家族との日常生活、商業から、遺産相続についてまで細かく規定してある。非イスラム圏と比較すると千年以上もこの戒律を守ってきたのである。インドネシアにイスラムが入ってきたのは11世紀で、ジャワ島全体に及んだのはここ三百年ほどである。実生活において、旧来のヒンズー教よりもイスラムの方が圧倒的に革新的な要素を含んでいる。興味のある読者は以下の文献を参考にされたし。》
参考文献:
(1) 「コーラン」 (上中下) 井筒俊彦訳 岩波新書 青813
(2) 「聖クルアン」日本ムスリム協会発行 東京渋谷区代々木1-24-4
編者の方たちには申し訳ないが、非公式本(1)の方の日本語が、公式本(2)よりも読みやすい。また、(2)のアラビア語は極めて小さく顕微鏡が必要なほど。アラビア語だけのコーランはイスラム圏どこでも売っているから、字の大きなものを買えば良い。定番もので発行部数が多いことと版を新たに起こす必要がないので、極めて安価である。「もしあなたがイスラムに興味をお持ちでかつアラビア語を読めるとしたら」の話ですが。(^|^)

【今朝のブロックM】
今朝、ブロックMに帰国土産を買いに行ってきました。人出は平日ほどなく、いつもの日曜日と同じようにたくさんの商店がシャッターを下ろしたままになっていました。商店への客入りも少なく、KRISMON(Krisis Monetar = 通貨危機)が肌身で感じます。露天商は平日と同じように営業していましたが、物乞いの姿が以前に比べて目立っています。

◆明日はワイサックで休刊日なので無断配信もお休みになります。日本の皆さんGWボケを振り払ってしっかり働いてくださいね。ギナンジャールおじさんは東京で借金棒引き交渉をうまくやっているんでしょうかねぇ。

1998/5/11

時事通信ニュース速報
=G15首脳会議、カイロで開幕=
 【カイロ11日時事】アジア、アフリカ、中南米の開発途上国でつくる「十五カ国グループ(G15)」の第八回首脳会議が十一日、カイロで開幕した。主催国エジプトのムバラク大統領に続いて演説したインドネシアのスハルト大統領は、反政府暴動続発など同国政情の混乱には直接言及しなかったが、経済不振に厳しい認識を示し、改革に向けて「犠牲を払わなければならない」と強調した。 スハルト大統領は、用意した声明をうつむいたまま厳しい表情で読み上げ、「アジアの経済危機は深刻で、域内の貧困まん延や犯罪の増加、政治的安定への脅威になりかねない問題を引き起こしている」と指摘した。 さらに、「インドネシアでも今回の危機で三十年にわたる国家開発の成果の多くが台無しになった」として、改革のために、「苦しい犠牲を払い、忍耐心を奮い起こし、社会的規律を守らなければならない」と述べ、暴動などの動きを戒めた。
 この後、ペルーのフジモリ大統領、アルジェリアのゼルーアル大統領が相次いで演説した。 会議は三日間行われ、最終日の十三日に提言をまとめた共同声明が発表される予定。
[1998-05-11-22:07]

共同通信ニュース速報
 松永光蔵相は十一日、来日中のインドネシアのギナンジャール調整相らと大蔵省内で会談し「(インドネシアの現状は)国際通貨基金(IMF)の課した条件を忠実に守った結果であって、国際社会がこれを理由に支援を打ち切るべきではない」と述べ、引き続きインドネシアを支援していく考えを示した。調整相は日本の支援に感謝の意を表明した。                     
 松永蔵相は、先週末の先進七カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)などでの欧米諸国からのインドネシアの状況悪化を懸念する声に対し、日本はインドネシアを支持する発言をしたと紹介。「IMFのプログラムを着実に実施することで国際社会の信認を回復し、経済困難を克服できると確信している」とし、改革の実行を求めた。
 調整相は、日本の二百億円の円借款供与や食料援助、G7の場での積極的な支援姿勢を高く評価した。             
 またインドネシア側は、木材の関税引き下げや中小企業の進出について日本の協力を要請した。                
[1998-05-11-20:19]

時事通信ニュース速報
=知識人らが要求−インドネシア=
 【ジャカルタ11日時事】公共料金の引き上げをきっかけにスハルト政権への批判が改めて強まっているインドネシアで十一日、民主化を要求する知識人らがスハルト大統領の七選取り消しを求める声明文を発表した。
 声明を出したのは、アリ・サディキン元ジャカルタ市長など、政治改革を訴える活動を続けている「十月二十八日グループ」。同グループは、正副大統領を選出する国権最高機関の国民協議会に対し、国民の利益を尊重するなら、スハルト大統領とハビビ副大統領を選出した三月の決定を見直すべきだと強調した。
 一方、反政府の立場を強めるイスラム組織ムハマディアのアミン・ライス議長はジャカルタで講演し、政府は国民の信用を失ったと指摘。「スハルト大統領がこれ以上、権力にしがみつけば、流血の事態が続く」と述べ、退陣を求めた。
[1998-05-11-19:12]

1998/5/12

5/12のポスコタより

(1) トップ記事は、TVRI(インドネシアのNHK)のスナヤンスタジオの火事の件。出火元と火災の原因究明中。

(2) アミンライスがスハルトさんに会って国家の現況とこれからのことについて話し合いたいと希望している。これは、5/10のジャカルタのProf.Dr.Hamka大学での討論会の席上アミンライスが
語ったもの。

(3) 内務省政治社会総局長は、民主主義の鏡として純粋な意見を人々に伝えるためのデモ行動は許されるべきだと語った。

(4) 昨日(5/10)、スラバヤの英雄記念公園に数千人の群集が集まったが、警備陣に解散させられた。朝方から二百人の大学生とトッカンベチャがこの公園に集まり、横断幕やビラを使って社会改革と、BBMと生活基礎物資の値下げを要求した。デモ隊が道路に出ようとしたところを警備側に制止されられた。このためデモ参加者は増えず、結局自主解散となった。この影響で、ベチャにのって演説に来た超能力者Permadi氏は演説をすることなしにジャカルタに戻ることになった。

(5) 夜の遊び場が倒産の危機。ジャカルタのほとんどの夜の遊興場が客の不入りのために倒産の危機に立たされていると、ジャカルタ特別市役所観光課が発表した。Raja Masでは以前一晩三千万ルピアの収入があったのだが料金を半額にしても、同様に倒産の憂き目を見ている。

(6) 独立時の英雄スミトロ将軍、安らかにおやすみなさい。一昨日脳梗塞のため死亡したスミトロ将軍はカリバタ英雄墓地に埋葬された。

ついにジャカルタで暴動が始まった

1998/5/13

5/13のポスコタ+ラジオ他より
今日は朝から夕方まで現場に出張していてパソコンが使えない状況にありましたので送信が遅れました。ごめんなさい。

(1) 一面トップはジャカルタのTrisakti大学での事件。ポスコタもの他の新聞記事内容とかわりませんから、そちらをご覧ください。★朝八時の105.1MHzのプロウドゥアFMでは、トリサクティ大学長がラジオのインタビューに答えて「大学構内における無防備な相手に対する銃撃などの警備側の無謀な行為は極めて遺憾である。頭や背中、脇腹を撃たれて死亡した。その血の跡が今でも大学構内に残っている。デモの最中、ものを損壊したりした大学生はいない」と涙が出そうな声で発表した。また、デモに出た大学生インタビューでは、「16:00頃に警備側から『デモ隊の皆さん、整然と抗議行動を行なってくれてありがとうございました。われわれも戻りますからみなさんも大学構内に引き上げてください』という警備司令官からのマイク放送があった。デモ隊は構内に引き上げてそれぞれBaksoなどの軽食を取り始めた時16:15頃から突然警備側からの発砲があり、そばにいた学友が撃たれて死亡した。結局校外に出られたのは23:00過ぎだった。 このニュースを聞いた市民たちはカンカンになって怒り、ラジオ局は聴取者からの追悼と抗議フアックスを次々に紹介。また、この警備に当たった警察の署長を生中継の電話で呼び出したが、「会議中」とのことでインタビューできなかった。▲また夜七時のテレビニュースでも同様なファックスを紹介していた。同ニュースでは、ウィラント総司令官に報道陣が山のようにたかってコメントを求めていた。記憶にある限りでは、ウィラント総司令官は官僚的回答をしただけで、なんら具体的解決策を示さなかった。◆これを聞いた私の事務所の職員たちもカンカンになって怒ったのみならず、職員の一名がトリサクティ大学の講師をしているので、悲しみと怒りがさらに盛り上がったようだ。《このトリサクティ大学は有力者やお金持ちの子弟が通学する大学として有名。また、大規模なデモが行われた大学の構内を訪れてみても、日本の70年安保の時のような物的損傷はまったく見当たらず、普段と変わらないたたずまいである。大学生の社会的地位が高いためにインドネシア人大学生の方が日本人よりも大人なのか? 》

(2) ジャカルタ地区司令官のシャフリ・シャムスディンは、大学構内で行なわれる抗議行動に対する時は十分落ち着いて行動するよう全ての兵士に対して求めた。さらに、有効な法律の条項に大学生が抵触した時でさえ、憲法に基づいた行動をとるよう固く決意せよと1000人の将校たちにリマインドした。同司令官は、学生たちの抗議行動はまだ許せる範囲のものだと語った。《警備部隊の中の「跳ね返り」が「やきもち半分」で実力行使をした疑いが高い》

(3) アリ・アラタス外相は、デモ隊は社会の一部分の人たちを代表しているだけなので、彼らの要求している政治改革を受け入れることはありえない、と語った。さらに「彼らの要求は国民を代表するものではなく、自己利益を求める一部の人達を代表しているだけだからだ」と続けた。《スハルトさんと一緒にノーリターンでも良いですよ!》

(4) 「私は、統制の取れた行動をする一味によって行われた誘拐事件の犠牲者である」とデスモンドは数百人の内外の報道陣が同席した国家人権委員会で語った。ピウスのように国外にはでずに、国内でこの事件を解決したい。一月半にわたって乱暴な扱いを受けたとも語った。

【最後に】
明日、インドネシアを発って帰国しますので、しばらくのあいだ「ポスコタ無断配信」はお休みさせていただきます。二ヶ月後にまたインドネシアに渡航した時には復刊させていただきます。
短い間でしたが御愛読ありがとうございました。インドネシア語の専門家ではないため翻訳に不備な点があり、なにかと御面倒をおかけしたことをここでお詫びさせていただきます。

「すばらしい国・インドネシアになってください」と、最後になりましたが、お祈りいたします。
Sekian Terima kasih 「ポスコタ無断配信人」

総領事館からのお知らせ
総98第15号
平成10年5月13日

在留邦人の皆様へ

在ジャカルタ日本国総領事館

1.昨日(12日)学生デモと治安当局の衝突のあったトリサクティー大学において、本日(13日)午後にも、大学構内を取り巻いている治安当局と構外に出ようとする学生の間で衝突がありました(学生側より投石、車への放火行為等があったのに対し、治安当局よりゴム弾の発砲が行われた)。また、スマンギ交差点北方のスディルマン通りでは、アトマジャヤ大学の学生に一般市民が加わり、治安部隊と睨みあいが続いています。この結果、市内の一部の一般道、高速道路で通行止めになったところもあります。
2.このような学生デモを巡る状況は明14日以降も発生することが予想されますので、邦人の皆様におかれては、引き続き、群衆の集まる場所及び大学キャンパス及びその周辺に近づかない等十分な注意を払われるようお願いいたします。

●在インドネシア大使館、在ジャカルタ総領事館
電話:021−324308 FAX:021−3157156
大使館インターネット・ホームページ http://www.rad.net.id/eojind/


1998/5/14

平成10年5月14日
総領事館からのお知らせ 総98第16号

 昨13日、ジャカルタ市内各地でデモ及び暴動が発生しており、引き続き治安当局との衝突が予想されます。
 この様な中、日本政府は本14日午後2時(ジャカルタ時間)、別紙の「観光旅行延期勧告」を発出しましたのでお知らせいたします。
在インドネシア大使館は、これを受け、今次緊急事態に対応するため大使館内に川上大使を本部長とする「緊急事態対策本部」を設置いたしました。
 つきましては、大使館、総領事館は、外部からの照会に対応するため、下記直通電話回線を設置いたしましたので、併せてお知らせいたします。

直通電話  021−3190−0877
      3190−0878
      3190−0879
      3190−0880
      3190−0881
      3190−0882

FAX   021−3190−0874
      3190−0875

●大使館・総領事館代表電話番号:021−324308

***********************
外務省海外危険情報
インドネシア:危険度2「観光旅行延期勧告」
1998年(平成10年)5月14日
 インドネシアへの渡航を予定される皆様及び同国に滞在されている皆様へ
1.インドネシアにおいては、現在、全国レベルで学生によるスハルト大統領の退陣を含む政治・経済改革を求める抗議デモが活発化しています。各地の学生のデモは、本年4月末までは大学構内に限定されていましたが、5月に入ってからは学生デモ隊に一部市民が合流し、大学構外に出て、治安当局と衝突する事態も発生しています。
 5月4日から6日にかけては、北スマトラ州メダン市で、学生の抗議デモに続き、市民の一部も参加する暴動が発生しました。また、12日以降は、首都ジャカルタ市内で学生と治安当局が衝突し、死傷者が生じる事件も発生しています。

2.このような状況の中、同国では、生活必需品を中心とした物価の高騰、失業者の増加、燃料、公共料金等の値上げ、一部銀行の営業停止等経済面で依然として困難な状況が続いており、今後とも5月20日の「国民覚醒の日」などあり、各地で各種の事件が発生する可能性もあります。
 これまで、学生デモや暴動事件において、在留邦人を含む外国人が直接被害にあった例は報告されていませんが、在留邦人や邦人渡航者が巻き込まれる事件が発生する可能性も排除できません。

3.つきましては、インドネシアへの渡航につき「観光旅行延期勧告」を発出しますので、観光等を目的とする不急の渡航は事態が収拾されるまでの間、延期して下さい。同国に滞在中の方々も上記情勢に十分考慮し、下記の事項に十分留意して行動して下さい。また、外務省、在インドネシア日本国大使館、在ウジュンパンダン日本国総領事館、在スラバヤ日本国総領事館、在メダン日本国総領事館及び、現地関係機関等より最新情報を入手するように努めて下さい。
(1)3カ月以上滞在される方は、滞在される場所の近くにある日本大使館または総領事館へ、「在留届」を遅滞なく提出して下さい。
(2)外出の際には身の回りの安全に十分に注意して下さい。
(3)群衆の集まる場所及び大学キャンパス及びその周辺(大学近くのバス・ターミナル等人出の多いところを含む)には近付かないようにして下さい。
(4)根拠のない噂に惑わされて動揺されることのないようにして下さい。
(5)外出中に不測の事態が起きた場合は、自宅(旅行者の場合はホテル)か職場に行き、事態が鎮まるまで待機して下さい。

【最新情報・南ジャカルタ地区】
5/14午前7:35、南ジャカルタ市警察署では、隣接する屋台でいつものように朝の腹ごしらえをしている警官は全くおらず、数十人が警察署前の広場で朝礼を行なっており、その横には出動を待機している自動小銃をもった重装備の警官数十人が三々五々待機していました。二台の警察用トラックには、防弾チョッキや盾などが積んであったのを目撃しました。この時刻の道路の状況はいつもと同じでした。

昨夜は、大規模デモのために、夜までジャカルタ中心部の交通が麻痺していたとのことで、いつ突発的に事件が起きるか分からないので、どこにでも逃げられるように事務所の同僚は徒歩帰宅した人もいました。

昨日の「買い物帰りのインドネシア人の奥さんがタクシーに乗って悪口を言ったために警察に捕まった」話の続きです。どうもこのタクシーの運転手は軍人のようで、情報部員かどうかは分かりませんが、たくさんの軍人がアルバイトを兼ねてタクシーの運転手をしているということですから、タクシーご利用の際は十分にご注意ください。 

【5/14のポスコタより】
(1) 今日のトップは「大学生大衆の追悼」でいつもは赤か青か黄色なのですが、今日に限って黒字に白抜きになっています。副題は「数百の自動車、ガソリンスタンド、交番が焼き打ちに」ジャカルタは、数百の自動車、オートバイ、ガソリンスタンド、交番、建物などの焼きうちなどの暴動の攻撃を受けている。この暴力行為は火曜日のトリサクティ大学での流血の惨事から尾を引いているもの。同時に、若い命を奪われた六人のトリサクティ大学生に敬意を表するために数千人の大学生が哀悼の意を表した。BCAのジェランバール支店が混乱の隙を狙う群集に見まわれ、値打ちのあるコンピューターや事務器が強奪された。同時にトリサクティ大学東側で海兵隊に行く手を阻まれた大衆が暴動状態になり、自動車二台を徹底的に壊した。暴徒は警備側と政府の悪口を叫びながらガジャマダプラザに近づいた。ロキシマスショッピングセンターを壊すことに失敗した暴徒は、後戻りして裁判所とジャカルタ検事局の建物を破壊した。その後、暴徒は道を渡って数十軒の商店、銀行、ホテルなどを破壊し、ハルモニ交差点で解散した。暴徒は19:00頃に「グロゴール線」から出発した。暴動の中心から離れた地域でも散発的に暴動が発生し、そのいくつかは強盗などの犯罪行為を伴っていた。
チェンカレンの商店街は昨夜23:00まで連続して破壊と放火に見舞われた。チェンカレンショッピングセンターは火災から逃れた。警備側と暴徒側は投石の応酬を繰り返し、ダアンモゴット通りはカリデレスバスターミナルまで完全に暴徒に閉鎖されてしまった。駐車中の自動車だけではなく周辺住人の自動車まで放火した。車庫や空き地に止めてあった高級車は、大通りまで引きずりだされたのち放火された。

(2) スハルト氏が哀悼を
15G出席のため、おりからエジプトに外遊中のスハルト大統領は、死傷者発生の原因となった大学生の抗議行動中の不幸・災害(musibah)に哀悼の意を表した。《@この記事はとても小さく載っている。Aなにがmusibahだ。自分が神様だと思っているようだ!》

(3) インドネシアウラマ協議会が双方とも自制せよと声明
同協議会は、同胞たちに対して現在の状況下で自制するよう希望すると語った。これは「トリサクティの悲劇」に関連する声明として上げられたもの。「どのような意図を持っていようとも、生命に関わる犠牲者のみならず物財の犠牲暴力的手段でこれ以上増やすことから自己を開放すべきだ」とナズィリ・アダニ書記長は語った。

(4) さようなら社会改革の英雄たちよ。
灰色の火曜日は社会改革の英雄たちを戦死させてしまった、とムダントン・ムルテジョ・トリサクティ大学長は語った。これはトリサクティ大学生の遺体を前に遺族に伝えた言葉である。「本当なら大衆を守るべき警備陣に狙撃されて、彼らはその若い命を摘み取られてしまった」と重い口調で唇を震わせながら語った。「かれらは今後も政府に対する英雄として記録されるのではなく、社会の安定を妨害した者として評価されることであろう。それゆえ彼らは銃撃されざるをえなかったのだ。しかし、私ははっきりと分かっている。社会改革を希望しているトリサクティ大学関係者一同とインドネシア人の心の中には、彼らが英雄としてあることを」と続けた。
その後、シャフリ・ジャカルタ特別市地域軍司令官が、最後のはなむけの言葉を送り、ヤースィーン(コーランの中の一章で葬式の時に必ず読まれる)を読んだ。
亡くなったエランの母親であるヘラテティさんは、シャフリ司令官に近寄りのその両膝に飛びつき、「(エランの死は)受け入れられない。必ず犯人を捜し出してください」と涙ながらに依頼した。同司令官はヘラさんに、徹底的に調査すると約束した。

(5) ジャカルタ閑散、商店閉店、ヒトケもさっぱり
暴動の標的になることを恐れて、ジャカルタ市内の多数の商店は昼から閉店した。ショッピングセンターは買い物客で普段はごった返しているが、この日は全く閑散としていた。それどころか朝から閉じている店もいくつか見うけられた。パサールジャヤは15:30に閉店。パサールスネンでは、暴動の群集がこちらに向かってくるという噂があったため、ガードマンが閉店を命じた。チトラランドでも11;00には閉店した。ガジャマダプラザ、ハヤムウルックプラザ、ロキシ・マス、トマンプラザ、タマンアングレクモール、グロドックプラザ、ハルコプラザでも草々に店じまいをした。

(6) 総司令官は強硬方針、DPRはトリサクティ事件を追及
ウィラント総司令官は、トリサクティ事件に関して徹底的な調査を行なうと発表した。大学構内で抗議行動を行なう場合にはその制限をしないという大学人との協定を、我が軍は破ったとも語った。ウィラントによると、校外にいる警備陣は、国民としてのまた大学生としての権利を行使してキャンパス内で意思表示することを本来なら遮ってはならない。「これ以上の犠牲者の発生を抑えるためにも、このような行動は直ちに中止すべきである。彼らが犬死にするのは忍びない」と追加した。ゴルカールは警備側と法律家にトリサクティ事件の究明を請願した。同時に、Kesatuan Penerus Perjuangan RI代表スチプトは、軍は国民が生み出したものとして、国民を守るべきであり、法律と公正さを堅持する様にしなければならないと、軍に対しての声明を発表した。

(7) 亜民・メガワティトリサクティ大学に出席
六人の社会改革の英雄の追悼のため幾人かの有名人が出席した。

(8) 公共運輸会社の30%が倒産の危機に
料金の値上げにもかかわらず経営が悪化しており、車両の50%しか運行していない。BBMの値上げとスペアパーツの値上げによるもの。

(9) トリサクティ事件の犠牲者リスト
1. Elanng Mulia (土木建築科) 背中被弾による死亡
2. Heri Hertanto(機械工学科) 銃撃による死亡
3. Hafidhin Roya (経済学部) 頭部被弾による死亡
4. Hendrawan (経済学部) 脇腹を撃たれて死亡
5. Royadi (経済学部、トリサクティ大学放送アナウンサー) 銃撃によって死亡
6. Alan Nuryadi (経済学部) 銃撃によって死亡
7. Verno Prasetyo 頭部被弾による怪我
8. Bulotammu 背中の被弾による怪我
9. Fransiskus 脚部被弾
10. Yudo Yulianto 脚部被弾
11. Moh. Ali Rahman 腰上部に被弾
12. Yunatan 銃創
13. Samsul Bahri 腹部被弾
14. Rahmat Sofyan 胸部被弾
15. Jajang Nurdiansyah 被弾
16. Riga 催涙ガス
17. Firman Rifai 催涙ガス
18. Yanuar 催涙ガス
19. Yansen 警棒による殴打
20. Cornel 警棒による殴打
21. Hendra Gunawan 怪我
トリサクティ大学生失踪者(臨時リスト)
1. Lulu 建築学科
2. Hamdan 建築学科
3. Garet 建築学科
4. Badai 機械工学科
5. Ferry Walah 機械工学科
6. Iwan Bancil 機械工学科
7. Affian 機械工学科
8. Agung 機械工学科
9. Rio 経済学部
10. Charles 経済学部
11. Novario 機械工学科
12. Bram 機械工学科
13. Mono機械工学科
14. Rifki機械工学科
15. Zaki 会計学科
16. Safrin 会計学科
17. Paul Kadarisman IKJの写真家
18. Daniel Noviadi 機械工学科
19. Rahmat 会計学科
20. Eko Praksono 会計学科

データ出自:
暴行による犠牲者と失踪者協議会 (Komisi Orang Hilang dan Korban Kekerasan = Kontras)

【帰国できず→ポスコタの続き】
みなさん、こんXXは。ポスコタ無断配信人です。今晩の飛行機で帰国するつもりでしたが、空港付近のチェンカレン街で昨日の晩から暴動があり、空港までの道路が全面閉鎖していることといつ暴動がおさまるか全く分からないので、帰国を数日延ばすことにしました。ジャカルタの暴動は数箇所で発生して収拾の目処が立っていません。数日すると「峠」と言われる5/20になってしまい、インドネシアはさらに混迷の度を深めるかもしれません。
ま、それはそれで良いとして。引き続きポスコタの無断配信を続けられることができてうれしい限りです。今日の暴動では午前中に職員を帰宅させた会社が多く、僕も、お昼ご飯(ナシパダン)のあと帰宅しました。道路はがらがらでした。今晩は新聞社の職員は出社するでしょうが、明朝の配達がどうなるか分かりませんので、明日は無断配信が出来るかどうか不透明な状況です。あらかじめお断りしておきます。

【今日のジャカルタ】
★18:30のRCTIテレビニュースから
首都の数箇所で暴動が発生し、不法行為が行なわれたことに対して、ウィラント司令官は、「法律に基づき、破壊活動に対しては断固とした処置を取る。そのためには軍は危険を冒すこともあえて行なう。現在百以上の部隊が首都に集結して治安警備に当たっているが、必要に応じては他の地方からの増派もおこなう。直ちに暴動は中止せよ」と記者会見の席上語った。
★ 19:15のTVRIニュースから
ウィラント総司令官は、トリサクティ事件で殺された大学生に、軍の行為であると陳謝した。
★ 陸軍特殊部隊と一般人が暴動・破壊活動を行なわないように路上でキャンペーンを行なった。

ラジオニュースによる11:30現在の状況
ジャカルタ市内数箇所で暴動などが起きています。コタのハヤムウルクとマンガブサールでは車や商店が燃え、コタ南端付近のハルモニやジャティネガラでも大騒ぎになっています。ブロックMの警察庁本部前には既に警備兵が準備しているとのことです。また、チェンカレン空港付近は昨夜からの暴動のため交通が完全に遮断されています。今晩までこの交通遮断が続くかどうかは夕方の情勢次第で、不明です。
また、ハリム空港も今晩スハルト大統領が帰国するので、国内線の到着便がどうなるかわからないとのことです。


1998/5/15

お知らせ
                     平成10年5月14日
日本人学校の生徒は、下校経路の状況に改善がみられないため、本日は学校に宿泊することが決定されました。今後状況を見極めた上で明朝(15日)を目標に学校を出発することを検討する予定です。
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平成10年5月14日
総領事館からのお知らせ 総98第17号
お知らせ
1.14日(木)16:00現在、ジャヤカルタ市内の状況について、次の通りお知らせします。
(1)確認されているだけでも、以下の地域で暴動、略奪等が起きています。
  北部:コタ全域
     クラパ・ガディン
     タンジュン・プリオック
  中央部:タナ・アバン
  南部:チャワン・インターチェンジ付近
     パサール・ミングー
  西部:グロゴル
  郊外:タンゲラン(ジャカルタ西方)、
     チェンカレン(スカルノ・ハッタ空港の手前)

(2)また、以下の地区において、学生デモ、暴動等の危険があります。
  − デポック(インドネシア大学の所在地)
  − スマンギ交差点付近(アドマジャヤ大学付近)
  − サンレバ(ジャカルタ東部)
  − パサール・スネン

(3)空港は閉鎖されていませんが、14:30からジャカルタ近郊の高速道路は殆ど全て閉鎖されており、空港へのアクセスはきわめて困難な状況にあります。

2.ついては、邦人の皆様におかれては、引き続き、現在いらっしゃる場所(自宅・事務所等)が安全な場合には、その場に待機し、外出せず、状況を見守るようお願いいたします。

3.なお、既に日本人学校より連絡があったと思われますが、日本人学校の生徒は、現在、道路封鎖のため、帰宅できず、学校で待機しています。

●大使館・総領事館代表電話番号:021−324308
          直通電話  021−3190−0877
                    3190−0878
                    3190−0879
                    3190−0880
                    3190−0881
                    3190−0882

          FAX   021−3190−0874
                    3190−0875

総領事館からのお知らせ

                                 総98第18号                                      
平成10年5月15日
在留邦人の皆様へ
1.ジャカルタ総領事館は、今回の緊急事態に鑑み16日(土)及び17日の両日、窓口業務を通常通り行いますのでお知らせいたします。
ただし、窓口の混乱が予想されますことから緊急を要する方の旅券業務、出国ビザ関係に限らせて頂きます。なお、交通事情の悪化のため出勤出来ない職員もありますことから御迷惑をお掛けする点もあるかと存じますが、何卒御了承下さい。
2.FM放送の開始
大使館はFM放送にて逐次情勢等を午前9時から午後6時まで毎正時から15分間放送しておりますので御聴取下さい。周波数は91.1MHZです。
なお、お問い合わせは下記にお願いします。
              在ジャカルタ総領事館    電話:021ー325524
                                  ー325268
                         ファックス:021ー3157156
 
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    お知らせ
                     平成10年5月15日

1.昨日(14日)ジャカルタ市内各地で起きた暴動は、主として中華系住民街やファミリー・ビジネス関係の商店を標的としており、邦人を含む外国人はターゲットとなっておらず、邦人居住区周辺は概ね平穏な状況にあります。しかしながら、日本人居住区地域近くの商店が被害を受けた例も報告されており、引き続き十分な注意が必要です。
 なお、昨日(14日)夜日本人学校に宿泊した日本人学校の生徒は、本日早朝6時33分に全員無事に帰宅しました。

2.本日(15日)11:00時点では、市内において大規模な暴動等は報告されておりませんが、昨日と同様な事態が起きる可能性は十分にあります。特に、12:00から13:30頃まで、イスラム教の金曜礼拝が行われますので、同礼拝時間後に多数の群衆が集まり、何らかの騒擾に発展する可能性があります。

3.ついては、在留邦人の皆様におかれては、引き続き状況の推移に十分注意を払われ、現在いらっしゃる場所(自宅、事務所等)が安全な場合には、できるだけその場に待機し外出等されないようお願いいたします。

4.なお、道路状況については、高速道路公団によると、11時現在市内の高速は全て平常です。

宿舎のあるジャカルタ南端の状況報告
報告日時:1998-5-15 14:00+0700
《今朝のPondok Labu》
今朝9時頃に所在地から北方5kmにあるPondok Labuに買い物に出かけた近所の人からの情報。
@ パサールの中のほとんどの商店は閉まっている。
A 扉のほんの一部だけを開けて営業していることを示しているだけ。商品はほとんど倉庫にしまっているようだ。
B パサール周りの商店も閉まっている。
C ヘロやアネカブアナなどの大型スーパーも閉まっている。
D 道端のカキリマ(露天商)も商品にカバーをかけて商品を見せないようにしている。
E 中央卸売り場が閉まっているので、生鮮食料品が全くない。
F 大学生とは思えない若者たちが何するででなく、パサール前の街道の道端にたむろしている。児童、中高年男性、女性の姿は全く見えない。
G メトロミニ(中型市内バス)も走っていない。
H 幹線道路に面している商店のほとんどが閉まっていて、道なりに十数軒ある建材屋のうち最もジャカルタから遠い店(ジャワ人経営)がドア一つ開けているだけ。
I 道沿いのカキリマも担ぎ売りのカキリマもみあたらなかった。

《Cinereで商売している華人の友人からの情報》
@Cinere :所在地から3km北西の高級住宅街とショッピングセンター
昨日Cinereショッピングセンターが暴徒に襲われ、商品の一部を強奪した。被害は僅かであった。
A上記Pondok Labu
昨日暴徒がパサールの周りの華人経営の電気店などを襲い電気製品などを強奪した。プレブミの商店は被害がないようで、華人商店のみを狙い撃ちにした暴動。

《金曜礼拝に行った近所の人からの情報》
礼拝の前に、「暴動があちこちで発生している現況から鑑みて、みなさん十分自制していただくとともに、自衛措置も怠りないようにしてください」という話があった。また、法話では「イスラムの精神にのっとり、この混乱から一日でも早くインドネシアが脱出できるように努力しなければならない」とあった。この地域は農村部と中流層以下の住宅が混在している新興住宅地で、商店は少ない。

《近所のオジサンたちからの情報》
南ジャカルタ税務署勤務のおっさんは職場に着いたら二人しか来ていなかったので、そのまま帰宅してしまった。自宅着9:00。PLN Pusat総務部勤務のお兄ちゃんは、事務所につくと、すぐ帰宅せよとのことで、そのまま帰宅。自宅着10:00。僕は仕事を家に持ってかえってきたので、事務所に行く予定はなかったし、他の所帯の旦那さんたちはPHKで失業中や出稼ぎに行っていて情報が取れず。

《近所の小学生からの情報》
小学校に隣接している会計監査院の官舎では若者を中心に既に自警団を組織し、徹夜で警備に当たっている。この官舎は周りの住宅に比べると少し裕福なようにみえる。
我が家は、「まさかここからインターネットを発信している」などとは思えないようなあばら屋ですし、幹線道路からだいぶ入っている古い集落ですから安全上はまず問題ありません。

《ポスコタ:売り切れで買えなかった》
本日休載します。

《テベット(カサブランカ)の友人からの電話連絡(12:00ころ) 》
BlokMもコスモも全て閉まっていて野菜が買えないとのこと。「ラーメンでこの場をしのぐように」と指示した。

1998-5-15 16:50+0700

《Cinere》
PLNのGandul変電所(東京で言えば新狭山か千葉変電所にあたる)の壁をよじ登って、西側を見るとCinereの方角から黒煙が上がっていました。徐々に沈下しているようです。そこへ通りかかったちょうどCinereをとおって帰宅した近所に住んでいる商店の運転手の話では、Cinereの旧Hero(商店街=JKTAtlas84図H-35)から出火しているとのことです。また、警備側は暴徒に向かって発砲しているとのことです。
所在地では16:50から猛烈な雨になっているので、Cinereも大雨になるでしょう。そうすれば暴徒達の興奮も少しは静まるのではないかと期待しています。

また、近所の人の話では
@ Gandul変電所の入り口(西に向いている)は海兵隊が装甲車で固めている。
A Cinere mallから南に2km下りたの交差点のあたりの一般商店も略奪をほしいままになっている。
ここいら辺はプレブミたちの小商いの商店がたくさんあります。

このGandul変電所はジャカルタに一手に給電しているとともに、ジャワバリ送電系統の送電司令部があるところですから、ここをやられると完全にジャカルタは麻痺してしまいます。東京の場合は環状送電線などの「融通回路」がありますが、ジャカルタの場合はここをやられると全ての活動が瀕死になります。

1998-5-15 20:50+0700

(1) 今晩は停電のため電気釜が使えないので、蒸したご飯でした。結構美味しかった。
野菜がないので、近所に生えているシンコンの葉っぱをちぎってきて肉と一緒に煮たものをおかずにしました。これはパダン料理の一種だそうです。停電の暗闇と空腹が恐怖感を増しますが、それはこの連絡のように克服しています。食料と燃料は数日間の蓄えがありますから御心配なく。

(2) 帰国の日程はジャカルタ事務所の指示に従います。5/20(水)がこの騒動の峠と聞いています。その前に帰国できれば良いのですが難しいかもしれません。土日は航空会社の事務所が閉まっていますし、月曜日に開くとはかぎりません。さらに国外避難者が沢山いるので満席でしょうし、女性子供が優先になることを考えると、21日のイラン渡航は難しいと思います。20日が過ぎても今しばらく情勢が落ち着かないと思います。明日から土日の休みに入ってしまうので、本社の対策本部にはどう連絡すれば良いのかなぁ。教えてください。

(3) 日本政府が救援機を飛ばすように計画中とのことですが、町からジャカルタの空港まではどうやっていくのでしょうね?道々米軍の海兵隊に守ってもらうのでしょうか。米海軍はジャワ島の周りを遊よくしていると聞いていますから。

(4) 政府がBBM(石油燃料)の値下げを決定し、今日の真夜中から施行します。Rp1200がRp1000になります。

(5) インドネシアにいる日本工営の人たちと本社の連絡は、我が家の電話に連絡していただければ、仲介の労をいといません。faxはありません。

(6) 予想では、スハルト大統領はエジプトから帰ってこないはずだったのですが、見事はずれました。うーん残念。

(7)ところで、僕のように帰れない状況におかれた場合には海外手当ては支給されるのかしら?
<<ちゃんと旅費精算の時に海外手当を加算してくれました>>

よろずインドネシア掲示板から

ジャカルタ国際空港へ向かう道路の封鎖解除
Posted by ゆず on May 15日 (1998年) 09時01分11秒:
ロイター・05月15日08時48分
インドネシアで、ジャカルタ国際空港へ向かう道路の封鎖解除
インドネシアの民放ラジオSonoraの報道によると、14日に暴徒により封鎖されていたジャカルタ国際空港へ続く有料道路の通行が、15日早朝に再開した。
同ラジオは、「道路は再開したが、注意するよう忠告する」とし、これ以上の詳細を報じていない。
航空会社関係者は14日、道路は暴動のため封鎖されているが、空港は封鎖されていない、としていた。
目撃者によると、道路は、金銭を要求する人々や、標的とする中国系住民を捜す人々により、封鎖されていた。
[ジャカルタ 15日 ロイター] 

自衛隊機による救出も検討=政府
Posted by S/I on May 15日 (1998年) 09時01分37秒:
98/05/15 10:44 D188  JIJI PRESS
◎自衛隊機による救出も検討=政府、午後に関係閣僚会議
 政府は15日午後、インドネシアの暴動が拡大したのを受け、首相官邸で小渕恵三外相(首相臨時代理)、藤井孝男運輸相らによる関係閣僚会議を開き、在留邦人の安全確保・救出の本格的な検討に入る。具体的には、インドネシアからの脱出に備えて、航空各社への協力要請のほか、万一の事態に備えて自衛隊機の派遣も検討する。
これに関連して小渕外相は同日午前の閣議などで、1)15日以降の情勢は予断を許さない 2)邦人の安全確保に万全を尽くす 3)最悪の事態を想定し、自衛隊機活用も検討する―などの考えを明らかにした。
外務省邦人保護課によると、インドネシアには現在、約1万3600人の邦人が滞在しており、うち約1万1000人が首都・ジャカルタとその周辺地に集まっている。

Posted by S/I on May 15日 (1998年) 09時02分33秒:

外務省邦人保護課によると、インドネシアには現在、約1万3600人の邦人が滞在しており、うち約1万1000人が首都・ジャカルタとその周辺地に集中している。このほか観光目的の邦人が約7000人いたが、同省が14日、「観光旅行延期勧告」を出したこともあり、急激に減少しているという。関係閣僚会議は、小渕外相、藤井運輸相のほか、久間章生防衛庁長官、堀内光雄通産相、下稲葉耕吉法相らで構成。外相の現地情勢報告を受け、邦人の救出方法の具体的検討に入る。自衛隊の輸送機は、民間機が入れないほど情勢が悪化した場合に備えて検討する。これに先立ち政府は14日深夜、安藤忠夫内閣危機 管理監の下に関係局長連絡会議を開催。外務省は15日未明に柳井俊二事務次官を本部長とする対策本部を設置した。(了)

空港へ着けました
Posted by お助け中年隊 on May 15日 (1998年) 10時38分41秒:

関係メーカーさんの出張者が昨晩帰国出来ず、昨晩から今までの出来事、以下の通り。
1)夜中の為、今日のflightの予約出来ず、結局夜中にフランス・パリのJALに電話し、予約取得。(向こうは昼。)
2)昨晩の事を繰り返さぬ為、Flightは21:20ですが、今朝AM9:00にメリディアンを出発。
3)通常のルートで空港へ。特に問題なし。料金所人おらず。
4)AM10:00過ぎ空港に到着。
5)空港はごった返している由。
6)JAL空港支店に寄れば、日本アジア航空222便は予定通り来ると。但し、既に満席と。
以上今、空港に着いた出張者よりの電話報告。御参考まで。


◎C130でのピストン輸送案有力=ジャカルタ・シンガポール間―政府
Posted by S/I on May 15日 (1998年) 11時26分34秒:

一方、政府専用機は橋本龍太郎首相が18日までバーミンガム・サミット(主要国首脳会議)出席で使用、23日からは天皇ご訪欧に使われることになっている。このため、今回の邦人輸送に使用するのは今のところ難しい見通し。


Posted by Yati on May 15日 (1998年) 11時40分44秒:
In Reply to: ◎C130でのピストン輸送案有力=ジャカルタ・シンガポール間―政府 posted by S/I on May 15日 (1998年) 11時26分34秒:

政府専用機ってたしか予備を含め2機ありませんでしたっけ。


工場閉めました。カラワンです。
Posted by 坂井 禧夫 on May 15日 (1998年) 10時57分49秒:

カラワンからです。こちらまで来ているとの情報から工場を閉めて全従業員を帰宅させました。
私はだれかのうちにでも非難させてもらおうかと考えています。

Posted by ANDI on May 15日 (1998年) 12時03分47秒:
In Reply to: 工場閉めました。カラワンです。 posted by 坂井 禧夫 on May 15日 (1998年) 10
時57分49秒:
タンゲランの工場ですが、今日、明日は閉めました。
月曜日以降は、月曜日に判断するつもりです。


◎シンガポールに対策本部設置を検討
Posted by S/I on May 15日 (1998年) 14時32分39秒:
98/05/15 16:18 D382  JIJI PRESS
◎シンガポールに対策本部設置を検討=インドネシア邦人救出
自民党は15日午後、党本部で外交関係合同会議を開き、暴動が広がるインドネシアの邦人救出問題について協議した。この中で、中山太郎外交調査会長 は、ジャカルタの日本大使館が機能まひに陥った場合を想定し、「シンガポー ルに対策本部のような組織をつくるべきだ」と提案。これに対し、外務省は早急に検討する考えを示した。

Posted by S/I on May 15日 (1998年) 14時35分29秒:
一方、邦人救出の手段に関しては、出席議員から自衛隊のC130輸送機や艦船も含めたあらゆる救出態勢を整えるべきだとの意見が続出したが、当面は日本のほかシンガポール、マレーシア、オーストラリアなど民間の臨時チャーター便の活用で対応、自衛隊機などは最終手段として準備することを確認するにとどまった。(了)

政府は今日一日何をしていたのでしょうか…。
Posted by Yati on May 15日 (1998年) 14時59分05秒:
In Reply to: ◎シンガポールに対策本部設置を検討(続) posted by S/I on May 15日 (1998年) 14時35分29秒:

本当に必要なのは今すぐの臨時便(他には悪いが日本人限定で)ではないでしょうか。多くの日本人は、いま逃げたくても席が取れないためあきらめて逃げていなのでしょう。特別臨時便(日本の航空会社でも、効率アップのためシンガポールまでのピストンでもよい)をだせば多くの人が脱出に踏み切るのは明らか。
また、在イ邦人の数を大幅に減らしておけば、いざ自衛隊機出動の場面でも一万人以上輸送するのと比べ事がスムースに運ぶのは明白。


Posted by Cepat on May 15日 (1998年) 15時18分41秒:
In Reply to: Re: ◎本当に必要なのは臨時便 posted by Yati on May 15日 (1998年) 14時59

イラン・イラク戦争(通称イライラ戦争)で、イラクがテヘランの空爆予告をした際に、残念ながら日本航空は頼りにならず、駐イラン日本大使がトルコ大使とかけあい、間一髪でトルコ航空を手配し、邦人はトルコに待避しました。今必要なのは、近隣の友好国であるマレーシアとシンガポールの航空会社便を臨時便でチャーターする事ではないでしょうか?


Posted by キッパー on May 15日 (1998年) 15時14分11秒:
In Reply to: Re: ◎本当に必要なのは臨時便 posted by Yati on May 15日 (1998年) 14時59分05秒:

関連会社に出向しています社員の帯同家族を、退避させることにしましたが、やっととれたフライトは、19日のシンガポール行きでした。
それに比べ、アメリカは既に救援機を飛ばすことにしているようです。
危機管理に対する、歴然とした対応に違いがでましたね。
ジャカルタ在住の皆様の、ご無事をお祈りします。

現在のデポックの状況
Posted by オクサン on May 15日 (1998年) 13時29分31秒:
先ほど、家に帰ってきた女房の弟によると、デポックのターミナルに大勢人が集まっていたとのこと。
ただし、軍も待機していたというので多少は安心か。昨日も夕方4時ごろからが大変だったので、これからが更なる注意が必要でしょう。

Posted by まるごんだ 花子 on May 15日 (1998年) 15時39分38秒:
In Reply to: 現在のデポックの状況 posted by オクサン on May 15日 (1998年) 13時29分31秒:
デポックターミナル周辺で、火災が発生していると聞きましたが、本当ですか? 確実な情報を教えて下さい。 スーパーが襲撃されたという事をききました。 食糧が日に日に無くなりそうなので心
配です。 インドネシア大学のBIPAも休みになりました。 大使館からの連絡も今までない状態です。

 <<お 知 ら せ>>
                                平成10年5月15日21時45分現在
 
 インドネシア在留の邦人の皆様の円滑な出国を促進する為、政府は日本航空及び全日空に対し、17日を目途に臨時便を派遣すべく検討を行うよう要請いたしました。
これを受け、現在両社において鋭意検討中です。
詳細につきましては、運行計画が確定次第、追ってご連絡いたします。
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  外務省海外危険情報
          インドネシア:危険度3「渡航延期勧告」
                        1998年(平成10年)5月15日

インドネシアへの渡航を予定される皆様及び同国に滞在されている皆様へ
 1.インドネシアにおいては、生活必需品を中心とした物価の高騰、失業者の増加、燃料、公共料金等の値上げ等経済面で依然として困難な状況が続いています。
   このような状況の中で、全国レベルで学生を中心とする一般民衆によるスハルト大統領の退陣や政治・経済改革を求める抗議運動が活発化しています。このような動きは、現在、国内主要都市において急速に広まっており、一部地域においては民衆が暴徒化する事態にも発展しています。特に、首都ジャカルタにおいては、市内各所で暴徒化した民衆による放火、投石、商店略奪等の事件が発生しており、市内の移動が困難になってきています。
 2.また、同国の政治・経済改革の進展が不透明な状況にあり、5月20日には学生等の政治意識が高まる「国民覚醒の日」を控えていることから、今後も、各地で抗議運動や暴動が一層広がり、これに伴い治安部隊との衝突が頻発し、首都ジャカルタを中心に治安状況が更に悪化する可能性もあります。
   これまで、学生デモや暴動事件において、在留邦人を含む外国人が直接重大な被害にあった例は報告されていませんが、在留邦人や邦人渡航者が巻き込まれる事件が発生する可能性も排除できません。
 3.つきましては、インドネシアへの渡航につき「渡航延期勧告」を発出しますので、同国への渡航は事態が収拾されるまでの間、延期して下さい。同国に滞在中の方々も上記情勢を十分考慮し、下記の事項に十分留意して行動して下さい。また、外務省、在インドネシア日本国大使館、在ウジュンパンダン日本国総領事館、在スラバヤ日本国総領事館、在メダン日本国総領事館及び、現地関係機関等より最新情報を入手するように努めて下さい。
(1)3カ月以上滞在される方は、滞在される場所の近くにある日本大使館または総領事館へ、「在留届」を遅滞なく提出して下さい。また、在留届提出後、転居や家族の移動があったときや帰国するときには、必ず大使館または総領事館に連絡して下さい。(2)外出の際には身の回りの安全に十分に注意して下さい。
(3)群衆の集まる場所及び大学キャンパス及びその周辺(大学近くのバス・ターミナル等人出の多いところを含む)には近付かないようにして下さい。
(4)根拠のない噂に惑わされて動揺されることのないようにして下さい。
(5)外出中に不測の事態が起きた場合は、自宅(旅行者の場合はホテル)か職場に行き、事態が鎮まるまで待機して下さい。

 問い合わせ先
 ○外務省領事移住部邦人保護課
  東京都千代田区霞ヶ関2−2−1
  電話:(外務省代表)03−3580−3311 (内線)2934
 ○外務省海外安全相談センタ-
  電話:(外務省代表)03−3580−3311 (内線)2902
 ○在インドネシア日本国大使館
  (所在地)Jalan M.H.Thamrin 24, Jakarta, Indonesia
   電話:(62−21)324308
 ○在ウジュンパンダン日本国総領事館
  (所在地)Jalan Jenderal Sudirman No.31, Ujung Pandang, Indonesia
  電話:(62−411)871030、872323
 ○在スラバヤ日本国総領事館
  (所在地)Jalan Sumatera No.93, Surabaya, Indonesia
   電話:(62−31)5024677、5030008
 ◯在デンパサール出張駐在
  (所在地)Jalan Raya Puputan, Renon, Denpasar, Bali, indonesia
   電話:(62−361)227628
 ○在メダン日本国総領事館
  (所在地)Jalan Suryo No.12, Medan, Sumatera Utara, Indonesia
   電話:(62−61)531192


1998/5/16

ブカシ KEMANG PRATAMAの深谷です。
度欲さん 御無事なによりです。
こちらは一昨日の深夜 RTから緊急招集の呼出しがあり自警団で徹夜しました。フ”カシGoroが略奪放火に会い向いのTaman Century団地にPenjarahが侵入したとのことで この団地とKEMANG PRATAMAは2km程度しか離れていないため非常に緊張した一夜でした。

昨日も団地前の道路を群集が通過したとのこと 見に行くと自動小銃で武装した軍人が3人 セキュリティ10名程度 自警団(団地住民男子)100人程度が警戒にあたっており緊張した雰囲気でした。この後 雨が降り沈静化した様です。

食料品については昨日同じRT内のパン屋さんが食パン2山を無償配給してくれました。自警団に対するお礼ということのようです。食パン2山は自警団全員に配られました。ありがたいことです。

昨夜は2時まで自警団 今朝は5時に起きて行くと すでにリラックスしたムードで 例のパン屋さんとRTさんが話し込んでいました。明るくなってくると野菜の引き売り 朝食のカキリマが団地内に入ってきました。またもパン屋のおやじにNASI KETUPATをごちそうになってしまいました。野菜の引き売りもカキリマも今日は数が多く 子ども達も朝の散歩をかねて自転車で走り回っていました。RTさんとどうやら峠は越したようだな などと話しながら 帰宅しました。いまのところこちらは平日と同様に落ち着いています。食料品についても上記の通り パン屋もシャッターを閉めたまま営業しており まあなんとかなるかなというところです。

ところで外国人の私が自警団に参加するなどということには 賛否両論(否がほとんどかもしれませんね)あると思いますが 家に居ると外の状況が全くわからず いきなり襲われることになってしまうと考えたためです。またRTさんも気を使ってくれ 終始私につきっきりでいてくれました。RTさんによると自警団で威嚇していないと Pen-jarahに狙われるとのこと 警備のメインはあくまでも自動小銃をもった軍人です。ちなみにKEMANG PRATAMA団地は 表は橋を渡って入るようになっており 門を閉鎖するとさながら堀に囲まれた要塞のようになります。裏門側の通りには軍の官舎があり こちらも門を閉じると誰も入れなくなるという地形です。自警団はこの二つの門の内側に立って警戒にあたります。もちろん最前列は 自動小銃を持った軍人さんです。

1998-5-16 07:00+0700 Gandul(所在地付近)の状況

(1) 昨日Gandul村役場まで暴徒が達したが、村人たちが暴徒達を刺激しないように牽制したので、商店もパサールも被害がなかったとオジェック(オートバイタクシー)のあんちゃんが今しがた言っていた。モスクでの昨日の法話が効いたのかもしれない。また、暴徒に襲われた町(集落)では、その町の若者が暴徒を手引きしているようである。

(2) 昨夜22:00から就寝する24:00までの間に数回の銃声らしきパーンという音を聞いた。この音は、時間を置いて散発的にかつ単発であった。銃声の残響が余韻を引いていたところから、かなり離れた場所で発砲したものではないかと推測する。インドネシアでは家の壁が煉瓦なので、夜間は残響を伴ってかなり遠くまで音が届く。

(3) 女中が今しがた買い物から戻ってきた。青菜、きゅうり、なす、鶏肉などが入手できたが、値段は暴動前の二倍になっている。

【5/16のコンパスとメディアインドネシアより】
ポスコタが売り切れでまだ入手できないので、代わりのコンパスとメディアインドネシアの記事からの無断配信です。ポスコタの方がJabotabekの詳細状況が分かるのですが。
(1) 両紙とも一面トップは「スハルト大統領退任を否定」です。詳細は他のメディアを見てください。
《恥さらしの老兵は去れ!》

(2) メディアインドネシアでは、一面にスディルマン大通りを装甲車にのった陸軍の兵士が大写しです。その中に写真のページがあり、@アッラーフアクバルのアラビヤ文字とMilik Pribumi(プレブミ所有)と書かれたポスターを貼った店、A昨日200人の暴徒が焼死したジョグジャデパートのまえで警備している陸軍兵、Bくわえたばこで警備側に投石している暴徒、Cスカルノハッタ空港から町に出る自動車を待ちくたびれて寝込んでしまった二人のお嬢さん、D独立広場前に構えた数台の戦車(小型のもの)、E暴動のどさくさに紛れて盗み出したものを抱えて運んでいる女性や子供、オートバイに乗った機動警察員が盗品のようなものを抱えている、F警備側の銃撃で死亡した暴徒を運んでいる、G国外脱出するためにハリム(スカルノハッタではない)空港の待合室で待っている外国人家族、H国民のインドネシア脱出を決定した台湾外相、I焼け爛れた自動車の横をパトロールしている装甲車、Jひっくり返されて焼け爛れた自動車の横にある燃え落ちた灰の中から売れそうなものを探しているおっさん。《ウチの近くのチネレでも、道路で自動車のようなものを燃やした跡があり、いくつかのショールームや事務所が壊されていた》
(3) アミンライスは、イスラムは襲撃、他人の所有物の略奪、華人や非ムスリムの家からの窃盗など

を禁じている、とかたった。「クルアンの中にはただ一つとして華人の家を襲って略奪することを推奨した文はない」と昨日の金曜礼拝の時にAl Azhar寺院で礼拝者に対して語った。

(4) 昨日のジョグジャデパートの略奪で焼死した暴徒の数は174体(22:00現在)、コンパスでは137体(20:30現在)。《庶民は「ざまー見ろ、天誅だ」と言っている》

(5) 昨日の犠牲者発生は以下のとおり
Ciledug 82 Ciledug plaza, Tangerang
Kb. Jeruk 2 Intercon plaza, Srengseng
Slipi 17 Slipi Jaya
Angke 21 Jl. Tubagus Angke通りの商店街
Matram 2 Gramedia/Grassra
Klender 17 Yogya Dept. Store

(6) 外国人が続々と出国。今日明日のシンガポール、クアラルンプル、台北行きは満席。

(7) 暴動がランポン州の小都市に飛び火している。

(8) この一連の暴動のためにバリ島への日本人観光客がいなくなってしまいそうだ。

1998-5-16 20:10+0700<Kemang, Brawijayaの状況>
今日は午後3時頃、雷をともなった激しい雨が降りました。
よろず電子掲示板で「コスモ」と「ケムチックス」が店を開けているとの情報を得、行ってみようと思ったときに激しく雨が降りだしたので上がるのを待っていました。
夕方5時すぎにNHKの7時のニュースを見た後、ケムチックスへ向けて自転車を飛ばしていって見ました。シャッターが殆ど閉まりかけており、閉店の様子だったので、あきらめてコスモへ向かいました。コスモも既に閉店。どうやら両店とも半日だけの営業だったようです。
帰り際にブラウィジャヤ宿舎へ寄ってみましたが、本望次長は事務所にて清水次長と今後の対応について協議されているとのことで不在。ブラウィジャヤ通りにはブルーバードのレンタルバスが数台待機しており、物々しい雰囲気。要人の脱出用かと周りの人に尋ねたところ、近隣に住むアメリカ人が空港へ向かうためにスタンバイしているとのことでした。
クマン宿舎に帰る途中、クマン大通りおよび近辺の欧米系のレストラン(Mama's Kitchen, Champion, CHI-CHIs, RIBs, etc.)は殆ど営業していました。

【よろずインドネシア】
ジャカルタ(コタ地区)に、バンドンから進入に成功! No.1
Posted by JJ on May 16日 (1998年) 00時52分50秒:
キジャンを用意したかったのですが、不調に終わったためいつものBMWで、目立たないように暗くなってから(7時半)にバンドンを出発。 スバン− チカンペック経由でジャカルタに10時半頃に無事到着しました。
「バンドンの状況」 夕方までスパーも開店(私もお米を10kg購入) 道路に混乱なし。 ガソリンスタンドも通常どおり。
値下げのうわさが既に流れていたため、がらすき(私はジャカルタ進入の備えて満タンに)
「バンドン−スバン−プルワカルタ」 まったく、いつものと同じ。 
「プルワカルタ−チカンペック」 さすがにトラックの数はほとんどいないぐらいの数。 長距離バスは運行。
「チカンペック−ポンドックグデ」 道路がらすき。 しっかりと料金所は運営中。 ポンドックグデの料金所に新聞売りの少年達がいた(めずらしい) 新聞を購入。1面の見だしは 200名の犠牲者とある。
「トールコタ」 料金所にはまだ、誰もいない。 少しは車が走っている。 そのうち、半分はよく見たら軍用車だった。
スディルマン周辺はいつもよりも暗い。 スリピジャヤの焼け跡にはまだ100名近い餓鬼どもがたむろしている。
トリサクティのあたりは薄気味の悪い静けさ。 ホテルオムニ、ジャカルタは全部の電気を消している様子で、危うく出口を間違えそうになる。 アンチョールで高速を降りるまでまったく何事もなし。   
アンチョールの高速出口からアンチョール入り口までほとんど人影なし。 信号が赤だが、止まるとやばいのでいっきに右折。 グヌンサハリ通りには、いつもと同程度の人影。 営業(?)しているカキリマあり(庶民もがんばっている)一見、いつもと変わらないがよく見ると、道端には引っこ抜かれた道路標識がごろごろ。
マンガドゥアに向かう交差点を曲がった途端に情景は一変! 橋のところで小隊規模の治安部隊が道路を封鎖中。
気が立っているのか、こっちの態度が悪いと難癖をつけられ、30分以上も揉める。(どうも華人とずっと思われていた様子) 気のいい軍曹が助け船を出してくれ、裏道(ジャヤカルタ経由)を廻ることに。 基本的にはサッパン以外は中に入れていない様子。本来の住人はとっくにどこかに逃げちゃってるか、中で女房のように篭城中だから、夜中に進入しようとするほうが奇異だったとも言える。 
彼らの後ろに見える情景はまさにぞーっとする。 黒焦げの車、焼かれたというハルコのあったルコ群は暗いなかでも、マックロケ。 なんか神戸の震災後を思い出させる。こんなにひどい状況なのにテレビでみせないのはひどすぎるからか.....
ジャヤカルタも鉄道近くまでは、特に変わったことなし。 マンガドゥアに入る裏道には、昨日の略奪に関わったにちがいない住人(?)達がたむろ。 やべー、と思っていると少し先に別の治安部隊が警備中。 さきの経験から窓を開けて愛敬を振りまく。 兵士達も笑顔で手を振り替えしてくる(やっぱり笑顔作戦のほうがうまく行くようだ)無事に女房が篭城中のアパートに到着。 暗くするように指示がでたのか、街灯類は最小限。脱出組が多いのか窓から漏れる明かりはほとんどなし。 サッパン達も帰り損ねたのか、義務感か、非番組も私服で待機中。
サッパンの一人の話では、裏のカンプン住人(暴徒、略奪者達)から略奪品の買い取り(故買?)の話を持ち掛けられていると。
今夜は安全そうなので、一眠りして、明日バンドンに脱出しよう (バンドンのほうがここよりは安全そうだから) 
「まとめ」 * 高速は現状、問題なく通行可能
      * 本当にひどい状況はTV等では、報道されていない。
      * 治安当局もトリサクティ事件で一人悪者にされた形で、兵士レベルまで馬鹿にされ、侮辱されたような感じとなっており、かなり気がたっている。 今回はかなり本気だぞ!
      * 本当の田舎は、いたって平静。(中途半端な田舎があぶない)

ボゴール農業大学の大学院に留学中の友人である荒木君から
5月16日(土)
皆様、

荒木です。すでにご存じかとは思いますが、いまインドネシア全国の学生がデモをおこすわ、それに便乗して盗賊どもが放火するわで、確かに大変なことになっています。誤解されないようにお願いしたいのですが、ジャカルタやジョグジャカルタで銀行やデパート、挙げ句の果ては病院まで焼き打ちにし、罪もない人を犠牲にしているのは決して学生ではないということを申し添えておきたいと思います。彼らはただの悪党で、インドネシアの将来を真剣に考えない人たちです。

ともかく、私は幸い大学の中の下宿に住んでいるということもあって、安全面で問題を感じたことは今のところなく、元気に過ごしております。ボゴール市内はジャカルタとは 60km ほど離れたところに位置し、私のいるキャンパスはボゴール中心部からさらに 15km ほど離れており、これといった「お金持ちの象徴」的な建物は存在しませんので、ここではジャカルタのような事件は起こらないでしょう。繰り返しますが、インドネシアの大学生達は決して焼きうちのような馬鹿げたことはしません。

今日は私の留学しているボゴール農科大学でも、大学院棟の前に千人規模の学生が集まって、集会ともデモともつかないような状況でにぎわっておりました。私の個人的な感想としては、「ただわめいているだけで、こいつら何も考えていないな」としか言いようがないのですが。言うべきことはただ一つ、「スハルト大統領は即刻退陣するべき」、ただこれだけなのに、例えば暑さを避けて屋根の下にいる人に対して「君たちも我々の集会に参加しなさい」などと余計なことを言ったりですとか、意味もなく15分おきぐらいに歌を歌ったりですとか、まあ、何のためのデモンストレーションなのかが理解できていないのでしょう。これは国の発展段階の差でもありますから、ある意味では仕方ないのかもしれませんが。インドネシア国民には、まだまだ同じ国の国民として互いに連帯する精神が欠けているのでしょう。昨今では日本人にもそういう精神が欠けていると言えなくもないですが。これが「国境など存在しない」というグローバルな考え方に発展すればいいんですけどね。きっとそれはこれからの課題なんでしょう。

今はただ、これからインドネシアがどのように変化してゆくのかを見守ることにしたいと思います。そして私自身が、一学生として、一専門家として、そして一人の人間として、インドネシアという国の中で何が出来るのかを模索していきたいと考えています。目の前に与えられている課題は、とりあえず研究ということになりますが。残り3ヶ月間の経験が、これからの自分にとってかけがえのない貴重な宝となるのだと信じて毎日をを過ごしていきたいと思います。

追伸
17日(日)現在のインドネシアは日本の外務省によると危険度4、ジャカルタおよびボゴール地域の在留邦人は20日(水)までにほとんど全員が帰国するといった情勢ですが、私はボゴール農科大学のダルマガキャンパス内に残ることを決心いたしました。私の判断する限りでは、キャンパス内(私の下宿もキャンパス内にあります)の危険度は0もしくは1程度といたって安全な場所でもありますので。

1998/5/17

【5/17のポスコタより】 註がない記事はすべてポスコタ独自取材のもの
(1) 一面トップは「大統領内閣取り潰し」。スハルト大統領は第七次内閣の取り潰し(reshuffle)を至急行なう見込み。この骨子は、国家建設の重圧を負担しかつ責任を取れる強くてしっかりした内閣を組織するためのもの。これは昨日ハルモコ議長が話したもの。
(2) UI(インドネシア大学)の学長をはじめ教授たちが大統領の退陣を要求した件に対して、スハルト氏はDPRの決定に従うと述べた。
(3) ジャカルタ市内は平静に戻ったので、市民は安心して平常の生活を続けるよう、ジャカルタ地区司令官シャフリル中将が発表した
(4) スラカルタ(ソロ)が大混乱して236人の暴徒が逮捕された。
(5) Majelis Ulama Indonesiaの会長が、第七次内閣は問題を解決していないが、少なくとも良い始まりとなるだろうと述べた。
(6) アミンライスが逮捕されるという噂は間違いであると、軍のMakodongan准将が発表した。
(7) ジャカルタ市内の暴動による焼死者の数はますます増え、一昨日に分かった227体に昨日153体が加わった。
(8) 800所帯のアメリカ・カナダ人が15機でハリム空港から昨日出国した。
(9) 自動車用燃料の値下げに伴い、タクシー、PatasAC、Mikrolet料金を値下げすべきである。
(10) 全国大卒生同盟が昨日設立された。
(11) Pekanbaluの下駄履き住宅火災で6人が犠牲になった。
(12) 盗品の奪い合いで、ojek運転手が泥棒仲間を殺害した。
(13) 暴動の逮捕者のうち千人以上を釈放。209人にRp3000-5000を科料。
(14) Pulogadungバスターミナルは昨日から遠距離バスの発着が再開されて混み合っている。
(15) Sudirman, Gatot subroto等のオフィス街は銃(senjata laras panjang)で武装した海兵隊が厳重警備を行なっている。
(16) 暴動が起きたPalembangは土曜日の朝から少しづつ平常に戻っている。
(17) ジャカルタ警視庁は中部ジャワPurwodadiからきた25人の男達を取り調べ中である。この者たちはジャカルタとその近郊の暴動、放火、略奪を先導した疑いが極めて高い。彼らは、地元民による暴動が始まると、あらかじめ用意されたトラックに乗って次の場所に移った、と警視庁総監は語った。《裏で糸を引いている者がいるようだ》

+ポスコタ無断配信人
★数日中に帰国になるかもしれません。それまで続ける予定です。
★私と同様インドネシアにいてこの記事を読んでいらっしゃる方へ。
「日本人よりインドネシア人の方が先に耐えられなくなりますから、『じっと我慢の大五郎』を決め込んでいてください」。
★ 色白で、目の小さくて細い方たちは華人に間違われやすいですから、ご注意を。
★ 出かける時は隣近所のインドネシア人たちに安全を確かめて下さい。こういう時にこそ、地元民との交際の結果が評価されます。

1998/5/18

共同通信ニュース速報
 混乱が続くインドネシア脱出のためジャカルタを出発した日本企業の駐在員や家族ら約七百人が、十八日午後、日本航空臨時便のジャンボ機二機で成田空港に到着した。
 同日夜には関西空港にも全日空機の臨時便で約二百人が着く予定で、この日だけで定期便も合わせ、日本人の帰国者は計約二千人に上る。
 外務省によると、十八日正午現在でインドネシア国内に残っている日本人は一万人余り。日本航空、全日空は十九、二十の両日も臨時便計十一便を運航する計画で、約三千人が帰国する見込み。  
 しかし二十日に予想されている大規模反政府集会の行方次第では危険性が一気に増す恐れもあり、自衛隊機や海上保安庁の巡視船、民間船で残る日本人の救援が十分できるのか不安は消えていない。
 現地で商店などが焼き討ちに遭い買い物に不自由するなど、今後の食糧調達が次第に困難になることも予想されるため、外務省は電子レンジなどで調理できる非常食を百人用十日分を確保、十九日にも現地へ送る方針だ。                    
[1998-05-18-17:47]

共同通信ニュース速報
 混乱が続くインドネシアの首都ジャカルタから、日本企業の駐在員や家族らを乗せた全日空と日本航空の臨時便ジャンボ機計三便が十八日、相次いで成田空港に到着した。            
 いずれも政府の要請で派遣された事実上の救援機で、邦人救出のために国内航空会社が臨時便を出したのは、一九九一年に湾岸戦争の際、中東のヨルダンなどに飛んで以来。           
 この日夜には関西空港にも全日空の臨時便で約二百人が帰国。定期便も含めると現地からの帰国者は同日だけで約二千人となり、過去最大の「邦人脱出作戦」が本格化した。臨時便は十九、二十日の両日にも計十一便が運航され、約三千人が帰国する見込み。   
 救援機の第一陣となった成田着の全日空便は約三百人を乗せて十八日午前七時半すぎに到着。午後には日本航空の臨時便二機で約七百人がそれぞれ到着した。                  
 到着ロビーに姿を見せた駐在員や家族らは、企業関係者や親族の出迎えを受け、ほっとした表情を見せたが「外に出ると、装甲車や兵士であふれていて驚いた」「二十日の反政府集会が不安だ」と現地の緊迫した様子を語った。                 
 外務省によると、十八日正午現在でインドネシア国内に残っている日本人は一万人余。しかし二十日に予想されている大規模反政府集会の行方次第では危険性が一気に増す恐れもあり、民間機とは別に政府が進めている自衛隊機派遣や海上保安庁の巡視船、民間船だけで残る日本人の救援が十分できるのか不安は消えていない。  
[1998-05-18-17:40]

時事通信ニュース速報
=邦人救出準備で2機、警務官も同乗=
 航空自衛隊のC130輸送機二機が十八日夕、情勢が緊迫しているインドネシアからの在留邦人救出に備えて愛知県・小牧基地を出発し、マニラ経由でシンガポールへ向かう。また海上保安庁の大型巡視船「みずほ」(五、三○○トン)も同日、シンガポールに向けて出航するため、沖縄県・那覇港で救援物資を積み込むなど、政府は急ピッチで邦人救出への準備を進めた。
 邦人救出準備を目的とした自衛隊機の海外派遣は、自衛隊法一○○条の八に基づく「準備行為」に当たり、昨年七月のカンボジア危機以来二回目。橋本龍太郎首相が十八日午前、小渕恵三外相らに対し自衛隊機をシンガポールに派遣し待機させるよう指示。これを受け小渕外相は同日午後、久間章生防衛庁長官に対しシンガポールのパヤレバ空軍基地に移動するよう要請した。
 輸送機は十八日深夜、マニラのニノイ・アキノ空港で燃料を補給。翌十九日午後にパヤレバ空軍基地に到着する。輸送機には、乗員、支援要員のほか、不慮の事態に備えけん銃を携行した警務官が各機に三人ずつ同乗する。十九日には、第二陣としてC130輸送機四機が先行の二機に続いてシンガポールへ向かう予定。
[1998-05-18-17:19]

時事通信ニュース速報
=邦人救出準備で2機、警務官も同乗=
 インドネシア国内に入るかどうかは、シンガポールで待機しながら現地の情勢を見極めて最終的に決定する。防衛庁では輸送機の定員が八十人と限られているため、ジャカルタ−シンガポール間をピストン輸送することにしている。
一方、海保の巡視船「みずほ」は出航準備が整い次第、那覇港を出発する。十九日に出発すれば、シンガポール沖に到着するのは二十四日ごろだが、状況次第ではジャカルタに直接向かう可能性もある。さらに新潟県沖で任務遂行中の巡視船「えちご」(三、二○○トン)の派遣も検討されている。
[1998-05-18-17:19]

時事通信ニュース速報
 インドネシアに板ガラスなどを製造する四つの関連会社がある旭硝子は十八日までに、現地の日本人従業員と家族を日本へ帰国させることを決めた。同国に滞在中の関係者は、出張者二十五人、出向者五十五人、家族六十四人の計百四十四人。このうち、工場の操業に必要な出向者二十人を除く全員を、十八日から順次出国させる。
残留する二十人についても、状況によっては国外へ退避できるよう、ルートの確保を指示している。
[1998-05-18-16:16]

共同通信ニュース速報
 【ジャカルタ18日共同=横山司】大規模暴動でまひ状態となっていたインドネシアの首都ジャカルタの経済・社会活動が徐々に再開される中、スハルト大統領は十八日、ウィラント国防・治安相(国軍司令官兼務)と会談。大統領退陣を要求する大集会が予定される二十日の「国民覚醒(かくせい)の日」の治安対策などの協議を続けている。                        
 インドネシア大学などジャカルタ各地の学生、教職員ら約四百人は十八日朝から国会に押し掛け、治安部隊が警戒する中、国会内に入り国会側代表と協議した。国会の内外に集まった学生は同日午後には約三千五百人に膨れ上がった。              
 ラティフ観光・芸術相が同日、大統領に辞表を提出するなど、先週末に大統領が公表した内閣改造へ向けた動きも始まった。同相の辞表提出は大統領の意向を受けたものと受け止められている。  
 十四日から業務を停止していたインドネシア国立銀行(中央銀行)は十八日朝から決済業務を再開。邦銀支店を含む各民間銀行も開店するなど、経済活動は一応正常化した。            首都中心部のバスやタクシー、乗用車も普段の八割程度に回復。暴動を免れた地区では、ほとんどの商店が店を開けた。しかし二十日にはジャカルタの百万人集会をはじめ、各地で大規模集会が予定され、住民の間には静かな緊張が漂っている。         
十七日に始まった在留邦人の本格脱出も、日本への直行便が臨時便、定期便合わせて九便が飛ぶ十八日から十九日未明にかけてがピークとなる。九便はいずれも満席かほぼ満席。ジャカルタの日本企業は駐在員の脱出などで、ほとんどが休業状態だ。       
[1998-05-18-16:52]

時事通信ニュース速報
=緊急度増した場合−運輸次官=
 黒野匡彦運輸事務次官は十八日の定例記者会見で、インドネシア情勢が深刻化した場合、既に運航が決まっているインドネシア−日本間の臨時便十五便に加えてさらに増便を図る方針を示した上で、その際は政府チャーター便の扱いとし、インドネシアと周辺国間で邦人をピストン輸送することになるとの見通しを明らかにした。
 同次官はまた、臨時便の運航で日本航空と全日本空輸の協力を得たことに関連して、「(両社は)あくまで民間企業であり、事態の沈静化後に(両社から)合理的な要求があれば、政府全体で負担すべきである」と述べた。現時点で両社から費用請求の話はないとしているが、同次官の発言は、臨時便利用者の運賃だけで賄えない運航費用や、臨時便の機材繰りのために運休する定期の振り替え費用を念頭に置いたものとみられる。
[1998-05-18-16:04]
共同通信ニュース速報
 「これからシンガポールに出国します」「おにぎりもできました。(日本人学校に足止めをされた)子どもたちもすやすや眠っています」。混乱が続くインドネシアで、日本企業の現地駐在員らが運営するインターネットのホームページに連日、こんなメッセージが掲載されている。
 現地の情勢を国内外に向けて伝えるだけでなく、在留邦人が互いの安否確認や国外脱出に向けた情報交換の場として利用しており、邦人社会の危機管理に効果を発揮している。
 このホームページは「よろずインドネシア」。ジャカルタ在住の日本企業の社員らが親ぼく目的で二年前に始め、これまで医療、娯楽、観光など生活全般にわたる話題などを交換してきた。    
 混乱が始まって以来、同ページ上の「井戸端会議」という電子掲示板へのアクセスが急増。メンバーらが知りたいことや知らせたいことを書き込めるため、安否や国外避難のための航空機の運航状況、学生デモの予定など貴重な情報が次々と集まる。       
 日本人学校の児童、生徒たちが暴動で帰宅できなくなった十四日夜から十五日早朝にかけては、子どもたちが校内に宿泊する様子や学校周辺の治安状況、帰宅のバスルートなどをリアルタイムで発信。ある保護者は「重要な情報をありがとう」と言葉を寄せ「とにかく落ち着きましょう」と互いに励まし合うやりとりもあった。  
 実際に国外に出た駐在員からは、空港までの沿道の状況や空港の様子なども紹介され「空港は混乱していて待ち時間が長い。水や食料を少し持っていた方がいい」などとアドバイスも。      
 このほか個人で運営するホームページも盛んに現地の様子を発信。外資系コンピューター会社のシステムエンジニアは自宅から見た火災の様子を写真付きで掲載。十六日には「今日シンガポールへ退避します」と伝え、ホームページの更新を一時的に中断した。日本語教師の男性は連日、二、三度ホームページを更新し、体験談を中心にジャカルタ市内の様子を伝えている。           [1998-05-18-08:15]

【5/18のポスコタより】
(1) トップは「暴動の犠牲者共同墓地に葬る」と黒抜きで。
ジャカルタとタンゲランでの暴動の際に発生した数百人の焼死者の遺体は東ジャカルタとタンゲランの共同墓地に今日葬られる。タンゲランでの焼死者はまだ増えていて、昨日現在で170人に達した。ほとんどが黒焦げ状態だが、身元が判明した遺体は遺族が引き取った。Ciledug Plazaでの焼死者はさらに六人増えて119人になった。

(2) 暴動捜査のために警察は戸別調査しない。
ジャカルタ圏で警察治安部隊が暴動の際の略奪物資調査のために戸別訪問するという噂を否定した。「今警察がやっているのは、地域住民たちと協力して破壊された公共施設を修理することだけだ」と理由付けた。ポスコタの聞き込みでは、この噂はCiledugと Bekasi, Depok, Lenteng Agung, Cengkareng, Penjaringanなどで流れている。

(3) 内閣取り潰しに関して大統領はDPRの意見をよく聞くべきだと、ディポネゴロ大学の国法学者スハルジョ博士が提言した。(アンタラ訊)

(4) スハルト政治は「たつ鳥あとを濁さず」とすべきだ。
イスラム系政治グループの党首である、アメリカでPHDを取ったNurcholish Madjidはスハルト氏に、全ての分野において現在のやり方から本来の正しいやり方に戻るよう依頼した。《原文はNurcholish Madjid kemarin meminta Pak Harto memimpin sendiri tindakan koreksi total terhadap penyimpangan dan penyelewengan di segala bidang》

(5) 暴動の際警察署で焼失したり紛失した車検証は無料で再発行する。《インドネシアでは交通違反などの際に、警察署へ出頭させるために車検証を取り上げてしまう》

(6) 軍が治安警備を保証しているが、この暴動の損害は数兆ルピアに達するみこみ。(アンタラ訊)と政府が発表。

(7) 住民たちが盗品を元の持ち主に返却している
Muara Baruの住民たちが暴動の際の盗品を返却するために、店に沢山やってきている。盗品を返却にしに来たのは、持ち主への同情と自己の過ちに気づいたため。返却された盗品の中には井戸ポンプ、電気鋸などがあった。この善行を見ていた略奪の被害者である商店主は「返却してくれた人たちにはどんなに感謝してもしきれない。返却品はまた商売の元手に使える」と話していた。《盗品も元の持ち主に返せばそれで良い、とする考えは日本では通じないがインドネシアでは普通である。返しに来た人に感謝し、戻ってきた盗品を元手にまた商売しようとする商人魂には驚かされる。これが、ここ数千年間に人間がたどってきた世界の普通の姿なのかもしれない》

(8) ドルを手放す人が多くなっている。
この暴動の再建が終わると現在Rp11,600の米ドルが値下がりするのではないと心配しているからである、と両替商の従業員は語った。

(9) シンガポールはインドネシア人の洪水(アンタラ/DPA訊)
ホテルも二つの商業空港もインドネシアのジャカルタ圏の暴動から避難する人の洪水で、その中には外国人もインドネシア人も混じっている。また、港もバタムからのフェリー利用客で混雑している。

(10) ムルパティ航空が予約で一杯
マレーシアとシンガポールへのチャーター便の予約の洪水である。今のところ、Pangkal Pinang, Pontianak, Batam行きは満席状態。営業担当重役の日曜晩の話では、Singapore, Penangなどへのチャーター便の依頼は主に外国人によるものであるとのこと。外国へのチャーター便は5/16にはMedan-Penang、5/17にはBandung-Singapore, Soekarno/hatta-Penangである。Palembang-Batam線とSoekarno/hatta-Pangkal Pinang線はF28が就航しているが、この機体は小型で客席数も少ないため(約60人)クルーたちは寝る暇もない。

(11) たくさんの住民がブカシの陸軍地方部隊の治安警備兵たちにナシラメスを差し入れた。日曜日の昼間、治安警備の兵隊たちへの差し入れとして、ナシラメス1200食と、食事代として千二百万ルピアを地方部隊本部に届けた。《政府主導で生まれた日本の軍隊と、民衆の中からでき上がってきたインドネシアの軍隊。同じ軍隊でありながら、国民の軍に対する親近度がずいぶんと異なる。》

☆ おまけ:事務所での話と実地観察結果☆
Tebetの友人が暴動見物に行ったら、略奪の現場に居合わせた警官が「あんたももっていきなよ。でも焼いちゃだめだよ」と言っていたので、どうしようか散々迷ったあげく、止めたとのことでした。昨日のポスコタにもあるように、お互いに分かるように腕にマークを付けた連中がトラックで乗り付けて、暴徒としてまず商店を破壊しはじめるということを聞いた。扉を壊すと、地域住民を扇動して暴動に持っていく。どうも裏に組織があるようだ。
また、友人の家の前を通った主婦が大きな買い物袋を下げていて、その中には粉ミルクなどが一杯入っていた。「店の中から放り出してあったから拾ってきちゃった」と悪げもなく語った。
襲撃の対象となったのは、ファミリー系と、BCAなどの華人系商店。特にファミリー系は憎悪と思えるほどの破壊を受けた。ベンツは何ともないがティモール車は沢山火を付けられた。華人系商店・企業を狙い撃ちにしたとしか思えない破壊の状況である。
また、略奪しやすい高価な商品が多い電器店が集中して狙われたようである。建材店に押し入っても、重い割に安いものばかりだからだろう。数あるパサールのうちでも、プリブミの多いところは損害がほとんどないのに対して、華人が多いところは焼き討ちにあっている。
南北に走るファトマワティ病院通りの北半分の華人商店はガラスが投石で壊れているものが多い。「Milik Pribumi」とは書けない華人経営の商店では「Karyawan kami Muslim」「Kami mendukung reformasi」とか書いてある貼り紙が目立ちます。

1998/5/19

時事通信ニュース速報
=米議会が圧力強化、政府は不干渉=
 【ワシントン18日時事】インドネシア情勢を討議する米上院外交委員会アジア・太
平洋小委員会の公聴会が十八日緊急招集され、議会側からスハルト大統領の退陣要求と米政府の圧力強化を求める声が超党派で続出した。
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 次期民主党大統候補の一人と目されるケリー上院議員は「スハルト大統領は威厳を持って即時退陣すべきだ」と強調、フィリピンのマルコス政権末期にレーガン元大統領がマルコス氏に辞任を勧告したように、米政府はスハルト大統領に引導を渡すべきだと述べた。ウェルストン上院議員(民主)は「抑圧政権に融資を行う必要はない」と国際通貨基金(IMF)の融資に反対を表明。トーマス同委委員長(共和)も米政府はスハルト政権に明確なメッセージを送っていないと批判した。
 しかし、政府側から証言したロス国務次官補(東アジア・太平洋担当)は「スハルト大統領の退陣問題を含め、政権交代を決めるのはインドネシア国民自身。米政府は走ッに次に何をせよとは指示しない」と述べるにとどまった。
[1998-05-19-09:00]


時事通信ニュース速報
=スハルト大統領、きょう声明=
 【ジャカルタ19日時事】インドネシアのスハルト大統領は十九日、退陣要求の高まりを受け、声明を発表する。十八日には、ハルモコ国会議長(与党ゴルカル総裁)が退陣を求める声明を発表、十九日に同大統領に退陣要求を伝える方針を明らかにした。一方、ウィラント国軍司令官兼国防治安相は同大統領支持の立場を強調、スハルト体制を維持しつつ改革を進めていく考えを示した。スハルト大統領の声明は、進退問題に触れる可能性もあり、今後の展開を占う上で、重要な意味合いを持ちそうだ。
続き (改行で表示 E:終了)
> 二十日には、オランダの植民地支配に対する民族運動が始まった記念日の「国民覚醒(かくせい)の日」を迎え、全国規模のデモが予想されている。ウィラント司令官は、デモを自粛するよう求めているが、イスラム組織ムハマディアのアミン・ライス議長は決行の構えを崩しておらず、スハルト大統領は二十日の混乱を避けるためにも、声明で強硬な発言は控えるとみられる。
 ただ、ハルモコ議長の要請にしたがって退陣を受け入れれば、いわば無条件降伏となり、「開発の父」としてのプライドが許すはずはない。このため、退陣するとしても、スハルト路線の継続、法と秩序の維持など「何らかの条件を付ける」(消息筋)との見方が有力だ。
[1998-05-19-08:01]

【5/19のポスコタより】 《 》は発信人意見
(1) 一面トップは黒地に白抜きで、ハルモコ議長が、スハルト氏退陣を要請した、とあります。副題は「今日、スハルト氏が発表」
(2) 軍が社会改革のためのグループを組織した。
(3) 数千人の大学生がDPR/MPRに侵入。

このメールでは他のメディアで報道されていなそうなものを、お知らせするのが目的ですから、これらの詳細は他のメディアでご覧ください。

(4) アミンライス:大衆は陳謝するにきまっている。
指導者が変わらない限り、政治改革(reformasi Plitik)は実施されないだろうと語った。内閣取り潰しは単に政治的な道化にしか過ぎないと、続けた。

(5) ジャカルタのいくつかの家庭では、国旗を一番上まであげて、議長の勇気をたたえている。
《今まではトリサクティ大学事件犠牲者のために半旗にしている家が多かった》

(6) 数千人の預金者が預金を引き出すのに行列している。《今朝のFatmawati通りのBCA支店では、八時前にもう二十人が行列していた。ダナモン銀行に勤めている隣のオバサンも、昨日のダナモン銀行のATMにも長い行列ができていたとのことでした。》

(7) アミンライスが驚ろいた
「大統領が辞任してほしいというDPR議長の発言は個人的なものである」というウィラント総司令官の言葉を聞いてアミンライスが驚いた。

(8) DKI知事が暴動の際の盗品を返却している大衆の姿に涙(berkaca−kaca)した。
他の皆さんもこの方々と同様に元の持ち主に盗品を返却してくださいと呼びかけている。

(9) 市民団体から続々と社会改革、政治・経済・法務改革を支持したり、5/12事件への哀悼のfaxがポスコタ編集部に届いている。

+おまけのフレッシュニュース+
【ラジオニュースから】
◆ 09:00+0700 スデイルマン大通りの東側のカレット地区で大火災が発生している。日本人が良く通う歯医者さんの入っているダルマラビルのすぐ東側。消防車が六台以上駆けつけて消火中。◆ 七時台のニュースでは、合計800人以上の身元不明の悪党たちが東ジャワ州各地で暴動を扇動しようとしているがいずれも失敗に終わっている、とありました。
◎ 大統領の声明があったら、また連絡します。

【ジョグジャカルタから出てきた人の話】
先週木曜日にジョグジャでも暴動が発生し、軍が鎮圧に当たったが役に立たなかった。そこでスルタン・マンクブヲノが大衆に暴動を止めるように呼びかけたところ、暴動がおさまった。このサルタンは民衆から多大な尊敬を今でも集めている。《昨夜、大学構内で大学生に演説しているマンクブヲノ氏の姿がテレビニュースに映った。》
【テベットからの通勤者の話】
Jl. Tendeanには「Berlomba menurunkan Suharto」という大きな横断幕がSuaraKarya(?)出版社の前に掲げられていた。「Rombak Kabinet」と引っかけた、インドネシア人が大好きな駄洒落。

【暴動の際のエピソード】
暴動が発生して、銀行が襲撃されそうになった時に、バリ銀行の守衛さんが二万ルピア札の現金Rp50,000,000(百万円相当)を道路にばらまいて、難を逃れたとのことでした。一旦破壊されたら、たったこれだけの出費じゃすまないというのが、経営者側のねらいだったらしい。《色々と暴動対策を考えるものですね》

【昨夜の話】
さくやインターネットになかなか繋がらず、「ついに手が入ったか」と思いましたが、ただ混んでいただけのようなので安心しました。

【最後に】
短い間でしたが、ご愛読ありがとうございました。翻訳の間違いや、私自身の「偏見と中傷」のコメントでお気を悪くされた方々にはお詫びいたします。次回ジャカルタに参りましたら、再開したいと思いおります。ありがとうございました。

今晩帰国する予定の「ポスコタ無断配信人」

(1)【RRI 10:20 ジャカルタ5/19】
RRI の10:20の放送では、スナヤンのMPR/DPR前に大学生が既に一万人集結していて静かに大統領の声明を待っている。地方から上京してきた大学生たちが今後さらに加わる見込みです。

事務所では全員ラジオを囲んで、息を呑んでこの声明を待っているところです。
今日は全然仕事になりません。

インターネットでジャカルタのFM放送が聞けるそうですから、お急ぎの方はこちらへどうぞ。

(2) 【RRI 10:50 ジャカルタ5/19】
発表された大統領の声明では、臨時国会を開催したのちに至急大統領総選挙を行なう、ということになっています。
すなわち辞任はしないということになります。
今日の午後からインドネシア全体がどうなるかが心配です。

随時、状況が変り次第、送信します。
1998年5月19日 ジャカルタ 行動記録
Cinere(宿舎)発 17:30+0700
JKT空港着 19:00+0700
Checkin終了 20:15+0700  ロビー中人の洪水。臨時窓口 No.22 (KALの増便のためいつもの窓口が使えなかった。)JALの列の前の方に並んでいた現地事務所勤務の友人のおかげで早くチェックインできた。
FISKAL支払い終了 22:10+0700  No.22の方のカウンターが大混雑していたのでJALの係員がN0.16の方のBank Bumidayaへ案内してくれた。
Immigration終了 22:20+0700
1998年5月20日 ジャカルタ→東京
搭乗終了 00:05+0700  台北行きのCALの出発が三時間近く遅れて、E4のエプロンがあかなかったためらしい。
搭乗口閉鎖 00:40+0700  三人の乗客の搭乗を待っていたため。
離陸 00:50+0700 便名はJL1726(臨時便)機体はJA8547 DC10ほぼ90%の満席状態。この便は日本国政府がチャーターしたものではなくJALが自己リスクで増便したものである。片道運値は後払いで約$990であるとFISKAL待ちの時に聞いた。通常と異なりこの便はすべてエコノミー。またいつもは出ない食事が離陸後提供された。空港で長時間待った乗客が多かったので、この食事はありがたかった。朝はサンドイッチとジュースのみ。
飛行中はほとんど寝たきりオジサンであった
成田空港着陸 09:20+0900 全く普通どおり
Immigration 09:38+0900  全く空いていた
通関終了 09:55+0900 荷物の出方は普通であった。一般の時と異なり、避難者が多かったためか荷物が少なかった。
ABC送付手続き終了 10:05+0900 全く普通どおり
京成空港2駅発 10:35+0900 出社のため、青砥乗り換えで京急品川下車、会社までタクシー
本社着 12:15+0900 普通ならまっすぐ帰宅するはずなのに

【国際避難民観察録】

5/19のCengkareng空港

《19:00 出発ロビーにて》
 見送り客の待合室に入りきれない人たちが車道から建物への連絡通路から車道沿いの通路に溢れ出している。いつもなら通路に置いてある、荷物を載せる台車も見つからない。運転手を待たせて待合室に入り、台車を探すがなかなか見当たらない。ポーターが空の台車を押しているのを見つけてRp1000握らせて台車をもぎ取ろうとするが、Rp1000追加しろという。Biarin(勝手にしろ)とばかりもう一枚千ルピア札を渡してようやく台車をものにした。
 台車に大きなトランク一個と小さなトランク二個、バッグとパソコンを乗せて待合室に入ろうとするが、そこここに島となってぎっしりかたまっている人たちが邪魔で台車が進まない。もちろん見送り客の待合室の入り口ドアは開けっ放しである。ようやくの思いで待合室に入ると、そこは中国人たち(華人[現地国籍の中国系住民]かどうか不明)の塊。どの顔も緊張で引きつっていて中国語が飛び交っている。いつもの軟らかいイメージは見当たらない。
 手荷物検査所を通過すると、そこは韓国人の黒山だった。韓国政府が臨時便を準備したために、韓国人が空港にどっと押し寄せたらしい。パニック状態におかれた韓国人にしては、怒鳴り声も聞こえないのは、インドネシアに派遣された彼らはそれなりの選択を経てきている人たちなのだろうか。韓国人の黒山と、手荷物検査所のあいだにもインドネシアのプレブミ(インドネシア現地人)たち、華人たちがぎっしり詰まっている。そのわずかな隙間に台車を押し込み、ぐいぐい押さないと全く前に進まない。この人たちは好き勝手な場所に台車を置いているので、ますます通路が狭ばまるばかりである。彼らの台車の向きや位置を動かしながら少しづつ進む。どうしてもどかない嫌な顔をする彼らにも愛想を振りまきながら進む。ときおり嫌な目付きなでこちらをにらんだが強硬突破した。

《19:20頃の大韓航空チェックインカウンター》
 19:20頃だろう、大韓航空のカウンターでは、係員がカウンターの上に立ちあがってハンドマイクを使って韓国語で何かを叫んでいる。それに応える韓国人たちのどよめきや叫びは聞こえない。その係員の隣のカウンターでは数人の男性乗客たちが係員に詰め寄って、口角泡を飛ばして何かを抗議しているが、声は雑踏に消されて、サイレント映画を見ているかのようである。年齢別構成を見ると日本人たちよりも児童や幼児が多いように見えた。

《寝ているプレブミたち》
 韓国人の人ごみを抜けると、広々とした場所に出た。チェックインカウンターの中間の広場である。この広場の通路以外は、出発便を待っているプレブミ達ばかりがピクニックマットの上にいわしの缶詰のようにびっしり寝ている。この人たちをよくみると老人たちと幼児があまりにも少ない。老人たちはインドネシアに置いておかれたのか、幼児達はさきに避難したのかは知らない。いつものプレブミ達だったら、座って何かをつまみながらおしゃべりしたり笑い声が満ちているはず。しかし、疲労困憊しているのか、ただ静かに横になっているだけである。これを見て、暴動の際に発生した火災犠牲者の数百の遺体がならべられているのをおもわず連想してしまった。それほど活気がなかったのだ。顔つきから見ると、彼らは高学歴の上流家庭の人たちのようだった。

《JALのカウンターにて》
 この「いわしの缶詰」を通り過ぎるとJALのカウンターである。ここも乗客たちが緊張しているのが分かる。冗談を言っていても、それが緊張をほぐそうとするものであるのがあからさまなほどだ。19:30ころからカウンターに並びはじめてもなかなか列が進まない。これは焦っているからそう感じているのではなくて、事実なかなか進まないのだった。
 列のしっぽにいた僕は、別なJALの特設カウンターに誘導され、そこの前列にいた会社の同僚を見つけた。彼らは家族でチェックインしようとしていた。すかさず荷物と航空券を預ける。エクセスが出たらちょっと困るな、と思っていたが、人数が多かったために超過料金はかからずじまいだった。

《FISKAL窓口にて》
 ここもまた黒山の人だかりであった。並んでいる一人が10cmにもなんなんとするパスポートの山を窓口に出している。税金の合計は数千万ルピアに達するだろう。事情が分からなかったがときおり、ウォーッというどよめきが列の前列から聞こえた。待っているうちに搭乗時刻は着々と迫ってくる。するとパキスタン航空(PIA)のパキスタン人と思える係員が口々に「Pakistan Airline Passengers?」と叫びながら乗客を探しに来た。列の中の数人が手を上げると、係員は強引に列をかき分けて乗客に近づき、窓口に領収証を早く発行するように強硬な姿勢で迫ったらしい。雑踏の中なのでよく聞こえない。出発便のディスプレーを見ると出発時刻はとっくに一時間以上もすぎている。この便はシンガポール経由のカラチ行きなので、当然避難民が喜んで使うはずである。PIAが一時間以上も遅れているなら他の便も右へならえになるはず。日本政府のチャーター便が避難民を沢山積み残したのなら、国会で大問題になるはずである、と、とりあえず自分を納得させるしかない。
 このカウンターの列がなかなか進まないので、隣のカウンター前にあるFISKAL支払所に移動した。ここも列をなしていたが、割とスムースに支払いを終えることができた。この際には複数の列に友人たちを配置しておいて、ある程度列が進んだ時点で、最前列にいる仲間に手続きを任してしまうのが有効である。
★この手続きに一番時間がかかった。最悪の場合を考えてFISCALだけに三時間がかかるとみ込んでおいた方が良かった。
芋を洗うような避難民の雑踏の中にあるこの列に並んでいるだけで、汗びっしょりになった。
★タオルとアクアを忘れずに。

《イミグレ(出国手続き)の後》
 イミグレを抜けると、サテライトに向かう通路の壁側に沢山の乗客たちが座り込んでいる。大部分が放心状態である。「ここまで来ればどうにかなる」という安堵感なのか。いつもなら聞こえる若い女性の観光客たちの笑い声も聞こえない。売店には買い物客が誰一人としていないのもこの事件を象徴しているようだ。

《機内にて》
 搭乗後出発までかなり待たされた。三人の乗客がFISCAL支払所で引っかかっているとのこと。

★この時期ですから時間には余裕を持って空港に来ましょうね

 ちなみに、このフライト(JL1726)は日本政府のチャーターによる臨時便ではなかった。料金未払いのまま搭乗した客も多かったとのことで、後で料金請求が回ってくるしくみとなっているらしい。その料金も、本来ならエグゼクティブクラスの普通料金である。この料金でほぼ満席(約300人)の乗客をチャーター便で運んだら、こりゃぁ大儲けだと思ったのは僕だけではあるまい。
このような危機的状況に陥ると、その国民性が露骨に表れる。さて、インドネシア人の目にはこの時の日本人がどのように映っていたかは、僕は知らない。

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2008-07-02 作成
2009-05-06 追加
2009-08-07 追加修正
2015-03-16 修正
 

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