インドネシア不思議発見
5話 女中さん
 1990年台はじめのジャカルタ日本人会の会報「ブリタ」に「女中『スリ』」という短編の書き下ろしが載っていました。これは庵原哲郎さんというすでに帰国された方が書かれたもので、インドネシア人の女中さんの行動をよく観察し表現されていたので一ペ−ジで何回も大笑いしてしまいました。とても参考になる文献ですのでぜひとも読んでみてください。感激の余り、筆者が「その後の『スリ』」という続編を書こうかといきり立ったほどの名作でした。

 コックさんと女中さんとがあなたのお宅で働いていると思います。ご家族連れでインドネシアに赴任してきて、どちらか一人だけを置いて家事全般を任せていると「ケチ」と言われます。イスラムではケチが最悪の行為なのです。家事労働力として必要かどうかはともかく、失業者救済のためと一人ではノイロ−ゼになりがちなので、気のあった二人以上を置くことをお勧めします。なにか不祥事を起こした時のためと、家族の絆で二人をしっかり縛って置くためにもこの二人は親戚どおしが最高です。

 職場内での地位はコックさんがずば抜けて高く、給料も1.5倍の上、買い物などでの余禄も入りますから希望者がたくさんいますが、手癖の悪いオバサンもいますから注意する必要があります。

 普通は、女中さんをしながらコックさんから少しづつ料理を習っていき、数年すると味覚の良い子はだいたい和食でもインドネシア料理でもできるようになります。でも、独身寮のコックさんは男性からだけ習うために、どうしても日本人の奥さん(Nyonya)の味付けにはならず、「いわゆる和風料理」になります。ですから、料理の上手なNyonyaに付くことが必要なのですが、若いNyonyaはレトルト食品で育っていますから、原材料から製品まで作るのは苦手という人たちが多くなっており、なかなかいい機会には恵まれないとのことです。 

 筆者は、今までの経験から彼女達を「遠縁の人に家事を手伝ってもらっている」と思うことにしています。これが円滑に生活するための最良の方法だと考えています。決して「労働力を買っている」と思ってはなりません。こう考えると、女中さん達の反抗に出会いますので注意してください。

 女中さんの出身地はだいたいジャワが普通です。中公新書の今田述氏著の「トアン、ガンバルカ」では、中部ジャワに出かけた著者がダム現場で駐在している日本人の所長にこの地域の特産物を尋ねると「特にこれといってないけれど、しいて言えば女中かな」と答えたほど、ジャワ出身の女中さんがたくさんいます。ジャワでも都市部からではなく農村地帯の出身者が多いので、土いじりの好きな子がいますから花壇や家庭菜園をやらせてみるのも一興です。

 ジャワ人は性格がおとなしくまじめなために女中さんに向いていることを主な理由としてあげる人もいますが、実は人口が多いというのが最大の理由です。次に先ほどの「性格」が来て、その次には家が貧乏で学歴がないため、会社に就職したくてもできない、という理由が続きます。ジャワ人と言っても、地域によってその言葉使い・生活風習などが異なりますので、Nyonyaの性格にあったウマの合う女中さんを選ぶ必要があります。会社の先輩達がインドネシアで働き始めた土地から女中さんを雇い、そのまま数十年もその女中さんの知り合いを集めますから、会社によって女中さんの出身地の比率が変わってきます。

 女中さんはクチコミで集め、女中頭のようなコワ−イおばさんがチェックしてから、勤務先の日本人の性格を見きわめて紹介するのが一般的です。これはおばさんの無料奉仕になっています。ですから、もし紹介された女中さん達が気に入ったら、なにかの機会に Nyonyaからこのおばさんにお礼をしてあげるととても喜びます。有料の女中さん紹介所もありますが、信用できないので使ったことはありません。

 女中さんの家計を経済的に分析してみますと、収入は給与と食物・衣類などの現物支給であり、支出は食費と映画などのレジャ−、それに仕送りがあります。支出を概算してみたところ、多くて毎月約9万ルピアであり、少し余裕のある生活をしていることが分かります。一方、お店の売り子の給料は高いのですが、支出も多く、精算するとほとんど手元に残らないかあるいは赤字です。

女中さんは家付き・電気・ガス・水道付き無料宿舎ですが、店員さんはどうしても下宿(KOS)しますから、三人で一緒に住んでいても一人一月5万ルピアは必要になります。また、女中さんはいつも家にいて、働くときには粗末な服でも過ごせますが、店員さんともなると出勤時にも服装で競争しますから、いきおい被服費がおおくなります。さらに女中さんは炊事道具が揃っていますから好きな時に調理・食事ができる一方、店員さんは拘束時間の関係からどうしても買い食いに走りがちです。この差のみならず、つきあい関係での出費も馬鹿にならない額に達しますので、外で毎日誘惑にさらされている店員さんとあまりさらされない女中さんとではその支出に大きな差が出てくるのは当然といえましょう。

  カラオケ嬢と女中さんを交互にやっている子もいるのです。女中の仕事は給料が少なく卑しい仕事だからと、カラオケで働いてみると収入の割に支出が多く、お金を残すことができない上、イスラムの「酒に近づいてはならない」掟から罪の意識を持つことになります。やはり女中さんが「清い仕事(Kerja halal)」であり、早寝早起きで健康にもよい。とのことでカラオケをやめた高卒などの高学歴の女中さんも増えてきているとのことです。

 確かに、われわれがカラオケで一度に一人が使う20万ルピアのお金は彼女達の食費になおすと数カ月分になるでしょう。カラオケは「狂った世界」なのかも知れません。一般にカラオケ嬢など遊興関係の仕事を長く続けている子には「怠け者」が多いので地味な仕事をしなければならない女中さんには不適当な子も多く見受けられます。

 学生やこのギョ−カイの特殊な言葉として「Bahasa Prokem」があります。とても汚い言葉ですから知っていても事務所や上流家庭とのおつきあいでは使わないようにして下さい。

 女中さんの学歴としては十数年前までは小学校卒業程度が多かったのですが、進学率が上がってきたことと、就職難でだんだん最終学歴が上がってきています。国語の能力でみると、小学校卒業程度では簡単な短い文が書ける程度、中卒で手紙が書ける程度であり、話があっちこっちと飛び回り、一貫した論旨で話したり文を書けないのが特徴です。高卒程度になるとかなり国語は上達しますが、正確に的を得た表現にはまだ達することができません。論旨の整った文を書けるようになるにはやはり大卒程度の教育がないと駄目です。ここの人たちは文章を書くのが特に嫌いです、それは「頭を使う」のが疲れるからなのだそうです。筆者のように本のシミやワ−プロの「虫」になっていると、「たまにはゆっくりしたら」とよく声を掛けられるところをみると、インドネシア人たちは「頭を使うと疲れる」から、「いつも頭を使っている」日本人はまだまだインドネシアで仕事ができると安心してしまうのは筆者だけなのでしょうか。
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2000-10-20 修正 
2002-03-19 分割化 
2015-03-02 修正
 

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